マリナーズ時代のイチロー

 近年、野球界では選手の大型化も進み、加えてトレーニング方法も進化したことで、世界に出てもフィジカルで負けない選手も登場してきた。その最たる例が大谷翔平(ドジャース)だろう。元々193センチと長身だが、さらにフィジカルを強化したことで、メジャーリーガーたちを凌駕するような体を作り上げ、二刀流としての活躍を現実のものとした。

 大谷の他にも最近は身体的な部分でメジャーリーガーに負けないような大型の日本人選手も増えてきた印象も受けるが、細身の体で“技術”を最大の武器として米国で活躍したのがイチロー(マリナーズほか)だ。

 大谷ら大型の日本人選手の活躍が増えている中、イチローが来年殿堂入りの資格を得るタイミングで、改めてその凄さに注目が集まっている。

 イチローはメジャーリーグ公式サイト『MLB.com』のプロフィールを見ると、身長5インチ11フィート(約180センチ)、体重175ポンド(約79キロ)。いずれも日本人男性の平均よりも上ながら、メジャーでは“華奢”な部類だったのは明らかだろう。

「スポーツで成功するには技術、フィジカル、メンタルの全てが必要。特に海外でプレーするには体格が優れているに越したことはない。パワー、スタミナ、相手への威圧感(=見た目)といった部分で武器になる」(MLBアジア地区担当スカウト)と言う声もあるように、イチローは“不利”な条件でプレーしていたはずだ。

 実際、イチローが日本人野手として初のメジャー挑戦だったことだけでなく、体格的なこともあり当初は通用するかについて懐疑的な見方も多かった。

 しかし見事に評判を覆し、その後にメジャーリーグに挑戦する選手たちの草分けとなった。だが、日本人選手が米国でプレーするにあたって「体の大きさ」がネックとなり、海を渡ることを躊躇していたということも少なくなかったという。

「体格は生まれ持った才能。かつては、『松井秀喜さん(ヤンキースほか)くらい大きくて丈夫な体があればメジャー挑戦したい』と語っていた小柄な選手も少なくなかった」(スポーツマネージメント会社関係者)

 イチローが海を渡った2年後の2003年にメジャーに挑戦した松井は『MLB.com』のプロフィールで調べると、身長6インチ2フィート(約188センチ)、体重210ポンド(約95キロ)。“ゴジラ”の愛称があったように日本人としてはかなり大柄な部類だが、メジャーリーグでは松井も標準的な体格だった。また、イチロー、松井が米国でプレーし始めた時期は現地で“ステロイド時代”という呼び名があるように、運動能力を向上させる薬物を使用している選手が多かったタイミング。筋骨隆々のメジャーリーガーたちがあふれる中で、イチローの細さはより際立っていた。

「あの時代に米国でプレーしたイチローがあれだけの結果を残したのが凄い。身長180センチは一般的な日本人と少し大きいぐらいの体型。相当の覚悟を持って取り組んでいたはず」(在米スポーツライター)

 パワー全盛の時代で、技術とスピードを生かしたプレーでリーグを席巻したイチローは引退後の今もなお、その功績を評価する声は多い。なお、イチローがマリナーズに移籍した2001年から10年連続でシーズン200本安打以上とゴールデングラブ賞受賞を達成したが、その間の野手としての通算WAR(選手の価値を総合的に示す指標)はリーグ全体で3位だという(WARのデータは米スポーツメディアの『bleacher report』を参照)。

 細身のイチローが大柄な選手たちの中で躍動する姿は、二刀流で成功した大谷と同じくらい米国の野球ファンにインパクトを与え、そのプレーの凄さは数字にも表れている。

 そんなイチローが屈強な選手たちの中で戦えたのは技術はもちろん、自身の体を知りつくしていたことにあるだろう。現役時代に最も大事にしたのは柔らかくて強い筋肉と関節可動域の広さだという。当時、日本では馴染みのなかった初動負荷トレーニングを早くから取り入れ、専用機器を自宅や本拠地球場へも持ち込んだのは有名だ。

「オリックス時代から自身の体を徹底研究して長所と短所を熟知していた。自分自身に必要なトレーニングのみを取り入れ、その他のことはコーチに言われても絶対にやらなかった」(元オリックス担当記者)

「試合前練習のかなり前からクラブハウスの床でストレッチをしていた。狭いスペースしかない球場でも淡々と取り組んでおり、他選手がイチローを避けて歩いていたのが印象的だった」(元スポーツ新聞MLB担当)

 大谷やダルビッシュ有(パドレス)は体格的に恵まれトレーニングに対する意識は高いが、生まれ持ったフィジカルでは不利な部分もあったイチローは彼らよりも苦労はあったはずだ。2人も日本ハム時代からイチローの野球への取り組み方を尊敬していたとも言われる。

「監督として2人と接した栗山英樹氏(現日本ハムCBO)はジャーナリスト時代にイチローを頻繁に取材した。妥協なき姿勢が結果に繋がっていることを何度も話して聞かせたらしい」(元日本ハム担当記者)

 野茂英雄(ドジャースほか)が実質的なメジャーへの道を切り開き、それに続く形で数多くの選手が海を渡った。その中で最も日本人的な体型だったのがイチローだっただろう。

「メジャー19年間で3089安打は北米スポーツ史上に残るレジェンド。同じ時代に生きられたことが嬉しい」(在米スポーツライター)

 まだ少し気が早いがすでに米国では来年の殿堂入り選手についての議論が始まっている。イチローは資格取得1年目での殿堂入りは間違いないと言われているが、体格的なハンデを物ともせずにメジャーリーグで活躍したことが再び評価されることになるだろう。