あらすじ

湖畔に建つ介護施設で100歳の老人が何者かに殺害された。事件の捜査を担当する西湖署の若手刑事・濱中圭介(福士蒼汰)とベテラン刑事・伊佐美佑(浅野忠信)は、施設関係者の中から容疑者を挙げて執拗に取り調べを行っていく。事件が混迷を極めるなか、圭介は捜査で出会った介護士・豊田佳代(松本まりか)に対して歪んだ支配欲を抱くように。一方、事件を追う週刊誌記者・池田由季(福地桃子)は、署が隠蔽してきた薬害事件が今回の殺人事件に関係していることを突き止めるが……。

2種類の物語が重なる 面白さ

――ミステリー要素に社会的、歴史的要素が加わった濃厚な内容でしたが、福士さんは今回の原作を読んでみて、いかがでしたか。

 僕が原作を読んで出てきたイメージは、抽象画が目の前にどんとあって、それをどう表現するか、という感覚に近いなと思いました。最初は圭介と佳代の視点で読んだのですが、2人の関係は言葉では表すことができない抽象的なものだと感じました。一方で、薬害事件や旧日本軍731部隊の話は具体的でイメージが湧きやすかったです。過去の事件を取材する記者の池田が関わる具体的な物語と、圭介と佳代の抽象的な物語は、偶然なのか必然なのか、重なる部分があるということに、この作品の深さを感じました。

 正直僕は、圭介と佳代の関係性は理解しきれなかったのですが、過去の事件と照らし合わせることで、少しずつ掴めてきたように思います。

腑に落ちる感覚、間違いなかった 

――演じた濱中圭介は、家庭事情や捜査のストレスから佳代とインモラルな関係に溺れていくという、共感も理解もしにくい役どころだったかと思います。役作りにあたってはどう気持ちを作っていったのですか?

 原作と台本を何度も読んでいるうちに、圭介の心情や行動が想像できるようになったので、役作りにも落とすことができました。でも、撮影の初日に大森(立嗣)監督から「そういう役作りは必要ない」と言われたんです。「準備してくるのはいいけど、圭介としての瞬間はそういうのを全部忘れて、セリフも自分が思ったタイミングで言ってほしい」とおっしゃって。

 今までは事前に準備して、その準備通りに演じてきたのですが、今作ではある種それをすべて捨てるようなお芝居になったと思います。大森監督の演出を信じて、「何も考えない」ということを意識しながらお芝居をしてみたら、徐々に監督が言わんとしていることが分かってきて、つかめた実感がありました。大森監督は、役者が感覚的に演じているのか、脳みそで考えて演じているのかを常に見ているようでした。

(C)2024映画「湖の女たち」製作委員会

――圭介を演じることについて、「今まで経験したことのない役柄だった」と話していましたが、撮影を終えた今の感想は?

 撮影に入る前は不安な気持ちもありましたが、いざ撮影が始まると違和感はありませんでした。圭介を知れば知るほど人間的な部分が見えてきたので、自然に受け入れることができました。僕は今まで、漫画やアニメが原作の作品に出演させていただくことが多かったのですが、そういう作品のほうが難しいかもしれません。演じるキャラクターが人間ではないこともあるので、どういう感情からその行動に至ったのかがつかみきれない時があって。でも今作は、一見筋が通っていないように見える圭介の行動の裏にも、ちゃんと理由となる心情があったので、納得して演じることができました。初めて原作を読んだときに感じた、わからないなりに腑に落ちていく感覚は、間違っていなかったのだと思います。

 だからこそ、役作りをする必要があまりなかったのかもしれません。役作りをしようと意識すると、圭介のサディスティックなイメージを前に出そうとしてしまう。だけど圭介自身はそうしようと意図的に生きているわけではないから、嘘が多い作り込んだお芝居になってしまう。きっと大森監督はそういう事も分かっているから「何も考えないでいいよ」と言ってくださったんだと思います。

2人のいびつな関係、そこに愛は

――圭介と佳代は「支配する側とされる側」「服従する者とされる者」というアブノーマルな関係性でしたが、この2人をどう感じていましたか?

