視聴者を「裏切る」演技が注目されている岡部たかし

 現在放送中の朝ドラ「虎に翼」(NHK)でヒロイン・猪爪寅子(伊藤沙莉)の父親・直言役として存在感を発揮しているのが俳優の岡部たかし(51)だ。妻(石田ゆり子)に頭の上がらぬ、どこか頼りなさげな役どころだが、帝都銀行に勤めるエリートサラリーマンを演じている。

 第21話(4月29日放送)では、直言が贈賄容疑で逮捕され、いつものひょうひょうさが一転、厳しい取り調べやうその自白を強要され、すっかり憔悴(しょうすい)しきった姿に。これを見た視聴者からは「憔悴しきった姿に息を飲んでしまった」「すっかり小さくなってしまった直言パパの背中がつらくて見ていられない」と、心配の声が相次いだ。その後も裁判で無罪をつかみとってからの開放的な表情や、平穏な日々をかみしめるような家族だんらん時の笑顔など、深みある演技が涙や笑いを誘い、視聴者を魅了し続けている。

 実は岡部は前作「ブギウギ」にも主人公の実家の銭湯に通う常連「アホのおっちゃん」として出演。陽気なキャラを好演し、異例の2作連続出演を果たしているのだ。

「岡部さんがブレークしたきっかけは、2022年の長澤まさみさん主演ドラマ『エルピス』でしょう。第1話早々に、ヒロインで女子アナ役の長澤さんに向かって『ババア』『更年期』など、セクハラ暴言を浴びせる番組プロデューサー・村井役を好演。スタート当初は最低な男でしたが、物語が展開するうちに、実は仕事に関して筋を通す人間臭くて憎めない人物だったことがわかるという設定でした。ドラマ後半では、村井がスタジオに乱入し、感情をあわらにするシーンがあるのですが、『村井さんに惚れた!』『脇役から主役に躍り出た回』とSNSも盛り上がり、放送直後はXでトレンド入りしたほど。いい意味で、視聴者を裏切る岡部さんの芝居は本当にすごいと絶賛されています」(テレビ情報誌の編集者)

岡部たかし

■絵に描いたようなフリーターだった

 6月で52歳となる岡部だが、俳優としては遅咲きだ。和歌山県で生まれ、地元の工業高校を卒業後は大阪の建設会社に就職し、現場監督をしていたという。ところがまったくなじめず1年で退職し、地元に戻って『トラックの運転手をしたり、喫茶店でバイトをしたり。絵に描いたようなフリーター生活を送っておりました』(「NEWSポストセブン」23年2月22日配信)と明かしている。

「当時恋人だった現在の妻の後押しもあり、24歳で上京。関西で柄本明さんの芝居を観劇し、感銘を受けたこともあり、彼が座長を務める『劇団東京乾電池』の研究生オーディションを受けて合格したことで役者人生が始まりました。オーディションでは『真っ白なスーツで尾崎豊のI LOVE YOUを歌った』ことや、入団の決め手が『月謝が1万円と安かったのが決め手だった』ことなどもメディアの取材に明かしています。00年に劇団を退団後は、演劇を中心に数多くの公演に出演し、話題のドラマや映画などにも声がかかるようになっていきました」(同)

 10年頃から数多くの作品に脇役として出演し続けていた岡部だが、壁を突き破れたのにはある女優の助言があったという。

「同じく名脇役として活躍していた深浦加奈子さんに『自分はふつうで面白くない』と悩みを打ち明けると『そんなことで悩んでるの?』と一笑され、『普通をちゃんとやりなさい』と諭されたとインタビューで語っていました。トガっているだけでもダメだし、作ってやるものでもないと言われ、『あなたのままをちゃんとしたら面白い。普通をちゃんとできる人って、あまりいないんだから』という言葉をもらえたのだとか。この言葉により、岡部さんの芝居に対する考え方が変わっていったそうです。その深浦さんは、残念ながらガンを患って08年に他界しています」(舞台関係者)

人間味のある芝居が魅力の岡部たかし

■23歳になる息子も俳優の道へ

 最近では「情熱大陸」(4月28日放送)で密着取材を受けていた岡部。カメラの前で何度も口にしていたのが「おもろい」か「おもろくないか」で、この感覚を大事にしているようだ。「人間は複雑で滑稽」という言葉が、彼の芝居をするうえでのぶれない軸にあり、それが人を魅了する演技につながっていることは間違いないだろう。

「『情熱大陸』では岡部さんの素顔を見た視聴者からは『色気がある』『イケオジ』などの声もあがっていて、演技とはまた違った顔が明らかになりました。岡部さんには23歳になる息子さんがいるのですが、その息子さんも俳優になっていて同番組にも出演していました。息子さんが6歳の頃、妻とは一度離婚しているので『父と息子というより、先輩と後輩みたいな感じ』と雑誌のインタビューに明かしていたこともありました。密着映像では、芝居談議に花を咲かせる様子も流れましたが、まさに親子というより同僚という感じでした。息子を猛プッシュする感じでもなかったところも好感が持てました」(前出の編集者)

 エンターテイメントジャーナリストの中村裕一氏は、岡部の魅力をこう分析する。

「出世作である『エルピス』での演技も素晴らしかったですが、個人的には同じ年の夏に放送された『あなたのブツが、ここに』が印象深いですね。主演の仁村紗和演じるシングルマザーが働く運送会社の社長役で出演し、エンディングで主題歌であるウルフルズの『バカサバイバー』に合わせて出演者がダンスを踊るのですが、若干、周りとワンテンポずれていたように見えたのがとてもチャーミングでした。人間の持つ矛盾というか、柔らかさと硬さを兼ね備えた、幅の広い芝居に対応することができる俳優だと思います。『情熱大陸』でも紹介されていましたが、7年続けているヨガで培った柔軟性が彼の演技はもちろん、俳優としての魅力を支えているのではないでしょうか。善良な市民から狂気を秘めた役まで、彼ならどんな役でもしなやかに演じてくれると思います」

 今年だけで4本のドラマに出演。今後も「おもろく」て、裏切りのある演技をしてくれそうで楽しみだ。

(高梨歩)