離乳の時期が終わると、そろそろ来年度の種付けのことが気になり始めます。スパツィアーレは今年空胎にしたことで、胎内や子宮の状態が良くなり、来年はあっさりと受胎できたという結末を期待しているのですが、今のうちにできることはやっておかなければいけません。以前、上手獣医師に相談した際、抗酸化物質であるアスタキサンチンを含むサプリ「アスタアミノ」を投与してはどうかと勧められました。「アスタアミノ」は上手獣医師自身が開発したサプリなので勧めるのは当然かもしれませんが、繁殖牝馬の受胎率を向上させる根拠も丁寧に説明してもらいました。

動物は体内に取り込んだ酸素を使って、主に炭水化物や脂肪を酸化してエネルギーを得ます。酸素は二酸化炭素と水になって体外に放出されますが、このエネルギー代謝の過程で活性酸素も生産されます。活性酸素は強い酸化能力を持つため、外部からの異物を排除したりして生体を守る働きをしてくれます。通常の健康な状態では、余分な活性酸素は体内の抗酸化物質によって中和されます。

ところが、エネルギー代謝の盛んな高泌乳期(仔がたくさん乳を必要とする時期)や強いストレスを受けたときには、多量の活性酸素が生産され、体内の抗酸化物質のみでは中和できない「酸化ストレス」という状態になるのです。この状態になると、細胞膜を構成する脂質を強く酸化し、細胞膜にもダメージを与えます。このことは卵巣や子宮の細胞膜にも当てはまることであり、受胎能力の低い卵子が排卵されたり、黄体ホルモンの分泌が不十分で子宮内膜が正常でなくなり、着床に影響が出たりすることで、受胎しづらくなることにつながるということです。活性酸素を中和できていなかったのに、チュウワウィザードを種付けしていたのですから、それは受胎しないはずですね(笑)。

それは冗談として、このような酸化ストレスの状態を緩和するためには、抗酸化物質を投与する必要があります。代表的な抗酸化物質として、ビタミンEやビタミンCがありますが、最近はこれらよりもさらに強い抗酸化能力を持つアスタキサンチンが取り上げられています。「アスタアミノ」はビタミンEとCのみならず、アスタキサンチンが多く含まれているサプリですので、まさに繁殖牝馬の受胎率向上には貢献してくれるのではないでしょうか。上手獣医師のサプリの宣伝みたいになってしまいましたが、溺れる者は藁をもつかむ。科学的に根拠のありそうなことはひとまずやってみようと思います。たしか1日700円ぐらいだと上手さんは言っていましたので、ひと月20000円ぐらいの経費になりそうですが、それでスパツィアーレが受胎してくれるのであれば安い買い物です。碧雲牧場の慈さんに頼んで、「アスタアミノ」を取り寄せてもらい、10月ぐらいからは使い始めようと考えています。

もうひとつ、PG(PGF2α)を卵管に打つ方法がありますよと教えてもらいました。慈さんの友人の牧場も、一時期、不受胎で悩んでいた馬がいたのですが、この方法を採ったことであっさり解決したそうです。卵管にPGを打つなんて少し怖い気もしますし、正直に言うと、卵管にPGを打ったタイミングでたまたま受胎した可能性もありますので、両者を直接結びつけてしまうのは早計とも思えます。それぞれが信じる方法があり、ある生産者には上手く当てはまっても、他の生産者には当てはまらないことも多々あるはずです。生命の誕生のプロセスを私たちが完全にコントロールすることはできないのです。

しかもPGを卵管に打つという医療行為はどの獣医でもできるわけではなく、そのような方法が有効であると考えている獣医でなければ処置してくれないものです。慈さんの友人の牧場の獣医はしてくれても、碧雲牧場の獣医はどうでしょうか。大体において、日高の牧場はそれぞれの専属の獣医に診てもらっていて、牧場のこの馬はこの獣医であの馬はあの獣医ということではなく、牧場全体の馬たちをひとりの獣医にお願いしています。あの牧場はあの獣医、この牧場はこの獣医と決まっているということです。そうしたお付き合いというか関係性の中で成り立っていますので、この馬だけはあの獣医師に頼んで卵管にPGを打ってもらうということが難しいのです。大げさに言うと、獣医を変えるとすれば、牧場を移らなければならないということになります。

そうした流動性の少なさには、昨今の日高地方における獣医師不足が輪をかけているのかもしれません。ひとりの獣医師が数百頭の馬を診ているのが現状で、獣医師は早朝から夜遅くまで良く言えば引っ張りだこ、悪く言うと激務をこなしているといいます。大きな動物を相手にする体力勝負の大変な仕事ですが、ぜひ若い世代は皆が目指すようなありきたりの仕事ではなく、希少価値の高い職を手に入れてもらいたいと願います。

僕はこうして今ごろになって、妊娠の仕組みを学ぶことになりました。恥ずかしながら、今になって、中学や高校生の頃に保健や生物の授業をもっと真剣に聞いておけば良かったなと思います。幸いなことに、僕自身は不妊の問題に直面することなく過ごせてきましたが、受胎することがこれだけ難しく、受胎したくても受胎できないことがこれほどまでに僕たちの心を苦しめるのだと知りました。そのときは幸運にも課題をスルーでき、何も気づかないまま生きてこられたとしても、いつか必ず向き合わなければならない時が来るものですね。

(次回へ続く→)

著者:治郎丸敬之