約2900万の宿泊施設を掲載する世界最大級の宿泊予約サイト「Booking.com」(ブッキング・ドットコム、本社・オランダ)がこのほど、LGBTQ+についての理解を深め、当事者が安心して旅を楽しめるようホスピタリティーを学ぶ認証プログラムの日本語版の無料提供を始めた。その意義と狙いとは何か、同社東日本地区統括部長のオリビア・イエジ・ジョン氏に聞いた。(渡辺志帆)

LGBTQ+当事者が旅で感じる「不安と違和感」

ブッキング・ドットコムでは2021年から、提携する宿泊施設などに向けてオンライン・プログラム「Travel Proud(トラベル・プラウド)」の提供を行ってきた。

LGBTQ+の当事者が旅行中に直面するトラブルや課題に焦点を当てた内容で、これまでに英語やスペイン語などで展開し、すでに139カ国、約6万5000の宿泊施設が認証を受けているという。同社は今年4月から、このプログラムの日本語版提供を始めた。

同社が2023年に世界27カ国、1万人以上のLGBTQ+当事者に行ったアンケートによると、日本人の回答者の25%(世界で58%)の人が「旅行中に差別を受けたことがある」と回答。日本の28%(世界で41%)の人が過去1年間に、LGBTQ+当事者をサポートしていない旅先だと分かった際に旅行をキャンセルした経験があると答えた。また日本の10%(世界で32%)の人が批判的な目や気まずいやりとりを防ぐために自身の振る舞いなどを変える必要があったと答えた。

同社東日本地区統括部長のオリビア・イエジ・ジョン氏は、LGBTQ+の当事者が旅行の際に不快に感じたり、困惑したりする一例として、以下を挙げる。

同性カップルが予約した部屋に用意された浴衣やバスローブが、男性用と女性用になっている。

同性カップルがキングサイズベッド1つの部屋を予約したところ、施設から「ご兄弟ですか」などと聞かれる。あるいは、知らない間にツインベッドの部屋に変更される。

施設からの案内がないために、トランスジェンダーやノンバイナリー(性自認を男女の枠組みに当てはめない人)の人が、温泉施設をどう利用したらいいか分からない。

このほか同社のサイトでは、ゲストに対して性別に基づいた敬称をつけることも、LGBTQ+当事者にとっては旅の心地よさを損なう原因になると紹介されている。

ジョンさんによれば、男女別に分かれた温泉施設では、たとえば「家族風呂がある」「貸し切り風呂が予約できる時間帯がある」といった選択肢を用意したり情報提供したりするだけでも、LGBTQ+の旅行者は自信を持ってよりよい旅の経験ができる。LGBTQ+以外のコミュニティーのニーズも考慮しながら、正しい知識に基づいて何が提供できるか各施設に考えてもらうことが、プログラムの狙いだという。

ジョン氏は、「日本は『おもてなしの国』なので、その人に合わせたサービス提供や心遣いがすごくよくできる国。私たちも、すべてを理解して受け入れてほしいと言っているわけではありません。最初は手探りの部分もあると思いますが、少しの配慮と心遣いを積み重ねていく中で、だんだんと誰しもに心地よいサービスが整ってくると思います」と話す。

日本語のプログラムは英語版より長め

日本語版の認証プログラムは約2時間のオンライン制で、英語版の約75分より長くなっている。これはLGBTQ+の歴史や、概念がどのように発展してきたかについて英語版より多くの時間を割いているためだという。ファシリテーターが進行し、動画コンテンツを視聴するだけでなく、受講者からチャット欄に寄せられた疑問や質問に回答もするという。

講座を修了し、認証登録を終えた施設にはブッキング・ドットコム内の掲載ページに、レインボーカラーのスーツケースをあしらった「バッジ」が表示され、ユーザーが宿泊施設を選ぶ際に参照にできる。また、同社からマニュアルブックを提供して実際の施設運営に役立ててもらうという。

すでに4月中旬までに全国で約600の施設責任者が受講登録し、約130施設が認証を取得した。認証施設の数は東京、大阪、京都、北海道ニセコ町の順に多く、訪日外国人(インバウンド)客に人気の滞在先が多いという。

LGBTQ+旅行者への配慮はビジネスチャンスにも

日本のインクルーシブ・ホスピタリティーの向上が期待されるのには、別の理由もある。

同社によると、LGBTQ+の旅行市場は、世界で毎年推定2110億ドル(約33兆円)とされるほか、LGBTQ+コミュニティーは自分たちに友好的な施設やブランドにロイヤルティー(忠誠心)が高いという調査結果がある。LGBTQ+旅行者への正しい理解に基づくマーケティングとサービスの実装は宿泊施設側のビジネスにもプラスになるという。

またLGBTQ+ツーリズム普及のためにアメリカで創立された旅行業団体「国際 LGBTQ+旅行協会(IGLTA)」の年次世界総会が、アジアで初めて今秋、大阪で開かれる。大阪は2025年大阪・関西万博を翌年に控え、多くの外国人客の訪日が予想されることから、日本の宿泊施設のダイバーシティーへの理解と対応が急がれている。

ジョン氏は、「私たちのモットーは”We Filter Places Not People”(私たちがフィルターをかけて絞り込むのは場所であり、人ではない)です。みんなが心地よく旅できる自由を与えるという理念の一環で、このプログラムを推奨していきます」と話した。

日本語版の無料プログラムは、5月にも計4回の開催が予定されており、受講を希望する提携施設を引き続き募集している。