異様な速さで円安が進んでいる。このところ1ドル155円前後で推移していた為替レートだが、4月26日(金)の日銀会合後の会見で植田和男総裁が“円安是認”とも取れる発言をした影響もあってか、未明には158円台、さらに連休中の29日(月)には一時160円を突破する“異常事態”となった。

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FXトレーダーたちの悲鳴

 その後、一転して5円近く円高となり154円台をつけたことで、為替介入を疑う声も出ているが、この間、ネット上やSNSは“FXトレーダー”たちの悲鳴で埋め尽くされた。

「10年かけて貯めた500万円が人生初のロスカットで100万円以下に」
「27日の朝5時半にきた大暴騰でくらいました。-491万円!」
「もうどうでもよくなって全部損切り。年収よりも損切り額の方が大きい」

 中には、円安への対応策を示さない植田総裁や、なかなか為替介入に踏み切らない財務省の神田眞人財務官に向けた“呪詛の言葉”もちらほら……。

 そうした中でひと際注目を集めたのが、Xで写真付きで「-4155万円」のロスカットを報告した「あっきん」氏(@_akkin_nara)の投稿だった。

 元公務員トレーダーとしてFX界隈では名の知れた人物で、Xには「ついにあのあっきんさんもロスカットか…」といった反応も多く見られた。

 とはいえ、いったいなぜ、4000万円もの損切りをすることになったのか。FXトレーダーにとって、今回の円安がいかに想定外だったのか、あっきん氏本人に取材した。

27日未明に4155万円の強制ロスカット

 あっきん氏は41歳の経営者/トレーダーで、23歳の時に公務員を辞めるためにFXによる資産運用を開始。トレードの結果をブログやSNSで公表するスタイルに定評がある。

「私が持っていたポジションは“ユーロ売り/円買い”です。つまり、ユーロに対して円が値上がりすれば利益になるのですが、逆に円安が進むと損をしてしまうトレード。このポジションを持ち始めたのは2022年4月頃なので、約2年間含み損を抱えていたことになります。それがいよいよ強制ロスカットになったのが、27日未明のことでした」(あっきん氏)

 あっきん氏がもっとも取引量の多いドル/円ではなく、ユーロ/円でトレードしていたのは、このポジションを持っていた2022年の各国の金利差に理由がある。日本は当時、まだ-0.1%のマイナス金利。対するアメリカは2月には0.25%だった金利を、3月に0.5%、5月に1%、そして、6月に1.75%まで上昇させ、本格的な利上げ政策の途上にいた。

 外国通貨に対しショート(売り)ポジションで入る場合、円よりも金利が高い場合はその金利差によって生じるコストを支払う必要があり、逆にロング(買い)ポジションの場合は金利差によって生じた利益を、トレードによって生まれる利益とは別に受け取ることができる。これを「スワップ」と呼ぶ。

「その頃、まだECB(欧州中央銀行)はマイナス金利政策を取っていたので、ショートでポジションを取るトレーダーにとっては、ドルよりも条件が有利だったのです。もっとも今はECBの政策金利も4.5%なので、私の場合だと1か月で約130万円、1日当たりでは約4万円の“マイナス・スワップ”が発生していたんですけどね」(同)

感情や経済状況に左右されないトレード手法

 ところで、なぜマイナス・スワップの発生しているような状況で、含み損を抱え続けることになったのか。もう少し負け額の少ない場面で損切りすることは考えなかったのか。

「それには、私のトレードへの考え方と、これまで実践してきた“トラリピ”というトレード手法が関係しています。私がFXを始めたのは20年ほど前のことですが、当時は私も“裁量トレード”で売買をしていました。裁量トレードというのは、チャート分析や経済活動などの状況を示す要因をもとに行うファンダメンタルズ分析から、為替の上がり下がりを予想してトレードすることです。でも、そのやり方では何度やっても勝てませんでした。だから、為替を予想すること自体を一切やめようと決めたのです」(同)

