憧れの旧車を自分の好みで仕立て、新車同然の状態で手に入れることができる。そんな夢のようなことを始めたブランドがオープンした。名車として名高い2台のメルセデス・ベンツは目を見張る仕上がりだった。モータージャーナリストの藤原よしおがリポートする。


SLのレストモッド

近年クラシックカーの世界で“レストモッド”という言葉をよく聞く。これはレストアとモディファイを組み合わせた造語で、フルレストアを行いながら、エンジン、ギヤボックスなどのメカニカル・パート、さらには内外装までも現代風にアップデートするというものだ。

そもそもはアメリカ車を中心に始まったムーブメントだが、2009年頃にロッド・エモリーがポルシェ356、シンガーが964型ポルシェ911をベースに現代版ホットロッドを製作するようになってから、レストモッドという新たなジャンルが確立されるようになった。

メルセデス・ベンツ190SL(1959)/1955年から63年までに2万5881台が作られた190SL。

今年の3月中旬に東京南青山にオープンした「ABODA GARAGE」が用意するのは、W121系メルセデス・ベンツ190SLとパゴダ・ルーフの愛称で呼ばれるW113系280SLのレストモッド。しかしながら、その中身は前述したような“モッド”の比率が高い華美なものではなく、安心して快適に乗ることに重点が置かれている。

「機関はほぼ新車と言っていい状態で、90%近くを新しい部品に変えています。一方で快適に乗るために発電機をオルタネーターに変え、電動パワステをつけ、190SLではフロント・ブレーキをドラムからディスクに変えています。日本では必須のエアコンも標準装備、普段も快適に走れるクルマを目指しました」と説明してくれたのは同社の田中一嘉さん。聞けば、ドイツのビルダーと提携し徹底的なシャシーアップ・レストアを行い、現代の道路環境に対応するためのモディファイを加えているのだという。

実際に展示されている190SL、280SLを見せてもらったのだが、ボディはもちろんエンジン・ルームを見回してもオリジナリティを損なうようなモディファイは加えられていない。それはインテリアも同様で、後付けのエアコンが雰囲気を損なわないように上手くフィッティングされているのも好ましい。

また1897cc直4SOHCエンジン、4速フルシンクロMTをはじめとする機関系、新車同然のインテリアを含め、実用本位のアップデートをしながらもオリジナルに留意したレストアが施されていた。

それに加えて「ABODA GARAGE」では外装、ソフトトップ、インテリアのレザー、カーペットを豊富なカラー・バリエーションの中からセレクトできるのが特徴で、同社のホームページのコンフィギュレーターを使い、内外装の組み合わせを自由に試すことができる。また展示車の190SLのようにメッキパーツをマット仕上げにするなど、様々なエクストラ・オーダーに応える用意もあるという。

田中さんによると、オーダーから納車までの期間は12ヶ月。価格は190SLが32万ユーロ、一方W113系は基本的に台数の多い280SLをベースとし35万5000ユーロで販売される。しかも機関(消耗品などを除く)に関しては2年間の保証まで付帯されるのだ。


東京の景色を変えたい

この「ABODA GARAGE」を率いるのは、インテリア・ショップ「Francfranc」の創業者として知られる高島郁夫さんだ。高島さんは「世の中にない新しいモノやコトを生み出し、誰も見たことのない景色を創りたい」という想いから新たなライフスタイルブランド「ABODA LIFE」を設立。「ABODA GARAGE」は、その活動の一環なのだという。

豊かなモータリングを東京で実現したいと語るABODA LIFE代表の髙島郁夫さん。「クルマの世界も“モノ好き”だけでは変わらない。“コト好き”の人が入ると変わってくる。そういう意味で日本にはコンセプトを持ってクルマを作っている人がいない。そこに一石を投じてクルマ自体をファッションにしたいという気持ちがあります」

「日本は長くデフレが続いてつまらない世の中になってしまった。だからこそ本当のラグジュアリーをやりたい。それもギラギラ、オラオラしたものではなくスマート・ラグジュアリーという世界観を作れないかなと思ったのがきっかけです」

高島さんはこれまで多くのクルマを乗り継ぎ、今もポルシェ992タルガGTSやクラシック・レンジローバーをガレージに収め、フェラーリ・ローマ・スパイダーの納車待ちをしているという生粋のエンスージアストである。しかしながら、なぜ敢えてクルマ、それもクラシックカーのショップを始める気になったのだろうか。

「自分でもまさかクルマ屋を始めるとは思っていませんでした(笑)。そもそもは、縁があってショールームに展示してある1957年型の300SLロードスターを手に入れたことでした。じゃあ次は190SLに乗りたいと思ったけど中々満足するものに出会えない。そこで辿り着いたのがドイツのビルダーで、彼らの仕事を見て信頼できる、任せてみようと思ったのがきっかけです。実はショールームの190SLも元々は自分のためにオーダーしたものなんですよ」

そこには高島さんのこんな想いも込められている。

「他に乗りたいクルマがないというのもあります。でもこのSLなら乗ってみたい。こういう色っぽいクルマがもっと走れば東京の景色も変わる。例えばキューバの街が魅力的に見えるのも、ミラノでカッコいい男がスマートから降りてきてハッとするのも、景色としてクルマの要素が大きいからだと思うんです。日本でもティファニー・ブルーのSLの助手席にエルメスやシャネルの箱を積み上げて年配の女性が乗ってくれたら、お洒落じゃないですか」




人もクルマもカッコよく

「ABODA LIFE」では今後、クルマに限らず、ホテル、レジデンス、ウェルネスなど様々な分野への展開を進めていく予定だという。

「今、八丈島にリゾート・ホテルを作る計画を進めていますが、そのほかに捉えたいテーマがウェルネスなんです。例えば歩き方とか、歩く姿勢ってとても大事。ニューヨークにエキノックスという高級ジムがありますが、あそこまでパワフルではなく、シニアが健康でいることを素敵にする施設ができないか、と思っているんです。クルマもそうだけど、乗っている人もカッコよくなければいけない。そういう意味で『ABODA GARAGE』はワン・オブ・ゼム。1つ1つが形になっていくと、『ABODA LIFE』の全体が見えてくると思います」

そのために掲げているのが、物質的な豊かさだけではないスマート・ラグジュアリーという概念なのだ。

「スイスにあるル・コルビュジエの“レマン湖畔の小さな家”みたいな、小さいけどセンスのいいものにすごく惹かれます。何もこれ以上足すものがない、引くものがないという、究極の美しさ。自分の人生もそうやって収束させていきたい。今、僕の周りにはアートもいっぱいあるけど最後は1枚にしたい。それはクルマも家も同じ。例えば外国の田舎なんて不便でも楽しそうでしょ。クルマだって120馬力しかなくても、ナビがなくても困らない。それよりカッコよく乗りたい。お金で買うのは誰でもできるけど、何を選択していくかがとても大事だと思うんです。それが我々の掲げるスマート・ラグジュアリーだと考えています」

文=藤原よしお 写真=茂呂幸正



(ENGINE2024年5月号)