4月6日・7日に開催されたNLS(ニュルブルクリンク耐久シリーズ)の第1戦(第64回ADAC ACASカップ)と第2戦(第63回ADAC Reinoldus-Langstreckenrennen)に、小林可夢偉、小高一斗、平良響、野中誠太というトヨタGAZOO Racingの4名のドライバーが、GRスープラGT4 Evoを駆り、ノルドシュライフェ(ニュルブルクリンク北コース)へ初挑戦を果たした。
■『まずは座学と実車講習』というニュルの掟
今回のNLS参戦の目的は、『Permit』と称されるDMSB(ドイツ・モータースポーツ連盟)の発行するニュルブルクリンク専用のライセンスを取得することだった。
参加ドライバーの4名全員がニュルの走行未経験とあり、まずは座学と実車の講習を受けてからのNLS実戦参戦となった。これは可夢偉のようなF1経験者/スーパーラーセンス所有者/FIAのドライバーカテゴライゼーションでプラチナに分類されるトップドライバーにも例外はなく、全員が同条件でライセンス取得に向けた行程をたどることになる。なお、同週末には英・韓国籍の元F1ドライバーで、キャデラックLMDhなどをドライブするジャック・エイトケンもライセンス講習、そしてNLS参戦を果たしている。
「スーパー耐久でも例外はなく、他のドライバーと一緒に講習会に参加しましたので、特に異議はありません」と可夢偉。「WECのハイパーカークラスに初めて参戦するドライバーたちにも同様に、別途初心者講習会がありますので、安全基準を事前にしっかり学ぶ講習会は、さまざまなレースでスタンダードになっているのではないでしょうか」と、安全にレースをするための心構えを学ぶ大切さを述べている。
関係者によると、今回の活動は今後の活躍を期待される実力派TGR-DC (TGRドライバー・チャレンジ・プログラム)の若手ドライバーが、外国のプロチームの中でグローバルな視点からレースを学び、プロドライバーとして更なる経験値を積むためのトレーニングの一環としているそうだ。
それをサポートするのは、ドイツ・ケルンにあるTGR-E(トヨタGAZOO Racing・ヨーロッパ)のカスタマーレーシングセクションと、スーパーフォーミュラに参戦し、海外レースの経験も豊富で、日本との信頼関係が強いKCMGのヨーロッパ部隊。KCMGやTGR-Eのエンジニアとメカニック、チームメンバーの国籍はさまざまであり、そこでの共通言語は英語だ。それもこのプロジェクトのポイントのひとつで、若手ドライバーたちが海外のプロチームのレースフォーメーションを学び、ヨーロッパのプロのレースの世界で経験を積み、日本のレースとはまったく違った環境下で、実戦を通して訓練を積む。
ニュルブルクリンクのノルドシュライフェといえば、トヨタ自動車はもちろんのこと、世界の有名自動車メーカーが量販車の開発テストを毎日のように行うことで有名だ。エスケープゾーンがほとんどなく、数々のブラインドコーナー、ジャンピングスポット、高低差が約300mのアップダウン等、数々の難所がこのロングコースには詰め込まれており、『世界一過酷なコース』として世界中のプロ・アマドライバーを魅了し続けている。
NLSの開幕2戦への参戦目的は、先述のとおりあくまでニュルライセンスを確実に取得することとコースに慣れること。そのため可夢偉のアドバイスのもと、ラップタイムや順位にはまったく重点を置かず、ノーペナルティで完走をすることを念頭に置く参戦姿勢となった。
グランプリコースとノルドシュライフェをつないだ1周24.358kmのコースで開催されるNLS。土曜日・日曜日の各4時間耐久レースに、172号車トヨタ・スープラGT4 Evoで可夢偉と小高、そしてもう1台の173号車には平良と野中が乗り込んだ。2台にはWEC世界耐久選手権やWRC世界ラリー選手権の2024年参戦車両と同様、マットブラックのカラーリングが施されていた。
金曜のフリープラクティス(任意)には多少の雨が降り、土曜日の第1戦予選の前半には夜半に降った雨の影響が残りウエットコンディションだったものの、決勝は両日とも好天に恵まれて、日中には汗ばむ陽気の中で開催された。
金曜のプラクティスや土曜日の第1戦ではクラッシュが頻発、翌日までに修復が不可能なチームも多数あった。参戦目的達成のために、ノーミス、ノーペナルティでゴールを目指した2台のスープラGT4 Evoは、2台とも両レースで完走を果たしている。結果は次のとおりだ。
