子どもの頃、習い事や家族旅行、地域のお祭り、各種体験学習といったものに参加した経験のある人は多いでしょう。子どもはこういった体験によって「社会的情動スキル(非認知的スキル)」を得ます。「社会的情動スキル」とは目標を達成するためにがんばったり、感情のコントロールしたり、他者を思いやったりする力などのことです。つまり、将来を豊かにするベースとなるものを人は、子ども時代の「体験」から得ていると考えられます。

 現代の子どもにはこの点で大きな格差があります。この子どもの「体験格差」の問題について、詳しい調査やインタビューをもとに問題点を分析、考察する本が今回紹介する『体験格差』(今井悠介著、講談社現代新書)です。

 著者の今井悠介氏は1986年兵庫県の生まれで、現在は公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事です。小学生の時には阪神・淡路大震災を経験し、学生時代はNPO法人ブレーンヒューマニティで不登校の子どもの支援、体験活動に携わります。その後、東日本大震災を契機に2011年チャンス・フォー・チルドレンを設立、2021年より体験格差解消を目指して「子どもの体験奨学金事業」を立ち上げています。

●経済格差は体験格差の密接な関係がある

 本書の前半では、今井氏が代表をつとめるチャンス・フォー・チルドレンが行った全国初の体験格差に関する調査結果(2022年10月実施、全国2000人以上の小学生の子どもを持つ保護者が対象)などに基づき、さまざまな分析が行われています。ここでまず最初のポイントとして浮かび上がるのが、相対的な経済格差です。

 直近1年間で、スポーツ系、文化系への習いごとの参加もなければ、家族の旅行や地域のお祭りなど、有料無料も含めて「何も体験していない」ことを「体験ゼロ」と定義します。この体験ゼロの割合は、世帯年収600万円以上の家庭では11.3%ですが、300万円未満の家庭では29.9%でした。およそ2.6倍の差です。体験格差が経済格差と大きく関連していることがわかります。

 少し詳しく見ると、「旅行・観光」への参加率は600万円以上の家庭が42.8%であるのに対して、300万円未満の家庭では23.2%とおよそ1.8倍差。同様に「地域の行事・お祭り・イベント」への参加率では、世帯年収600万円以上の家庭は34.5%、300万円未満の家庭の場合25.9%で1.3倍の差です。世帯年収が高ければ、それだけ参加率は高くなっています。実際に「体験をあきらめさせた」と感じている親に、その理由について聞くと「経済的理由」が56.3%ともっと多くなっています。

●経済の次に問題になるのは時間的・体力的問題

 また、2番目に問題となる理由としては、「保護者の時間的理由(送迎、付き添いなど)」が51.5%を占めています。続いて、3番目は「近くにない」で、こちらは26.6%。4番目は「保護者の精神的・体力的理由」で20.7%、続いて5番目は「情報がない」で14.3%となっています。子どもたちが活動をするには付き添いが必要ですが、放課後夕方からの参加だと、仕事の都合で親が付き添えないことがある点は想像に難くありません。この問題が最もはっきり表れるのが、シングルマザーです。

 シングルマザーへのインタビューの中には次のコメントがあります。「サッカーのクラブチームの練習は、週1回で3000円。がんばれば払える金額なのですが、仕事が終わっていない夕方の時間帯に始まり、少し離れたグラウンドまでの送迎しなければならない点がキツイ」とのこと。この背景には非正規雇用で休みや早退が重なると、次の契約に響くことなども挙げられています。経済的な問題をなんとかクリアできたとしても、次に時間的な理由や体力的な問題が来ることがわかります。

●都市部のほうが機会は多いがお金がかかる

 また、都市部と地方での格差もあります。スポーツ系での習い事やクラブ活動への参加率は、都市部で48.8%、地方で41.8%。体験への年間支出額を見ると、都市部では97,150円であるのに対し、地方では64,343円となっています。地方よりも都市部の方が1.5倍高くなっています。

 この点に関する仮説としては、都市部のほうが地方よりも体験の価格が高いことが挙げられています。都市部では民間事業者が運営する教室やクラブに通う割合が高い一方、地方では地域や保護者のボランティアで運営されている活動に参加する割合が相対的に高くなっています。ただし、地方でも、例えば離島の子どもたちに関しては状況が異なるようです。大会などで本土の大会に出場するには多額の交通費がかかります。特に子どもたちが移動しやすい夏休みの期間は交通費自体が割高です。

●世代を超えて連鎖する「体験格差」、必要なのはコーディネーター

 また、親がその体験自体に価値を見いだせていない、という問題もあるようです。親自身が「体験ゼロ」の場合、子どもも「体験ゼロ」である割合は5割を超えています。一方で、親が子ども時代に何かしらの体験をしていた場合、子どもの「体験ゼロ」は1割強となっています。つまり、「体験格差」は世代を超えて連鎖します。もっといえば、世代を超えて格差が固定化しているということかもしれません。

 こういった連鎖はありますが、多くの家庭は何かしらの「体験」に価値を置いています。世帯年収300万円未満の家庭のうち、子どもの「体験」のために「無理をする」と答えた家庭は約7割、「あきらめる」約1割、「求めない」約2割となっています。体験格差を埋めるための経済的支援が必要であることはいうまでもありません。この点に関して、今井氏は、地方公共団体が各種体験プログラムに対して電子クーポンを発行する取り組みが始まっている点に触れています。

 また、体験と子どもをつなぐコーディネーターの配置が必要であると今井氏は述べます。実際に長野市の実証事業では、市が子どもにクーポンを提供し、地域のNPOなどがコーディネーターとしてさまざまな体験の場の発掘、新規創出支援、利用先の案内といった役割を担っているそうです。

 加えて、現在減少傾向にある全国各地の児童館や公民館、青少年教育施設(青少年自然の家など)などを維持し、活用していく方法を議論することの必要性についても触れています。児童館や公民館といった施設では、一人ひとりの置かれた状況や興味関心を把握している職員もすくなくないとのこと。こういった潜在的な施設はコーディネーター的な役割を果たすのではないか、と今井氏は述べます。

 これまで低所得家庭の子どもたち、あるいはハンディキャップを抱えている家庭の子どもたちは、置き去りにされてきました。必要なのはこういった状況にある人たちの声に耳を傾けることです。この本はこれまで一般に聞こえてこなかったさまざまな声を拾いあげ、細かく分析し、社会として何が必要なのかということまで考えをつなぎます。ぜひ本書を開いてみてください。これまで見過ごされてきたこどもの体験格差の実態とともに、この問題とどう向き合えばいいか、そのために必要なことが何かが必ず見えてくるはずです。

<参考文献>
『体験格差』(今井悠介著、講談社現代新書)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000388220

<参考サイト>
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンのウェブサイト
https://cfc.or.jp/

今井 悠介氏のX(旧Twitter)
https://twitter.com/imaiyusuke_cfc