議事堂襲撃事件で反トランプを鮮明に

 『Oath and Honor: A Memoir and a Warning(誓いと名誉─回想録と警告)』は、米共和党元下院議員のリズ・チェイニーの回想録。ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領ディック・チェイニーの娘で、前大統領ドナルド・トランプに対する批判を公言してきた数少ない共和党の大物だ。

本書は2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件の経過とその後の共和党の対応を厳しく批判し、第2期トランプ政権発足に強い警鐘を鳴らす。昨年12月の発売直後からベストセラーリスト入りが続いている。

著者は、議事堂内で事件を目撃した。共和党員でありながら下院特別委員会の副委員長として、事件の経緯調査を指揮。委員会は10回の公聴会をテレビ中継し、何百万人もの視聴者を集め、800ページ以上におよぶ報告書を作成。4件の容疑でトランプを訴追するよう司法省に勧告した。

本書は委員会での著者の対応を詳述する。忍耐強い証人尋問、慎重で的確な説明、ビデオや音声による生の証言などによって、共和党の同僚らの偽善と不誠実さ、無気力さに「遠慮なく」切り込んだ。著者の勇気は、政策面では意見を異にする民主党寄りのメディアからも称賛された。

ただ、「1月6日にすべてが変わった」と書く著者には、前大統領の絶え間ないうそや、規範の軽視、政府機構への攻撃は、大統領職の終盤だけでなく、任期中、常にあったことであり、その間、著者は何も変わらなかったのか、何をしていたのかという批判もある。

腰砕けの共和党同僚を痛烈批判、脅迫受ける

著者は共和党指導部の元同僚らをトランプの「幇助(ほうじょ)者」「協力者」と呼び、名指しで糾弾している。特に前下院議長のケビン・マッカーシーへの怒りは強く、前大統領の選挙不正の主張が虚偽であると知りながら、公の場でそれを擁護した「臆病者」「卑怯(ひきょう)者」「憲法への宣誓を守る勇気と名誉に欠けている」と容赦ない。

 議事堂襲撃事件直後の数日間、前大統領が弾劾されるべきだという認識は、共和党内でほぼ一致していたという。しかし結束はすぐに崩れた。選挙資金支援や、将来の高い地位を約束された共和党幹部らの多くが、トランプ擁護に転じた。前大統領は弾劾されるべきだが、自分や家族の安全が心配で弾劾に賛成できないと話した議員もいたという。実際、著者を含め反トランプの立場を取る人々やその家族には、暴力的な嫌がらせや脅迫が現在も続いている。

前大統領に反対し、民主党寄りの立場を取った著者はまず共和党下院指導部のポストを失い、2022年には地元ワイオミング州の下院予備選でトランプが放った「刺客」に敗れた。支持者の離反に「トランプべったりのFOXニュースで、キャスターのでたらめな言葉を信じてしまう」と嘆く。

議席を失うこともいとわず反トランプを貫いた共和党議員は著者以外ほとんどいなかった。心の支えとなったのは、特別委員会に加わることを決めた時に父親から言われた「あなたを誇りに思う」という言葉だったという。

「夢遊病のように独裁政治に向かっている」

今や共和党は「憲法を支持する政党ではなくなった」とまで語る。これは単に一人の錯乱した人物の問題ではなく、大きな流れだ。「とても悲しいことだが、アメリカはもはや、共和党議員が国家を守ることを頼りにはできない」と結論づける。

前大統領は、さまざまな法的問題を抱えながらも今年の共和党大統領予備選での勝利を確実にしている。先の12月には、大統領就任初日には独裁的に行動すると宣言した。アメリカは「夢遊病のように独裁政治に向かっている」「もしも2期目のトランプ政権が誕生すれば、アメリカの民主主義は崩壊する」「いま最も重要なことは、間違いなくドナルド・トランプを阻止することだ」と著者は繰り返し訴えている。

米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)

2月25日付The New York Times紙より
『 』内の書名は邦題(出版社)

1  Killers of the Flower Moon
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン――オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』(ハヤカワ文庫NF)
David Grann デイヴィッド・グラン
1920年代の米オクラホマ州の先住民居留地に住むオセージ族を狙った連続殺人事件。

2  The Body Keeps the Score
『身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法』(紀伊国屋書店)
Bessel van der Kolk ベッセル・ヴァン・デア・コーク
トラウマが心身に与える影響を解説し、回復のための革新的な治療法を紹介。

3  The Wager
David Grann デイヴィッド・グラン
スペインとの戦争時、極秘任務中に難破した英国船の生存者たちの物語。

4 The Boys in the Boat
『ヒトラーのオリンピックに挑め――若者たちがボートに託した夢』(ハヤカワ文庫NF)
Daniel James Brown ダニエル・ジェイムズ・ブラウン
1936年のベルリン五輪で金メダルを目指した米国のボート選手たち。

5 Medgar & Myrlie 
Joy-Ann Reid ジョイアン・リード
1963年に暗殺された公民権運動指導者の妻が、夫の功績をどのように引き継いだか。

6 Outlive
Peter Attia with Bill Gifford ピーター・アティア&ビル・ギフォード
数学、医学、ビジネスなど多角的な視点から「長寿」の秘訣について論じる。

7 Caste
『カースト アメリカに渦巻く不満の根源』(岩波書店)
Isabel Wilkerson イザベル・ウィルカーソン
ピュリツァー賞受賞ジャーナリストが、今日の米国に存在する厳格な身分制度を検証。

8 Oath and Honor
Liz Cheney リズ・チェイニー
米共和党元下院議員が、連邦議会議事堂襲撃事件の調査特別委員会を率いた経緯。

9 Capote’s Women
Laurence Leamer ローレンス・リーマー
上流階級の女性たちの退廃ぶりを描いて反発を招いたトルーマン・カポーティの物語。

10 Masters of the Air  
Donald L. Miller ドナルド・L・ミラー
第2次世界大戦時、欧州解放に貢献した米第8空軍、重爆撃機部隊の記録。