 いろいろな捉え方ができるかもしれませんが、僕は、圭介は佳代に対して愛はなかったと思います。圭介は奥さんが妊娠中だったこともあり「家族」という存在にがんじがらめになることを、きっと恐れていたのだと思います。職場では上司や組織からのプレッシャーや葛藤もあり、どこにも「自分」というものを作ってはいけない。そんな中、唯一の趣味である釣りに行ったら、偶然佳代と出会った。そして、その日に発生した事件の現場でも再会した。佳代の怯えている雰囲気を、圭介は「自分の隙間を埋めてくれそうだな」と直感した、というだけだったのではないでしょうか。

――最初は戸惑っていた佳代ですが、徐々に彼女の方から圭介を求めていく展開でした。

 最初は圭介が佳代を追いかけていましたが、だんだん佳代の方から警察署に来たり、圭介が「俺が死ねって言ったら死ねるんか」と聞いたら「死ねる」と言い出したり。佳代の中で圭介に対する思いの形が変わっていって、心の底から求めてしまうのだけど、圭介にそういう気持ちはないから、お互い思いは噛み合わなかった。僕も未だにこの2人の関係は理屈では分からないままです。

――人間の弱さが生み出す物語でもありましたが、福士さんが思う「己の弱さとの向き合い方」を教えてください。

 僕は人と関わることが好きなのですが、自ら壁を作ってしまうことも多いんです。でも、最近は壁を作る前に自分から相手に心臓を見せるようにしています。そうすると「そんな弱みも見せてくれるんだ」と相手も心を見せてくれるんですよね。そうしていくと、自分の「弱い」と思っている部分がだんだん魅力に思えてきたり、その人の個性に変わってきたりしていくかなと思います。

「NARUTO」から学んだこと

――ふだんはどんなジャンルの本を読みますか?

 今は「NARUTO-ナルト-」の英語版を読んでいます。読み始めたきっかけは、海外の人も日本の漫画が好きなので、「NARUTO」のことも英語で会話できたらいいなと思ったからです。日本語で読むと、漫画の中で出てくる専門用語みたいなものを英語に変換するのが難しいんです。

――英語版を読んで、改めて「NARUTO」の面白さをどんなところに感じますか?

 生まれにコンプレックスを持っている登場人物が多くて、砂の使い手「我愛羅」も兵器として生まれたような存在なんです。そんな人たちが争うのですが、みんなどこか孤独を感じているんですよね。その孤独を埋めるために人を傷つけてしまうのだけど、ナルトもその思いを分かっていて、孤独だから他人を攻撃するのか、それとも仲間を見つけて笑って過ごすのかで、この先の生き方が変わるんだということを描いているんです。

 ナルトにはカカシ先生やイルカ先生といった仲間がいるのですが、その仲間のために自己犠牲するようなところもあって。ナルトの体内に封印された尾獣・九尾(九喇嘛) も、いわゆる「負の感情」として見たら、ものすごいエネルギーになるんですよね。プラスの感情よりもマイナスの感情の方がエネルギー的には大きいので、その感情を利用して自分の力や行動のエネルギーにしていけば、いつの間にか負の感情はなくなっていくということを学びました。

お話を聞いた⼈福士蒼汰(ふくし・そうた)

1993年生まれ。東京都出身。2011年俳優デビューして以来、数々の映画やドラマで活躍中。23年にはHuluオリジナルドラマ「THE HEAD」Season2で海外作品デビューを果たした。WOWOW「アクターズ・ショート・フィルム4」にて初の監督作品が配信中。

インフォメーション「湖の女たち」

大森立嗣監督・脚本。吉田修一『湖の女たち』(新潮文庫)原作。福士蒼汰、松本まりか、浅野忠信、福地桃子、財前直見、三田佳子ら出演。5月17日(金)公開。141分。