バイクはノーヘル運転

 映画「帰ってきた あぶない刑事」が5月24日に公開された。昭和・平成・令和と三つの時代にわたって高い人気を誇るシリーズ作品だが、とりわけ1986年10月から1987年9月まで日本テレビ系で放送されたドラマ「あぶない刑事」は画期的な刑事ドラマだった。私は全話見たが、当時放送翌日の月曜日は中学校で同作について語り合ったし、夕方6時30分の「サザエさん症候群」ではなく夜10時の「あぶ刑事症候群」の方が我々には存在したと記憶している。【中川淳一郎/ネットニュース編集者】

 1970〜80年代の刑事ドラマといえば、「大都会」「太陽にほえろ!」や「西部警察」「西部警察PART-II」に代表される石原プロ制作のものが名高い。ハードボイルドかつ男くささ、派手なアクションと爆発、そしてやたらと血が演出に使われ、バイオレンス作品ともいえるものだった。

 そんな中登場したのが「あぶない刑事」である。舘ひろしがいるだけに、石原プロ的な男くささはある。何しろバイクはノーヘル運転で、車に乗ってもシートベルトはしないし、バンバン銃を撃ちまくるのだ。その系譜は継ぎつつも、主人公の鷹山敏樹(タカ/舘ひろし)と大下勇次(ユージ/柴田恭兵)の醸し出すファッショナブルで、セクシーな要素を加味し、さらに浅野温子という後のトレンディードラマの代表格を配置することで、おしゃれ要素も加わった。

タカ派とユージ派

 さらには映画「ビー・バップ・ハイスクール」でブレイクを果たした仲村トオルを、イケメンだけどおっちょこちょいな若手刑事として、「うっかり八兵衛」的に配役。これも絶妙な作品のバランスとなった。

 タカとユージは、モテはするのだが、浅野温子からは翻弄され、クサいセリフやカッコイイセリフは発するものの、どこか大袈裟にフザけて言っているかのようなニュアンスが含まれ、嫌味はなかった。石原プロ制作の刑事ドラマは「砂埃が舞いまくる」的な空気感があり、乱暴に石鹸で全身を洗い、行水して「カーッ、気持ちよか!」とやっているイメージがあった。一方、「あぶない刑事」は仕事を終えたセクシーな男がシャワーで優雅にシャンプーで髪の毛を洗い、バスタオルを腰に巻いてソファーで寛ぐような雰囲気があった。

 もちろん「太陽にほえろ!」「西部警察」でも松田優作や神田正輝、舘ひろし、五代高之など女性に人気の役柄は登場したが、「あぶない刑事」は別次元だった。何しろ、私の通った公立中学校では女子生徒が「タカ派」(別に政治的な意味ではない)と「ユージ派」に分かれ、どちらがカッコイイかを真剣に議論しあっていたのだから。“女性が好きになる刑事ドラマ”などそれまで聞いたことがなかったため、強く記憶に残っているのである。

「あぶない刑事」の特集を作りたかった

「西部警察」は前述の通り、オシャレイメージのある舘ひろしはいたものの、作中はNo.3の位置づけ。ツートップとしては石原裕次郎と渡哲也という男くささの象徴と、ヤクザ映画への出演実績を多数持つ俳優がメインを張っていたし、石原良純と苅谷俊介もとにかく男くさかった。

 私は2000年代前半に、雑誌『テレビブロス』の編集者をしていたが、「西部警察」のスペシャルドラマがテレビ朝日開局45周年記念特番として2004年にオンエアされた時、「西部警察特集」を6ページ作ったことがある。その特集のリードにはこう書いた。

〈’80年代前半に異常的盛り上がりを見せた刑事ドラマ『西部警察』が、スペシャル番組で10月31日に帰ってくる。爆発、炎上、自動車横転、犯人ボコボコなどの、過激で分かりやすいシーン満載の痛快活劇は、体育会刑事部とも言えそうな男臭プンプンのもので、通常の刑事ドラマにありがちな心理描写やら、人間関係、恋愛などを排除した潔さがなんと爽快なことか。今こそ見ておきたい一作だ〉

 ここで20年前の私の、小難しい高偏差値刑事ドラマ(恐らくは「古畑任三郎」などを念頭に置いていると思うが)に食傷気味だった気持ちを読み取れる。このリードを書きつつ、「西部警察」への好意を滲ませたが、実際は「あぶない刑事」の特集を作りたかったことも覚えている。

銃刀法違反&ノーヘルメット

 バイオレンス感はありつつも、1980年代西海岸風空気感と、トレンディードラマ前夜の横浜の雰囲気が絶妙なバランスで交わった「あぶない刑事」は、新たな層を刑事ドラマに招き入れた画期的作品といえよう。

 さて、今回、タカとユージは警察署を定年退職した探偵役を演じるというのに、銃を撃ちまくり、ケンカもするし、日産のレパードで暴走してノーヘルでバイクに乗る。コンプラを無視した内容になっているが、配慮はされている。

 事前に公開された作品のトレーラーでは銃を持つシーンで、指を口元に当て「シーッ」とやる。あとは、タカが女性警察官から手錠をかけられ困惑するシーンがあるが、これは後輩である仲村トオル演じる町田課長の命令なのだという。そこで「銃刀法違反&ノーヘルメット」の一言が出てタカは「アイツ…」と呆れた表情を見せる。

 こうした演出は、「不適切にもほどがある」で「コンプラ疲れ」の人々の溜飲が下がった時代背景にもマッチしているのではなかろうか。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部