アメリカに上陸して70年という記念すべき年に、フェラーリは新しい2シーターのクーペとオープンをお披露目しました。その最大の注目は心臓部。絶滅が危惧されていた自然吸気V12エンジンをフロントミッドに搭載しているのです。そんな「ドーディチ チリンドリ」の実車とひと足先に対面したモータージャーナリストの島下泰久さんが、その魅力をレポートします。

イタリア語で“12気筒”を意味するド直球のネーミング

 週末にF1マイアミGPを控えた今週(2024年5月の第1週)、フェラーリは米・マイアミビーチでユーザー向けのエクスクルーシブなイベントを開催しています。実は2024年は、フェラーリがアメリカに上陸して70年という彼らにとって記念すべき年なのです。

 現地でフェラーリは、まさにこのタイミングをねらって開発してきた自然吸気V12エンジンをフロントミッドに搭載する2シーターのベルリネッタ(クーペ)とスパイダー(オープン)をお披露目しました。フェラーリ「ドーディチ チリンドリ(12 Cilindri)」、そして同スパイダー。イタリア語で“12気筒”を意味するド直球の車名での登場です。

 まず注目は、やはりそのデザインでしょう。「1950〜1960年代の伝説的グランドツアラーをインスピレーションとし……」とうたわれる外観が、往年の「365GTB/4」、つまりは「デイトナ」を意識しているのは明らかです。

 固定式ヘッドランプを用い、その間をブラックのベルトで連結したフロントマスクは、「デイトナ」の前期型を容易に想起させますし、ボディサイドを前後に貫く2本のラインも、やはり同様。しかも、ボンネットフードは前作「812スーパーファスト」などとは異なり、前ヒンジのクラムシェルタイプとされている、という具合です。

 ただし、決してレトロ志向というわけではありません。とりわけ強いインパクトを放っているのが、ベルリネッタのキャビン後端からリアにかけての造形。リアウインドウと、その左右の可動式フラップは一体化されたデザインとされ、特徴的なデルタシェイプを描き出しています。やはりブラックアウトされたルーフと相まって、斜め後方から上方にかけての意匠は相当に個性的といえるでしょう。正直、好き嫌いは分かれるかもしれません。

 実は、フェラーリ社のチェントロ・スティレ=デザインセンターを率いるフラヴィオ・マンツォーニ氏は、プレゼンテーションで“Sci-Fi”という言葉を使っていました。おそらく1950〜1960年代というワードは、当時のデザインに立ち返るというのではなく、あの頃のデザインが持っていた未来志向、宇宙志向を現代的に解釈する、という意味で使われたのだろうと思います。

 ともあれ、あれこれ議論を呼ぶということは、人の心に波風を立てるということ。デザインとしては、それだけで成功というべきではないでしょうか。アメリカの景色には、特に似合いそうですしね。

 一方の「ドーディチ チリンドリ スパイダー」は、ルーフにリトラクタブルハードトップを採用しています。オープン時には左右席の後方がそれぞれフィン形状となる独特なフォルムが描き出される一方、トップを閉じたときにはいわゆる“トンネルバック”デザインとなり、強烈な個性を持つベルリネッタに比べると、ややおとなしいというか、落ち着いて見えます。案外、それを理由にスパイダーを選ぶという人も出てくるかもしれません。

●3つのディスプレイを用いた新しいHMI

 ベルリネッタとスパイダーの両モデルに共通して、インテリアは運転席と助手席がシンメトリーに近い形のデュアルコクピットデザインとされています。

 これは「ローマ」や「プロサングエ」でも採られたアプローチですが、「ドーディチ チリンドリ」では3つのディスプレイを用いた新しいHMI(Human Machine Interface)を採用しているのが大きな違いです。

 ドライバーの眼前には15.6インチ、助手席の前には8.8インチのディスプレイがあり、そして中央に10.25インチの静電容量式タッチスクリーンが置かれる構成。まだ短時間触れただけですが、洗練度の面でも操作性の面でも、ベストなところに行き着いたのかな、という印象です。

 ラゲッジスペース容量は270リットルで、実は前作「812スーパーファスト」よりも50リットル少なくなっています。ただし、トノボードを外せばゴルフバッグのような長尺物も積載できます。サイズにもよりますが、2セットを並列に積むことは十分可能なはず。ふたりでの小旅行くらいなら、全くガマンはいらないでしょう。

