直感に導かれるように新しい本づくりが始まって

本づくりはいつも思いがけないところからやってくる。昨年の12月、私のささやかな出版活動〈森の出版社ミチクル〉から『LOVEってなに』という本が発売となった。シルクスクリーンという版画の技法で印刷された蛇腹状の絵本。今回は、なぜこの絵本が生まれたのかを書いてみたい。

はじまりは2022年秋。近隣にある閉校になった中学校を舞台に、私と仲間とで開催していた『みる・とーぶ展』に、札幌から〈俊カフェ〉の店主・古川奈央さん、イラストレーターであり絵本作家の橘春香さん、ライターであり編集者の佐藤優子さんがやってきたことからだった。

橘さんは、東京で私が雑誌の編集長をしていたときに、イラストレーターとして誌面に登場してもらったことがあった。また、佐藤さんは私と同業者で、ある雑誌で一緒に古川さんを取材したこともあった。今回は『みる・とーぶ展』を見学しつつ、橘さんから出版の相談があるということで、わざわざ美流渡へやってきてくれたのだった。

札幌にある俊カフェ

刊行を記念したトークショーを2024年1月に札幌の俊カフェで開催。写真は左から古川さん、私、橘さん。俊カフェは、詩人の谷川俊太郎さん公認のカフェで、谷川さんの詩集やエッセイ、絵本、翻訳本、雑誌などが置かれた私設記念館のような場所。(画像提供:北海道書店ナビ)

橘さんは『盲目のサロルンカムイ』という舞台の脚本や美術を手がけたことがあり、この物語をもとにした絵本も制作していた。これらの脚本や絵本を1冊にまとめ、私が運営している〈森の出版社ミチクル〉から刊行したいという希望があった。

舞台『盲目のサロルンカムイ』のパンフレットと脚本から派生した絵本

『盲目のサロルンカムイ』のパンフレットと脚本から派生した絵本。劇場での配布だけでなく、広くみなさんが手にとれる本をつくりたいと思ったそう。

この日、出版の可能性について話し合ったが、方向性はつかめなかった。けれど、このとき私が刊行した他の出版物を見るなかで、橘さんはシルクスクリーン印刷の蛇腹絵本『Like a Bird』に“ひと目惚れ”してくれたという。この絵本は、イタドリという繁殖力が旺盛で畑では厄介者とされる植物をテーマにしていて、小樽にあるシルクスクリーンのプリント工房〈Aobato〉が制作してくれたもの。版画の技法でもあるシルクスクリーンはインクの発色が鮮やかで力強いのが特徴だ。

『Like a Bird』という絵本

『Like a Bird』(絵と文・來嶋路子)/ジャマ者扱いされるけれど、本当は人気者? イタドリという植物についての物語。

絵本

Aobatoの提案により、本物のイタドリの葉が貼られたページも。

私の蛇腹絵本を見て古川さんが、「春香さんもつくってみたらいいんじゃない?」と語った。このとき橘さんは、それなら古川さんに文章を書いてもらい、絵をつけたいと直感的に思ったそうだ。また、蛇腹という構造から、それぞれの面から物語が始まって、ひとつに帰着するようなイメージが浮かんだという。

語り合うふたり。

絵本の原画を見ながら語り合う橘さんと古川さん。橘さんは、イラストレーターであり絵本や童話も制作している。横浜市出身で東京を拠点に活動していたが、2011年の東日本大震災をきっかけに札幌へ移住。絵本原画展なども多数開催。

赤い糸で結ばれていくような物語をつくりたい

橘さんが最初に思いついたイメージは、紙に小さな丸い穴をあけ、そこに赤い糸を通す仕かけだったという。

「運命の赤い糸という発想が浮かんで、恋愛の詩を奈央さんに書いてもらいたいと思いました」(橘さん)

蛇腹状になった紙に穴をあけ、赤い糸が通してある

橘さんの試作。蛇腹状になった紙のところどころに穴をあけ、赤い糸が通してある。

古川さんは、「思いを受け取った生々しい感覚があるうちに」と、すぐに執筆に取りかかった。言葉が浮かんできたのは、仕事を終えて帰宅して髪を洗っているとき。

「手に泡がついていてメモができなかったので、頭のなかで組み立てて、髪を乾かしたあとで慌ててメモをしました」(古川さん)

その後、推敲して、依頼から3日ほどで書き上げたという。

「詩を読んで、なんて素直なんだろうと思いました。恋愛をテーマとするとき、私だったら言葉を濁したりほのめかしたりしてしまうと思いますが、スパンと答えが書いてある。それでいて説教くさくなくて、『なに?』という疑問系を育てていくというところが新鮮でした」(橘さん)

古川さんがつけた詩のタイトルは『LOVEってなに』。花屋の女性と本屋の男性が、言葉の“種”によって出会う物語だ。

「この詩を書いたとき、言葉の種というものが自分のテーマになっていた時期です。そこから言葉の種を探している男の子と言葉の種を拾った女の子の話が生まれ、その種を植えて育て花が咲くというイメージがフワーと浮かんできました」(古川さん)

トークショー

トークショーの様子。イベントの最後に朗読家のかとうちかさんを招いてこの本の朗読会が行われた。(画像提供:北海道書店ナビ)

古川さんの詩は橘さんへと手渡された。橘さんはこの時期、ほかの絵本の制作などで多忙。なかなか制作を進められなかったが、約10か月後に下描きを完成させた。詩は女性と男性の物語が交互に登場する形式で書かれていたが、それを一節ごとに分解し、蛇腹の片側から女性の物語が、もう片側から男性の物語が始まり、最後にふたりが出会うという形式に再構成された。

「物語が進むにつれて、だんだん赤い花の面積が大きくなって盛り上がっていくような絵柄にしようと思いました」(橘さん)

絵本の下絵。

橘さんがつくった下絵。

橘さんから下描きと構成が仕上がったという連絡を私がもらったのは、2023年10月のこと。実は、それまで蛇腹絵本をつくりたいという話は聞いていたけれど、具体的に進めているとは知らなかったので、この連絡に驚いた(!)さらに『LOVEってなに』という恋愛がテーマの本だというから2度びっくり(!!)

