東日本大震災による原発事故で、避難指示区域に指定され一時は人口がゼロになった福島・南相馬市小高区。その街に2021年2月に誕生したのが、民家をリノベーションした酒蔵「haccoba(ハッコウバ)―Craft Sake Brewery―」だ。埼玉県出身の代表取締役・佐藤太亮さんは大学時代にインターンで訪れた石川県で地域の酒蔵を見学して日本酒造りに憧れを抱いた。一度はIT系企業へ就職したが、19年頃から日本酒造りの道へと転向して新潟・阿部酒造で1年間修業を積んだ。くしくも3月11日生まれで、「ある意味使命感というか、運命を感じた」と震災を機に人口減少や風評被害など課題の残る小高の地での酒造りを決断した。

 造るのは「クラフトサケ」と呼ばれる新ジャンルの酒だ。現在は新たに「清酒」の酒類製造免許を取得することは現実的には不可能に近く「その他の醸造酒製造免許」を取得。清酒を名乗れない代わりに、発酵過程で米と米こうじ以外の副原料を使うことができる。

 定番の「はなうたホップス」は東北に伝わる幻のどぶろく製法「花(はなもと)」とビールの製法であるドライホップをかけ合わせて造る。さらに「どこよりも攻めた酒を造りたい」とみそやカカオを使った酒などに加え、ゴキブリの卵鞘(らんしょう)が入った酒までも造り出した。

 一方で「地元農家のお米の味や生き様を伝えたい」と“地酒”を目指して唐花草のみを副原料として加えた「水を編む」のシリーズも発売。「酒造りをもっと自由に」の思いのもと「蓋を開けてみると、制限があったはずなのにいろいろな味の表現ができるなと感じた」と40種類以上の酒を世に生み出してきた。「日本酒ってこんなに自由でいいんだなと、よく分からないけどめっちゃおいしいじゃんと思ってもらえたら成功です」。型にはまらない、攻めた「クラフトサケ」の魅力はとどまることを知らない。(秋元 萌佳)

 ◆haccoba―Craft Sake Brewery― 2021年2月に福島・南相馬市小高区に誕生。23年7月には、同県浪江町に2つ目の拠点となる「haccoba 浪江醸造所」を設立。どぶろく製法を出発点にしたメイン商品「はなうたホップス」、地元農家の米を使用し“地酒”を目指した「水を編む」シリーズ、食だけでなくアートやファッション文化など垣根を越えた酒造りを目指す「haccoba LAB_」シリーズがある。東北では酒蔵のある小高区内のコンビニや福島県内の酒販店など5店舗で購入できる。