「可能な限り自然吸気V12を守る」という強いメッセージ

 さて、いよいよ肝心のメカニズムを見てみましょう。

フェラーリ新型「ドーディチ チリンドリ」

 冒頭に記したとおり、エンジンはフェラーリ伝統の自然吸気V12とされました。前作「812スーパーファスト」、あるいは限定車「812コンペティツィオーネ」の登場の際などには「これで最後かもしれない」といわれていたわけですが、フェラーリは「可能な限り、自然吸気V12を守りたい」と、今回、改めて表明しています。

 何しろ、初めてフェラーリの名を冠したモデルである「125S」の心臓は、排気量1.5リッターのV12エンジンでした。これぞ、まさにフェラーリのDNA。しかも、「125S」はふたり乗りのFR車だったのですから、「ドーディチ チリンドリ」は伝統の正統的継承車といっていいでしょう。

「エンツォ・フェラーリ」に最初に積まれた“F140”型エンジンは、今回、広範囲に改良が加えられた“F140HD”型に進化しています。ピストンを2%、クランクシャフトを3%軽量化し、回転質量が40%も低減できるチタン製コンロッドを採用するなど、F1テクノロジーをも駆使して細部にまで手が入れられたことで実現したのは、9500rpmという驚異的なレブリミット。これらの効果で最高出力は830cv、最大トルクは678Nmにも達します。

 フェラーリエンジンにとって、そうした出力と同じく、あるいはそれ以上に大事なサウンドの面でも、吸排気系の入念なチューニングや、各バンク6in1の等長エグゾーストマニホールドの採用等々によって音質向上を実現。さらに、室内に響くサウンドについても吸気ダクトの改良、レゾネーター位置の変更などにより、ピュアで豊かな音色を響かせるとうたわれています。

 トランスミッションは8速DCT(デュアルクラッチトランスミッション)。変速時間が従来より30%短縮されたこともあり、加速時の際には心地いい伸び、瞬時のシフトアップを経ての再びの回転上昇によって、この上ない快感に導いてくれそうです。

 実は筆者(島下泰久)は、実車と対面した際にこの加速時のサウンドだけ聞くことができたのですが、それはまさにミュージックと呼ぶべき荘厳さだったのでした。

●アジリティ向上を主眼にシャシーを新設計

 続いては、シャシーを見てみましょう。先に「ドーディチ チリンドリ」はラゲッジスペース容量が削られた、と記しましたが、それにはホイールベースが20mm短縮されたことの影響が大きいに違いありません。そう、「ドーディチ チリンドリ」の車体は前作「812スーパーファスト」の発展版ではなく、アジリティ向上を主眼に新設計とされているのです。

 車体がオールアルミニウム製なのは従来どおりですが、前後サスペンションタワーやAピラー、Bピラーなどに多くの新しい鋳造部品を使うことで、軽量化と高剛性化を図っています。ボディのねじり剛性は、従来比15%向上しているということです。

 サスペンション形式は前作と変わりません。しかしながら、左右輪を独立制御できるようになった4輪操舵機構、「296GTB」で初めて使われたブレーキ・バイ・ワイヤを用いた“ABS Evo”の導入、最新の“SSC(サイドスリップコントロール)8.0”などによって、ポテンシャルが大幅に引き上げられています。

 以前、フェラーリ本社テストコースであるフィオラノで試した「812スーパーファスト」は、それまでのV12 FRモデルとは次元の異なるコントロール性で大いに魅了されました。800psのマシンで、どんどんアクセルを踏んでいけて、スライドコントロールを楽しめる快感。今も記憶は鮮明です。新しい「ドーディチ チリンドリ」の走りは、果たしてどんな高みにまで達しているのでしょうか?

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 フェラーリはこの「ドーディチ チリンドリ」について、「ごく一部の限られた人に向けたモデルだ」と公言しています。それは、ハイパフォーマンスを支配下に置けるスキルを持つだけでなく、情熱的でありながらも控えめ。ラグジュアリーの意味を知り、そして何よりフェラーリの歴史と伝統を深く理解している人……といった想定のようです。

 価格はイタリア本国の場合、ベルリネッタが39万5000ユーロ(約6654万円)、スパイダーが43万5000ユーロ(約7327万円)。いずれにせよ、選ばれし人にしか手の届かないモデルであることは間違いありませんね。

 もちろん、日本にもやってきます。正式呼称は「ドーディチ チリンドリ」ですでに決定済み。発表まではそれほど待たされることはないようですよ。