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少子高齢化による人材不足が地方自治体で慢性化する中、福島県を代表する観光地・会津若松市で進んでいる働き方改革。

職員の転職や介護による退職が目立つようになってきたことから、2021年度から本腰を入れて取り組み始め、24年度は幹部職員で構成する「働き方改革課題解決特別タスクフォース」も立ち上げる。

行政が働き方改革を行う意義とは。そして、民間と比べて難しいポイントは何か。

ハフポスト日本版は、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が起きた2011年から市政の舵取りを続ける室井照平市長にインタビュー。

「外からの声に心がぶれても仕方がない。必ず良くするという信念を持って臨む」と話す真意を聞いた。

会津若松市の室井照平市長会津若松市の室井照平市長

会津で生まれた子が3年で200人減

ーー市役所で働き方改革を行う重要性とは何でしょうか。

今回、働き方改革に乗り出したのは、人事課から「やりましょう」と言われたことがきっかけでした。

あまり自分の意見を表立って言う人は市役所の中では少ないのですが、職員自ら「やってみよう」と思ったのは理由があると思いましたし、動かなければならないタイミングだと感じました。

その後、幹部職員ら80〜90人と一緒にワーク・ライフバランス社の小室淑恵社長の講演を聞いたのですが、「働き方改革は少子化対策にもつながる」という言葉が非常に響きました。

今、地方では間違いなく人口が減ってきています。講演が行われたのは2020年10月でしたが、その頃はまだ年間約800人の子どもが会津若松市で生まれていました。しかし、3年後の2023年にはもう600人ほどになりました。

働き方改革は急務だと思い、市内の民間企業よりも率先して変えていかなければならないと、2021年2月に指針を作成しました。

ーー市役所に入庁したいという人も減っているのでしょうか。

少子化の流れを受け、確かに減っていると思います。特に市町村の場合は県庁と同時に受ける人が多いので、県庁に決まれば辞退するという人もいます。まさに、自治体で人を取り合っているのです。

会津若松市の働き方が変わっていけば、入庁希望者も増えていくと信じています。しかし、そのためにはまず内部が変わることが大事です。

現在、1000人弱の職員が働いていますが、全員が「良い職場だ」と実感し、自信を持って街で伝えてもらえれば、きっと学生や周囲の見る目も変わってきます。

ーー優秀な人材の離職を防ぐためにも、職員たちが心の底から「良い職場だ」と実感することはとても重要ですね。

今はスマホで簡単に転職先を探せる時代です。若い人たちはもう終身雇用を前提とした働き方ではありません。

そして、そもそもの人口が少ないわけですから、昔みたいに黙っていても働き手が応募してくる時代でもない。

だからまず、庁内にいる職員が自らの働き方に満足し、最大限のパフォーマンスができるように整えなければなりません。職員たちが明るく幸福に満ちた顔になれば、必然的に周囲から良い職場として認識されていくと思います。

観光スポットとしても有名な「鶴ヶ城」観光スポットとしても有名な「鶴ヶ城」

職員たちも危機感を持っていた

ーー市民からの反応はいかがでしょうか。

特に商売をしている人など、市内には育休を取る暇もなく必死にくらいついて働いている人もたくさんいます。

もちろん働き方改革は決して楽をすることではないのですが、正直、行政が予算をとって働き方改革を進めることに反対の声があるかもしれないと思っていました。

しかし、ふたを開けてみれば今のところはそんな声もなかった。時代が変わったのだと実感しています。

市役所として働き方改革を成功させれば、民間にも波及していきます。そうすると、選ばれるまち、選ばれる地域というイメージに繋がっていきます。

ーー室井市長は2011年8月から現職ですが、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故や、コロナ禍などの対応で大変だったのではないでしょうか。

日本酒やグルメ、観光など、会津にはたくさん自慢できるものがありますが、あの頃は風評被害の払拭に向けて職員たちと走り続けていました。後ろを振り返らず、とにかく前を見据えて全力疾走していました。

13年に綾瀬はるかさん主演のNHK大河ドラマ「八重の桜」が放映され、風評の払拭が徐々に進み、観光も回復してきました。

そんな中、コロナ禍になり、業務も増えました。行政は法令など、ルールに従ってやらないといけない仕事もたくさんあるため、働き方を変えられないものも中にはあります。

ただ、そのほかに変えられる業務はたくさんあり、職員が自ら「働き方改革をしたい」と言ってくれた。私も良い方向に向かうチャンスだと思い、それを実現させるのが政治家の役目でもあるので、すぐに行動しました。

役所は「前例踏襲」という意識が強いため、内部から「変えたい」という声はなかなか出ないのですが、職員たちも危機感を持っていたのだと思います。

記者が会津若松市の若手職員に聞いた「働き方改革前の職場」記者が会津若松市の若手職員に聞いた「働き方改革前の職場」

必ず後から良い答えが出ると信じている

ーー民間の働き方改革と比べて難しいところはありますか。

国や県から指示された業務が急に降ってくることもありますが、何より予算の問題が大きいです。

予算は年度単位でとっているので、本当はもっとスピード感を持ってやりたいこともあります。議会で粘り強く説明する必要もあります。

そのあたり、民間であればスピード感を持ってアクティブに行動できますよね。

ただ、そこを言い訳にしても意味がないので、管理職の意識を変えていっています。上が変わらなければ改革はできない。現場の職員からのボトムアップだけではどうしても限界があります。

今年度に幹部職員で構成するタスクフォースを立ち上げるのも、そういう意味があります。トップダウンで思い切って進めていく重要性も感じています。

ーー市役所としての働き方改革を行う意義とは何でしょうか。

職員の仕事が効率化され、時間や心に余裕ができれば、その分、市民に寄り添うことができます。

例えば、農政課では農業関係者に事前のアポイントを求めたところ、窓口対応する職員の残業時間が大きく減りました。

働き方改革の前は「仕事がいっぱいいっぱいで気持ちに余裕が持てない」といった声が上がっていましたが、今は市民との対話も心の余裕を持ってできているのではないでしょうか。

事前にアポイントが入ることで相談の準備もできます。職員と市民の双方にとって良い効果が生まれます。

また、福祉の現場はやはり「人」こそが重要です。どうしてもITなどのテクノロジーでは変えられないものがあり、精神的に大変なこともあります。

だからこそ職員のワークライフバランスが重要です。職員一人ひとりを大切にしなければ、市民と向き合って業務を行うことはできません。

最近、「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を知りました。安易な答えに飛びついたり、前例に縛られて思考停止したりするのではなく、不確実で曖昧な状態でも受け入れるということです。

会津若松市の働き方改革について、さまざまな声がこれから聞こえてくるかもしませんが、心がぶれても仕方がない。何が正解なのか模索しながらの取り組みですが、必ず後から良い答えが出ると信じています。

今は「必ず良くするんだ」という信念のもと、全庁的に試行錯誤しながら働き方を変えていき、最終的には市民に還元できるようにしていきたいです。