日本有数の温泉地である群馬県・草津の町役場を、国民民主党・井戸正枝元衆議院議員が訪れた。目的は、黒岩信忠町長への「謝罪」。2019年、当時町議だった女性が「町長室で性交渉を強要された」と告発し連日メディアを賑わせたが、井戸氏もSNSで批判、抗議デモなどにも参加していた。

【映像】謝罪に訪れた井戸正枝元衆議院議員

 黒岩町長は自身の潔白を何度も主張し、女性町議のリコールを問う住民投票では、賛成多数となって町議は失職した。しかし、ネットで拡散されたのは「#セカンドレイプの町草津」のハッシュタグ。「ものすごくネットでたたかれた。『草津に行くとレイプされるんじゃないか』というほど、ひどい書き込みだった」と振り返る。

 今年4月、黒岩町長が元町議を名誉毀損で訴えた裁判で、前橋地裁が元町議の告発を“虚偽”だと認めた。井戸氏は「思慮が足りずに言動したことに対しては、率直に申し訳なかった」「しっかり事実関係を踏まえなければいけないと痛感」と語っている。

 町長だけでなく、町のイメージも下げた「えん罪事件」。SNS社会運動の課題と名誉回復の仕方について、『ABEMA Prime』で考えた。

■黒岩町長「我ながらよく戦ってきた」「これほど白黒がつくのは珍しい」

 黒岩町長は「提訴して4年半かかった。それまで濡れ衣を着せられっぱなしだったので、大変きつかった」「町長職をやりながらえん罪を晴らすという、精神的にも肉体的にもハードな日々だった。我ながらよく戦ってきた」と振り返る。

 無実が証明されたのは、元町議が隠しどりした音声が残っていたからだった。「ボイスレコーダーを持っているとは知らなかったが、元町議が『町長と会った』と音声を公開した。記者からその後を聞かれた元町議は『町長が近づいたから電源を切った』と主張した」。黒岩町長が全編公開を求めても、「切ったからない」の繰り返しだったという。

 しかし元町議が黒岩町長を訴え、黒岩町長が虚偽告訴罪で訴えたところ、状況が変化した。「検察がパソコンを押収し、音声を復元したところ、何もない普通の雑談だった。最後は『町長、今日は時間を取っていただきありがとうございました』と言い、自分の車で『疲れた』という独り言で終わっている。この音声がなければ、名誉毀損罪も虚偽告訴罪も成り立たず、泣き寝入りするところだった。逆にこれほど白黒つく女性問題は珍しいと思う」。

 なぜ町長室という密室で話したのか。「我々は政治家で、『町長に会いたい』と言われたら拒否できない。ただ、元町議を町長室に入れたのは1回だけ。再度来た時は止めたが、もし入れていたら、そこでも『性被害を受けた』と言われていただろう」。元町議が「電話しても出てくれないから」と、自宅前に立っていたこともあったという。「夜9時に突然来た。そうしたら、また『町長に抱き寄せられた』と作り話をされる。狙いは私の失脚だったのだろうが、恐ろしいことだ」と思いを吐露した。

■あおちゃんぺ「この手の事件はファーストインパクトに勝てない」

 黒岩町長が一番つらかったのは、草津町をおとしめられる発言をされたことだった。ネットでは「草津に行くと犯される」などの書き込みが出たほか、「セカンドレイプの町」とアピールされ、ニュースが世界中に伝播されてしまった。最も強調したいこととして、「これが前例になって、本当に性被害にあった人が泣き寝入りする世の中になってはならない」と訴える。

 ギャルタレントのあおちゃんぺは、「この手の事件はファーストインパクトに勝てない」と語る。「熱量や興味を維持できる人は少なく、無罪でも誤解を解けないのが問題だ。メディアやインフルエンサーも、真偽を裏取りしてから伝えないと、人生を回復できないレベルまでつぶしてしまう。ゴシップ好きの人を手なずけるのは難しく、発信者側の民度を上げなければならないのではないか」。

 この意見を受けて、メディアと社会運動について研究している成蹊大学の伊藤昌亮教授は、「事実確認の前に“構図”で判断することが多い」と指摘。「『女性議員が1人』『地方の町』『リコールで追い出した』といった構図で判断して、糾弾に動いてしまう。事実確認が複雑になり、ネットの反応のスピード感と異なった結果、その時間差に耐えられず、感情的な糾弾行動に出るケースが目立つ。#MeToo運動も2017年に出てきたが、2015年から告発の動きはあった。時間をかけて事実を検証しながら、最後の手段として運動として訴えていくべきだ」と投げかける。

 アクティビスト個人投資家の田端信太郎氏は、「松本人志さんやサッカーの伊東純也選手の件は、裁判での決着が付いておらず、数年前の黒岩町長と似ている状況ではないか」との見方を示す。「初動のメディア対応で松本氏は事実無根と言ったが、『飲み会の存在』と『性交渉の強制』のどちらが事実無根なのかがぼやけていた。どのレベルで事実無根なのかを丁寧に伝えないと、『都合が悪いから隠していた』と認識される」。

 一方、モデル・商品プロデューサーの益若つばさは賠償金の額に注目。「4400万円の損害賠償を求めても、命じられた支払額は275万円。こうしたケースは、300万円前後でどうにかなってしまうイメージがある。相手の人生を終わらせたい時、そのお金さえ用意したらどうにかなってしまう世の中は怖い」と危惧する。

 前明石市長で弁護士の泉房穂氏は、「町長の件のように、はっきりテープが残っているのは珍しい。完全密室の言い合いが多く、反論してもかえって水をかけられ、炎上するリスクもある」と指摘。「他国では、制裁として高額な賠償を命じることがある。実際の損害額は判定しにくく、日本では300万円程度が多い。『それで済むんだ』とならないよう、他国を参考にしながら、悪質事案にはそれ以上の金額を認めるような時代ではないか」とした。(『ABEMA Prime』より)