トウモロコシなどにつくコウジカビが生成するカビ毒「アフラトキシン」は猛毒として知られる(写真はイメージです/gettyimages)

 小林製薬(大阪市)の紅麹(こうじ)サプリメントによって腎障害などの健康被害が相次いでいる問題で、厚生労働省は先月29日、「プベルル酸」という物質が意図せずに含まれていたことを明らかにした。同省によると、プベルル酸は青カビからつくられる天然の化合物だ。だが、まだ不確実な状況で、プベルル酸の名前が挙げられたことを専門家は疑問視する。

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「もし、プベルル酸が健康被害の原因だとすると、これまで知られてきた『カビ毒』のなかでも別格の毒性を持つ『アフラトキシン』を上回る驚異的な毒性を持つ物質である可能性があります」

 そう衝撃的な見解を示すのは、大阪市立自然史博物館の浜田信夫外来研究員だ。

 浜田さんは京都大学薬学部で製薬化学を学び、長年、大阪市立環境科学研究所でカビによる環境汚染などを研究してきた。

 食品を腐敗させるカビは嫌われがちだが、人は食物の保存のために古くからカビを利用してきた。例えば、ヤギやヒツジ、ウシなどのミルクは栄養豊富だが傷みやすい。これを「白カビ」や「青カビ」の発酵作用を生かして熟成チーズに加工すれば長期保存がきく。「コウジカビ」はみそやしょうゆ、塩麹といった日本由来の発酵食品をつくるために用いられてきた。

さらに、病気の治療に使われる抗生物質ペニシリンなどの原料を生み出すのも、実はカビだ。ペニシリンはカビが肺炎球菌やジフテリア菌などの細菌を排除する毒、いわゆる「カビ毒」を利用してつくられた。

■肝障害やがんなどを発症

 一方、人に害を及ぼすカビ毒も300種類ほど見つかっている。なかでも繰り返し重大な健康被害をもたらし、世界的に問題となってきたのが「アフラトキシン」だ。

「アフラトキシン」とは、主に穀類やトウモロコシなどにつく熱帯性のコウジカビが生成するカビ毒のこと。“天然物では最強”といわれるほど極めて強い発がん性を持つ。動物の幹細胞を破壊し、肝臓の機能を喪失させて死に至らしめるとされる。

 2004年、ケニアでアフラトキシンによる健康被害が発生した。現地に飛んだ米疾病対策センター(CDC)によると、肝障害で少なくとも317人の患者が発生し、そのうち125人が死亡した。

 住民の主食はトウモロコシで、天候不順のため保存中にカビが生え、アフラトキシンに高濃度に汚染されていた。そのトウモロコシを粉に加工して焼いたものを、数週間にわたって食べたため、悲劇が起こった。

「カビ毒の多くは加熱しても分解しません。細菌による食中毒と違って、カビの生えた穀類やその加工品を長期間食べ続けると、肝障害やがんなどの慢性疾患を発症します」(浜田さん)

小林製薬の紅麹サプリからペベルル酸が検出されたことを厚生労働省が公表した資料=同省提供

 アフラトキシンは毒性が非常に強いため、多くの国は規制値を設けている。日本では1キロ当たり10マイクログラム(1マイクログラムは100万分の1グラム)を上回るアフラトキシンが検出された食品は、食品衛生法違反となり、排除される。

 CDCの報告によると、ケニアで健康被害をもたらしたトウモロコシは一見してカビに覆われていた。それでも主食として毎日食べざるを得ない貧しい国や地域では、アフラトキシンによる健康被害が繰り返されてきた。多くの死者を出した背景には医療体制の不備もある。

 CDCの調査によると、特に被害の大きかった地域で採取した約10%のトウモロコシのアフラトキシンのレベルは、1キロ当たり1000マイクログラムを超えていた。最高は8000マイクログラムだった。

■紅麹サプリに当てはめると

 ケニアでのアフラトキシン汚染を参考に、ペベルル酸が健康被害の原因だった場合の毒性を推察してみよう。

 調査によるとケニア人が消費するトウモロコシは1日平均400グラムである。一方、小林製薬の問題となったサプリ商品「紅麴コレステヘルプ」は1粒200ミリグラム。同社は1日の摂取目安量を3粒としていたので、600ミリグラムとなる。ケニア人の主食の約660分の1の重さである。

 つまり仮に、小林製薬の紅麹サプリにプベルル酸がケニアで検出されたアフラトキシンと同程度含まれていたとすれば、プベルル酸の毒性は理論上、アフラトキシンの600倍ほどになる可能性がある。

 さらに浜田さんはもう一つの可能性を指摘する。プベルル酸の毒性がそれほど高くなくても、カビがつくるカビ毒の生産量が桁違いに多い場合だ。

 もし、サプリの製造工程にカビが入り込み、成長したとしても、現場の従業員が気づかない程度であれば、そこで分泌されるカビ毒の量は「たかが知れている」と考えられるという。

「もし、プベルル酸が健康被害の原因であれば、アフラトキシンと比べてとてつもなく毒性が強いか、カビがつくるプベルル酸の生産量が既知のカビよりも非常に多くて大量の毒素がサプリに含まれていた。もしくは、その両方でなければ、今回の健康被害は説明がつきません」

 実際、そんなことがあり得るのか。浜田さんは首をかしげる。

小林製薬の小林章浩社長(中央)は3月29日、会見を開いた

■厚労省の非科学的な発言

 そもそもプベルル酸は、1932年に青カビが分泌する物質として初めて報告された。その後、抗マラリア活性を見いだされ、北里大学で研究が進められた。

 プベルル酸についての論文は非常に少ないが、マラリアの治療薬の研究としてプベルル酸を取り上げた論文が2010年と17年に同大の研究者によって発表されている。

 10年の論文によると、プベルル酸は熱帯熱マラリア原虫に対して強力な抗マラリア阻害効果を示した。ヒト細胞に対しては弱毒性を認めただけで、新しいマラリア治療薬として有力な候補とされた。

 17年の論文には、マラリアに感染させたマウスにプベルル酸を皮下投与したことが記されている。すると、「毒性を示し、5匹中4匹が3日目までに死んだ」。ただ、健康なマウスにプベルル酸を投与したわけではないので、死因にマラリアが関与している可能性を否定できない。

 さらに、解剖結果が記されていないので、仮にプベルル酸によってマウスが死んだとしても、腎障害が原因なのかはわからない。当然のことながら、人体への影響はまったく不明である。

 ところが、先月29日、厚労省の担当者は「(プベルル酸は)マラリアも殺すような活性があるので、毒性は非常に高いと考えられる」と語った。

 これに対して浜田さんは「非科学的な発言です」と、強く批判する。

「ペニシリンのように、細菌に対して強い毒性を持っていても、人にはほとんど副作用が出ないカビ毒もある。それなのにマラリア原虫という特殊な生物を引き合いに出して、プベルル酸の毒性を語るというのはあまりにも乱暴です。ミスリードを招きかねない話だと思います」

 実際、厚労省の発言以降、「毒性の高いプベルル酸」という報道をよく目にするようになった。

 この発言について、厚労省に確認すると、

「多少マラリアにかかったマウスにプベルル酸を皮下注射で投与したら死んだ。そのような論文がある、ということを端的に申し上げただけです」

 プベルル酸がこれまでのカビ毒の常識を覆す物質である可能性は排除できないものの、それを証明するにはまださまざまな検証が必要な段階だ。そのため、原因究明には「1年以上かかるのではないか」と、浜田さんは見通しを語った。

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)