・4月6日 NLS第1戦
予選
172号車:SP10クラス9番手、総合53番手
173号車:SP10クラス8番手、総合50番手
決勝
172号車:SP10クラス9位、総合83位
173号車:SP10クラス10位、総合87位
・4月7日 NLS 第2戦
予選
172号車:SP10クラス7番手、総合40番手
173号車:SP10クラス8番手、総合43番手
決勝
172号車:SP10クラス8位、総合75位
173号車:SP10クラス7位、総合72位
■可夢偉に続き、中嶋一貴TGR-E副会長もコーチとして登場か
今後このTGR-DCのドライバーのニュルプロジェクトは、今季のNLSに複数回参戦、ドライバーのラインアップはその度に変更となり、メンバーに選ばれたドライバーが講習とニュルライセンスの取得を目的に、順次ドイツに渡る形になるという。
一方で『よりよいクルマ作り』と人材育成を目的としたTGR元来のプロジェクトは、片岡龍也や佐々木雅弘といったベテランドライバーを中心としたメンバーと社内メカニックらで構成され、今季から本格的に活動を再開するようだ。
つまり、今後のトヨタGAZOOレーシングのニュルでの活動は、『若手ドライバーのスキルアップ』と『よりよいクルマ作り』の二本立てで行うこととなる。
TGR-DCのドライバープロジェクトには、初回に登場した可夢偉の他、一足先にニュルライセンスを取得している中嶋一貴TGR-E副会長ら豪華コーチ陣が予定されているという。車両やドライバーのスケジュール等、さまざまな理由により2026年へと延期される可能性もあるというが、現時点では2025年のニュル24時間レース参戦を目標に、段階を踏みながら訓練を重ねていく方針のようだ。
新型コロナウイルスの感染拡大により、トヨタGAZOOレーシングのニュルでの活動は一旦休止となって暫く経ったが、いまいちど原点に戻り新たな気持ちで再始動するとともに、新たなプロジェクトも誕生したことになる。
最後に、今回NLSを戦った4人のTGRドライバーのコメントを以下に紹介しておこう。
■「助手席におばあちゃんを乗せているつもりで走った」
■小林可夢偉:「またの機会があれば、バーベキューを楽しみたい」
「僕はこのようなサーキットに来ると、いきなり行っちゃうタイプなのですが、今回はライセンス取得を目的としてきましたので、そんな自分を制して初めてのニュルへ挑みました。僕自身のおばあちゃんを助手席に載せているつもりで、ひたすら慎重に走行を重ねることを心掛けました」
「レーシングドライバーである以上、一度はノルドシュライフェを走ってみたいと長年願っていましたが、スケジュールの関係でなかなか叶わず、やっとその日が訪れました」
「今回はあえてコースを覚えることをしていません。なぜなら、覚えたと思った瞬間に気の緩みが起きるからです。進む先に何が来るのか、常に危機を予測しながら安全にドライブすることを念頭に置いていました」
「僕はLMP1へステップアップをする前の2013年に、LMGTEプロクラスのフェラーリ458イタリアでWECへシリーズ参戦をしていたお陰で、速いマシンからの『抜かれ方』を習得していました。その経験が活き、今回の初ニュルではGT3マシンに抜かれる際の動揺はありませんでした」
「ニュル特有とされるジャンピングスポットはポルティマオに近い感じがしましたし、縁石の高さではセブリングの方が高く、そちらの方が難易度は高いのではないかと感じました」
「NLSやニュル24時間レースは『草レース』です。このレースに関わる方々や参加しているドライバーにリスペクトを持ちながら、僕自身も精一杯この雰囲気を楽しむつもりで来ましたし、実際とても楽しんでいます。IMSAのようにファンとの距離が近い雰囲気が良いですね」
「今年はスケジュールの都合でもうこのニュルを走ることはできませんが、もしまた機会があるのなら、チームのみなさんとパドックでバーベキューを楽しみたいです。それこそが草レースの醍醐味ではないでしょうか」
■小高一斗:「レースでは落ち着いて、自信を持って挑めた」
「GT4マシンをドライブするのも、ニュルやその独自のルールも初めてでしたが、この終末にはその両方を一度に学べて、まさに一石二鳥でした」
「シミュレーターでは何度も日本で事前に走り込んで準備をしてきましたが、実際に来てみると高いバンクやカントは、日本の一般的なサーキットとはまったく違うことを実感し、まさしく山道のようだと思いました」