これまで北海道のローカルなつながりで本をつくってきて、それらは自給自足や農業、食にまつわることで、いわば“恋愛度”の低いテーマが中心。そこに、まったく予想しなかった内容の本ができることになり、胸が高鳴った。

シルクスクリーン印刷でしか出せない表現を探して

さっそく、シルクスクリーン印刷をいつもお願いしている〈Aobato〉の小菅和成さんに連絡を取り、古川さん、橘さん、私で小樽の工房を訪ねることにした。今回、文字は橘さんが手書きした。細い部分があって再現性を心配したが「キレイに出せますよ」と小菅さん。小菅さんは腕の良い職人さん。その上、さまざまな工夫も提案してくれる。原画を見て、ところどころに透明のインキを盛ってツヤを出したらどうかとアイデアを出してくれた。

絵本のラフ。

「画数の多い漢字はつぶれ気味になるので、ほんの少し大きくするといいですね」と小菅さんからのアドバイス。

紙を指さす

インクの色を選ぶ橘さん。今回は混色せずに缶のままの赤と緑を使うことに。

橘さんはLOVEのタイトルや花に水をあげるシーン、花びらの変化などに、ツヤを感じさせる表現を加えた。クリスマスに発売されることも考えて、インクは赤と緑を選び、文字は紺色とした。通常の印刷物でよく目にするオフセット印刷は、シアン(青)、マゼンタ(赤)、イエロー(黄)、ブラック(黒)の4色で、フルカラーを再現するが、シルクスクリーン印刷の場合は、版ごとに自分の好きな色を選んで刷ることができる。

絵本

花に水をあげるシーン。水が透明のインクで再現されている。光に反射すると水滴のかたちが浮き上がる。

2か月ほどして印刷が完了した。この本の著者名や発行元は、のし紙風の腰巻きに記載されている。橘さんがデザインしてくれたもので、そこに私の出版社の名前もあるのが不思議な気がした。最初と最後の印刷工程のみ関わっただけで、今回はまったく編集作業をしていない。ある日、突然サンタクロースがやってきて、この本をプレゼントしてくれたような気分がした。

絵本『LOVEってなに』

『LOVEってなに』限定50冊。4200円+税。旭川の〈こども冨貴堂〉、札幌の〈laboratory haco〉で販売中。橘春香さんのHPか、ミチクル編集工房のfacebookからも購入できる。

のし紙風リボンがデザインされた冊子

かわいい腰巻きをつけて販売。のし紙風リボンがデザインされている。

今年1月、出版を記念し、〈俊カフェ〉でトークショーが行われ、古川さん、橘さん、私の3人で登壇した。ふたりからは、完成に至るまでの制作秘話が語られた。このとき、なぜこの本が『LOVEってなに』という、いわば直球のタイトルになったのかがつかめたような気がした。

「男女が出会うという物語になっていますが、愛というのは友だち同士にも、家族にも、そして1回しか会ったことのないどこか遠くにいる人にもあるかもしれないと思います。〈俊カフェ〉は、まず俊太郎さんへの愛があり、こうして6年も続けてこられたのは、たくさんの人が見返りを求めず、心から応援してくれているからです。こうしたみなさんからの愛を私も大事に育てていきたい。その思いを綴った物語です」(古川さん)

俊カフェ 店内

俊カフェには谷川さんがこの場所のために書き下ろした詩が掲示され、さらに谷川さんの等身大パネルもある。

私はこの言葉を聞いて、古川さんが、つねに谷川俊太郎さんへの愛をさまざまなかたちで発信しているまっすぐな姿と、この詩のタイトルに「LOVE」という言葉があることが、ピッタリとつながった。

「LOVEってなに

それは育むもの

いつでも心を寄せていたい

それは見つめること

花が咲く瞬間を見逃さない」(『LOVEってなに』より)

花を持つ男女の絵

『LOVEってなに』より。

古川さんの言葉を聞いて、愛はさまざまなところにあると、あらためて実感した。みんなの愛が結集して『LOVEってなに』も生まれたんだなあと、トークが終わり帰路につきながらしみじみと思った。

Aobatoの工房

Aobatoの工房にて。左からAobatoのデザインを手がける岩本奈々さん、Aobatoの小菅さん、橘さん、古川さん。みんなの本づくりへの愛と情熱が美しい仕上がりとなって現れた。

*俊カフェでのトークショーの様子は、絵本づくりの最初に立ち会ってくれた佐藤さんが書店ナビのサイトでリポートしてくれました。こちらもどうぞ!

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。https://www.instagram.com/michikokurushima/

https://www.facebook.com/michikuru