「月刊アフタヌーン」の四季賞で佳作を受賞し、新人漫画家として商業誌で読切を描いているふみん(@huuuminging)さんは、人間が抱えている繊細な感情や内面を表現する描写を得意としている。今回紹介する「春の行方」は、2023年4月にpixiv月例賞の優秀賞を受賞した作品で、物語は春の通勤電車のワンシーンから始まる。新入社員らしき若者たちも乗り込んでいる春の電車は、いつもより少し混んでいて、さまざまな感情を抱えた人たちで揺れていた。


そんな車内で、主人公は自らが新入社員だったころを思い出す。同期が「東京の電車って混んでるよな」とつぶやいたのに対し、「春だけだよ、あんなに混むの。新年度だからさ…!GWあたりには減るよ」と答えたことがあった。すると同期は「へぇ〜。ならさ、みんなどこに消えるんやろ」と遠くを見つめる。そのときは「東京七不思議っちゃな!」と笑っていた主人公たちだったが…!

読者からは「すごく共感します」「この解決も悪化もしないで、ただただ続いていく感じリアルよな…」「ナイフみたいに鋭くて読んでてつらいけど、控えめに言って良作」「そういう感覚、すごく覚えがあります(現在27歳)」という感想が相次いだ。本作について作者のふみんさんに話を伺ってみた。

――「春の行方」を描いたきっかけ・本作の構想を思いついたきっかけについて教えてください。

春は電車に乗っている人の面々が変化するように感じます。みんなが新年度で変わる日常に、どこか風景として演じ慣れていない、そわそわふわふわしている。あの空気感や乗客の感情が伝わってくるような瞬間は、春という季節にしかないと思っています。気候も暖かくなって新しい生活が始まり、希望にも溢れているのにどこか物悲しい季節…。でもいつの間にか気づいたら、春は消えて初夏になっている。その刹那を記録しておきたくて描きました。

――本作を読んだ読者へ伝えたいメッセージとは?

先ほどの回答と被りますが、伝えたいことはあまり意識して描いてないんです。春の空気感と感情の記録です。春に読んで消えていく時間の流れを惜しんで愛しんだり、春が思い出せない季節に読んで記憶を手繰り寄せるのもいいと思います。

――作中で出てくるセリフで「どこに消えるんやろ」「溶けちゃうんだよ」というやりとりが印象的でした。どんな思いを込めているのでしょうか?

はい。現実では劇的にドラマのような出来事が起こらなくても、日常は否応なく流れていく、感情も同じようにぼやぼやしていって日常の中に溶けてしまう。何もかもが押し流されていく。そういう日常を積み重ねていくうちに“自分の内なる嵐”に翻弄されない大人になっていくのかなという想いを、漫画に込めて描きました。

作者のふみんさんが本インタビューで「感情も同じようにぼやぼやしていって日常の中に溶けてしまう」と言っているように、過去に起こった出来事自体は覚えていても、そのときに感じていた感情はよくも悪くも徐々に薄れていく。ふみんさんはそれを作中で「溶けてしまう」と表現し、本作の核として描いている。ドラマのような劇的なことが起こらなくても、ただただ過ぎていくだけの日常でも、その日々を愛しく思えたら幸せなのかもしれない。ふみんさんは、別作品の「息苦しくない日常へ」のなかでも、日常の愛おしさを描いている。「息苦しくない日常へ」はコロナ禍が終息し、“マスクを外す日常”に戸惑って息苦しさを覚える主人公を描いた作品だが、実にさまざまな感想が寄せられた話題作だ。ぜひ併せて読んでみてほしい。


取材協力:ふみん(@huuuminging)