4月上旬に日本人宇宙飛行士を月面に送り込むことが日米政府間で合意された。日本人が月に向かうということで、おとぎ話のかぐや姫が実現するような夢のある話である。米国は現在の国際宇宙ステーション(ISS)に続く大規模な国際宇宙探査として、アルテミス計画と呼ばれるプロジェクトを進めている。2020年代に月上空に宇宙ステーション「ゲートウェー」を建設し、30年代には有人宇宙船の火星着陸を目指すという壮大な計画である。

 宇宙に衛星などの物体を輸送する際に最も重要なものはロケットだ。ロケットの原理を学べるおもちゃにペットボトルロケットがある。圧縮空気の力で噴出する水によってペットボトルを飛ばすことができる。500ミリリットルのペットボトルに水を150ミリリットルほど入れて自転車用の空気ポンプで空気を注入する。もっと大きなペットボトルを使うものもあるが、基本的にシンプルなおもちゃである。水の重さ150グラムに対してボトルの重さは約28グラム。ペットボトルロケット本体と噴射する水の重量の比率は6倍ほどになる。つまり飛ばす本体のうち、多くの部分が「燃料」として消耗される水ということになる。

 実際のロケットでは高温の燃焼ガスを後方に噴射しその勢いで何百トンものロケットを宇宙まで飛ばす。日本が開発しISSに物資を運ぶために運用した補給機は「こうのとり」の愛称で親しまれた。食糧や衣類、各種実験装置などの最大6・2トンの補給物資を送り届けることができたという。この打ち上げに使われたH2Bロケットの全質量は531トンである。今年2月に打ち上げに成功した最先端のH3ロケットは使いやすさ、信頼性、低価格を目指したものであるが、打ち上げるロケットの全重量の多くが燃料であることは変わらない。他国のロケットでもほぼ同じで、現在のロケットの原理を使う以上、この課題を解決するのは容易ではない。

 この課題に対して、重力が地球の6分の1の月からロケットを打ち上げできれば重力の大きい地球からロケットを打ち上げるよりもはるかに効率的に人や物資を宇宙に運ぶことができ、近い将来に人類を火星へ運ぶためにも適した基地を作れると考えられている。また、実用化には遠い段階であるが地上から宇宙に向かって伸びていく宇宙エレベーターという巨大な建造物も提唱され、研究機関や企業で検討されている。ロケットよりも省エネで多くの人間や物資を宇宙に搬送することができる。

 今世紀に入り宇宙開発は国家プロジェクトというより有望な新規ビジネスと捉えることが一般的になってきた。富裕層をターゲットにした宇宙旅行も実際に企画されている。宇宙輸送の効率化は非常に重要だ。だがロケットから離れて考えてみると、一部の人や組織が成功を追求するために多くの人や物を「消耗」することは何もロケットに限らない、世の中によくあることにも思える。

(中岩勝 産業技術総合研究所 名誉リサーチャー)