「講習会やフリープラクティス、そして土日のレースを通して走り込む中で、最初は恐怖心も少しはあったのですが、周回を重ねる中で少しずつ頭の中で整理しながら走ることを心掛け、決勝レースは土日ともに落ち着いて、自信を持って挑めたと思います」
「日曜日はせっかくの機会なので自分から名乗り出てスタートを務めましたが、特にスタート直後はクラッシュが発生しやすく、黄旗やコード60等のさまざまな警告が多く出ると予想していました。それらの警告の見逃しはペナルティの元となるので、しっかりと注意しながら走ることを心がけました」
「普段はスーパー耐久でGT3マシンをドライブしているのですが、GT4をドライブするとGT3の速さがより理解できましたし、抜かされる立場の気持ちをよく理解できましたので、日本に帰国してGT3マシンをドライブする際にはGT4や他のカテゴリーのマシンを優しく抜くように心掛けたいと思いました(笑)」
■平良響:「怖さを心地よさが上回る感覚があった」
「このプロジェクトのメンバーに選ばれ、今回にNLS参戦の打診を頂いた時は本当に嬉しく、とても楽しみにしてここニュルへやってきました」
「コースが狭いこと、そして縦Gの感覚には『怖さ』というものを味わい、ここがニュルだということを改めて思い知りました。特にジャンピングポイントで強く体感する縦Gでは、着地の際に崩れるバランスを操る難しさがありました。日本のサーキットではなかなかあんなに強い縦Gを感じる所はありませんが、あの操縦感覚のバランスの取り方は、日本でのレース活動の中でも活かせると思っています」
「ニュルでは『怖さ』がある一方で、プロのレーシングドライバーとしてはそれを『心地よさ』が上回る感覚があり、喜びを感じながら初めてのニュルを走りました。初めて来て、ポンと勝てるようなサーキットではないことを理解できているだけに、今回は第一段階としてライセンスを取得し、今後少しずつ経験を積みながら『レースをする』というコンディションに持って行けるように、しっかりと頑張りたいと思います」
■野中誠太:「自分の中の引き出しが増えたと思う」
「GTワールドチャレンジ・アジアには参戦経験があり、海外レースへも挑戦していましたが、いままで僕はニュルとの接点がほとんどなかったので、今回のプロジェクトにお声掛け頂いたことは、ドライバー人生の中におけるチャレンジングなとても良い機会で、素直にとても嬉しかったです」
「スーパー耐久ではスープラGT4で参戦しており、マシンには慣れていたので、初めてのコースでしたが、その点では安心して走れたと思います。コーナーの先が見えない、縦にジャンプして強く感じるGをさまざまな個所で経験し、日本のレース活動ではあり得ないコンディションは、自分にとって特別な体験となりました」
「エスケープゾーンがないような狭い箇所でGT3マシンに道を譲る場面では、僕自身もラインを外すとかなりのリスクもあり、壁が近いという恐怖感もありましたが、周回を重ねて少しずつ慣れて行く中で、後ろを見る余裕もできてきました」
「同じGT4マシンでも、日本の一般的なサーキットを走った時にはまったく感じない縦Gやバンク、ハイスピードとブラインドコーナーが続く日本では体験したことのないコースレイアウトを多く体験することができました。クルマのキャパシティやセッティングのセンサーを感じ、自分の中の引き出しが増えたと思います」
「ドライバーとコースマーシャルとの距離が近いのが印象的でしたが、コード60をはじめ、ニュル独自のさまざまなルールがある中で、自分よりも前に誰かが走っていた場合、視界がとても悪くて旗が見え難く、見落とすまいと必死でした」
「今回のプロジェクトで初めて可夢偉選手と同じチーム、それもまったく同じコンディションで走る機会を与えて頂いたお陰で、先輩の様子をじっくり観察できたのですが、コースに慣れ、適応する時間の圧倒的な早さ、チームの引っ張り方というのを見ていて、改めて自分の足りない部分や学ぶべき点を多く発見しましたし、直接可夢偉選手からは多くのアドバイスを頂いたので、それを今後の活動に活かせていきたいと思っています」
初のニュル挑戦に「あえてコースを覚えることはしなかった」小林可夢偉。トヨタのドライバーは都度変更へ
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