 自分の判断やチャート、その時の経済状況などを元に判断する「裁量トレード」をやめ、代わりにあっきん氏が実践してきたのが「トラリピ」というトレード手法。

 トラリピとは「trap repeat if-done」の略で、その名の通り、トラップ(罠)を繰り返し張るように利益を重ねる方法。例えば「1ドル150円の時にドルに対し売り注文を出し、1ドル149円の時に利確する」といった注文を自動売買で繰り返し、利益を重ねていく。

 このトラリピ自体はマネースクエア社の特許技術だが、あっきん氏は9年前にこのサービスを知る以前から、手動注文で自動売買を繰り返し、資産を増やしてきた。

「始めに売買注文を出すには、注文を仕掛ける範囲やトラップ本数を入力する必要があります。それらの数値を決めるためには、“ここまで損が膨らんだらロスカットになる”という越えてはならない許容ラインを決める必要があります。私の場合は保有資産などから逆算し、余裕をみて1ユーロ169円を想定ロスカットラインとしていました。そこまでは耐えると決めていたのは、最初に決めたラインよりも前に損切りしてしまったら、それはもう、私がやらないと決めていた“裁量トレード”になってしまうからです」(同)

「もちろんショックですし、頭が真っ白になりました」

 そして、26日の金曜日、日銀会合後の植田総裁の会見をきっかけに、為替相場は一気に円安の歩みを早めた。あっきん氏もその行方を見守っていたが、「眺めていても結果が変わるものではない」と午前1時には就寝。そして、夜が明けて口座を確認してみると――。

「朝起きて、ドキドキしながらスマホアプリで口座を確認してみると、含み損を示していた画面の表示がなくなっていたんですよ。最初はエラーかメンテナンスかと思ったのですが、レートを確認したら損切りラインを越えていたので、あぁ、ついにロスカットか……と」

 4155万円のロスカットとなったのは、経営する会社の法人口座によるものだったが、個人口座で持っていたポジションも、4月29日(月)に約190万円のロスカットとなった。

 1ドル=160円台をつけた29日、対ユーロの円相場も一時、1ユーロ=171円台まで下落した。これはユーロが導入された1999年以降、最安値となる数字だ。

「淡々と話しているように思われるかも知れませんが、もちろんショックですし、頭が真っ白になりましたよ。ただ、最後まで自分の決めたルールに沿ってトレードできたので、ロスカットそのものには後悔はありません。昨年末に一時的に円高に振れた際には含み損が2000万円にまで減って、その時はなんとか助かりそうだと思ったのですが、ここまでの円安はさすがに想定外でした。しばらくFXのトレードはお休みしようと思っています」(同)

買っても負けても報告するのが筋

 最後に、高額なロスカットをXで報告した理由を聞いた。

「SNSの損益報告って、都合のいいことだけ書いて、負けた時には黙っている人が結構多いんです。私は、それはちょっと違うんじゃないかと思うんです。投資は上手くいくこともあれば失敗することもある。そういう失敗した部分も伝えたいという思いで発信を始めたので、これまで損益を全て公開してきました。また、私がトラリピを紹介したことで“やってみよう”と始めている人もいるので、今回のロスカットについても、利益を出した時と同じように公表するのは当然のことだと考えました」(同)

 事実、あっきん氏のトレード報告をきっかけにトラリピを始め、今回の急激な円安でロスカットとなったトレーダーも少なからず存在する。インフルエンサーとしての責任を感じるところもあるそうだ。

「私がこれまで法人口座の大きな額面でトレード報告をしてきたことで、ご自身の資産に見合わない額でトレードし、大きな損失を抱えた方がいたのではないか、と反省しています。例えば、資産5000万円の人の200万円分のポジションと、資産300万円の人の200万円では意味が違ってきますよね。今後は私の個人口座のもう少し現実的な金額で、NISAなども含めた、全資産の推移を公開するやり方に変えようかと検討しています」(同)

デイリー新潮編集部