「どうして中国は経済的にこれほどひどく停滞しているのか。どうして日本は大変な思いをしているのか。ロシアはどうして? インドはどうして? この国々は、外国人を嫌っているからです。移民に来てほしくないから」

 5月1日、こんな感じで米国のバイデン大統領から「外国人嫌い」(xenophobia:ゼノフォビア)の国として名指しでディスられたことで、愛国心あふれる人々がブチギレている。

 ご存じのように、日本のテレビは「日本の◯◯は世界一」「今度生まれ変わったら日本人になりたい」という感じの“親日外国人”が大好きだ。ニュースでも基本的には「米国人が大谷翔平の活躍に熱狂」とか「岸田首相がホワイトハウスで爆笑をかっさらって人気者に」みたいに「日本スゴい報道」がメインとなっている。つまり、「外国人に自国の悪口を言われる」ことへの耐性があまりない。

 それに加えて、日本人の多くが「人権のない国」と“下”に見ているロシア、中国と同一視されたことで、「西側諸国の一員」「米国の盟友」というプライドまでズタズタに傷つけられた。そのため売り言葉に買い言葉ではないが、「移民で治安と雇用がボロボロの国に言われたかねーよ」「裏で陰湿な人種差別をしている白人至上主義のくせに」と反米感情につながってしまっている人もいるのだ。

 さて、そういうナショナリズム的論争はさておき、ビジネスパーソンの皆さんが気になるのは、バイデン大統領が主張している「ゼノフォビア(外国人嫌い)の国は経済が停滞」しているのは本当なのか、ということではないか。

 確かに「移民排斥」が問題になっている西側諸国では、インテリ知識層がバイデン氏と同じことを盛んに主張している。例えば分かりやすいのは、『ロイター通信』が2023年5月8日に報じた「アングル:移民に厳しいイタリア、高学歴スキル認めず低成長に拍車」という記事だ。

●「外国人嫌いの国は経済が停滞」は本当か

 この記事では「イタリアが移民の受け入れに後ろ向きで、彼らの自由や権利を制限するような法律もあるため、多くの移民が単純労働しかできず、それが結果としてイタリア経済を冷え込ませている」と指摘している。

 ただ、イタリアが抱える問題が、全ての国に当てはまるわけではない。世界には移民に優しくなればなるほど経済が停滞していく国もあるからだ。

 その代表が他でもない日本である。

 実は日本は「移民」に後ろ向きどころか、政官民一体で「じゃんじゃん来てください」と歓迎している。そんな「外国人好き」のイメージが国内外に広まっていないのかというと、日本のお家芸である「言い換え」だ。日本に移り住んで働く外国人を全て「外国人労働者」と呼ぶことで、「日本は移民政策をやってません」と言い張っている。ただ、国際的な基準でみれば、日本の外国人労働者はまぎれもない「労働型移民」なのだ。

 OECD(経済協力開発機構)が発表しているコロナ禍前の2019年のデータでも、先進国の「永住型移民」の受け入れ数は、オーストラリア、オランダに次いで、日本は10位(約13万人)に付けている。毎年、100万人もの移民を受け入れる米国の大統領からすれば“レベチ”ではあるのだが、それなりの「移民国家」なのだ。

 そこに加えて、年を追うごとにこの「移民政策」を加速させている。

●外国人労働者数は過去最高に

 2023年10月時点で外国人労働者は204万8675人と初めて200万人を超えて過去最多となった。前年比で12.4%増加し、2013年からは11年連続で過去最多を更新している。

 ちなみに、2024年度から5年間に関しては、受け入れ枠の上限を2023年度までに定めていた人数の2.4倍に増やすことも決まっている。「えっ! 知らなかった!」と驚く人も多いだろう。岸田内閣の閣議決定でサクっと決まってしまった。

 このように「労働型移民の皆さん、日本へじゃんじゃんお越しください」という国策を政官民一体で進めてきたことで、「ゼノフォビア」もかなり解消に向かっている。

 「官」がコントロールしやすいテレビや新聞で「外国人をどんどん受け入れましょう」ということを繰り返し報じさせたことで、「やっぱこれからの日本は外国人労働者に働いてもらわないとダメか」という世論形成が成功しつつあるのだ。

 『朝日新聞』の4月28日付記事「外国人労働者受け入れ『賛成』62%、高齢層で大幅増」によれば、「外国人労働者の受け入れ拡大方針」の賛否を尋ねたところ、「賛成」が62%で、「反対」の28%を大きく上回ったという。

 この調査は安倍政権下、外国人労働者の受け入れ拡大を決めた2018年にも行われたが、その時は「賛成」が44%で、「反対」は46%。当時は完全に世論が真っ二つに割れていた。それがわずか6年でここまで「移民」に優しくなった。この調子ならあと4〜5年すれば、「反対」は10%台に落ち込み、「人種差別主義者め」なんてたたかれるムードになるだろう。

●「外国人好き」に舵を切った日本はどうなったか

 さて、「外国人嫌いの国は経済が停滞」というバイデン理論に基づけば、日本はそろそろ経済の停滞から抜け出して、明るい兆しが見えていなくてはいけない。この6年で外国人労働者という「労働型移民」を大量に受け入れて、国民の外国人嫌い、移民受け入れへの拒否反応もかなり改善してきたからだ。

 では、現実はどうかというと、明るい兆しどころかどんどん貧しくなっている。

 その国の豊かさを表す「1人当たりGDP」という指標がある。その中でも物価水準の違いなどを調整した「購買力平価」(PPP)の数値で、日本の2016年の1人当たりGDPは4万1534ドル。OECD加盟諸国35カ国の中で17位と真ん中くらいに付けていた。

 しかし、2018年に「外国人労働者の受け入れ拡大」を表明してからこのポジションはどんどん低下して、韓国にも抜かれてしまう。2022年は同4万5910ドルで、OECD加盟諸国38カ国の中で27位まで転落した。

 では、バイデン大統領ら西側諸国の言う「移民を受け入れて経済成長」を実践すればするほど、経済が停滞してしまうのか。

 「それは外国人労働者がその国の人の雇用を奪うからだ」「いや、そうじゃなくて治安が悪化して社会的コストがたくさんかかるからだ」など、さまざまな声が聞こえてきそうだが、日本の場合、そんな複雑な問題ではなく答えはシンプルだ。

●日本経済が停滞に向かう理由

 外国人労働者という「低賃金ですぐにクビを切れる労働者」が大量に流入すると、その国の労働者の「低賃金」を固定化させてしまうからだ。

 このあたりの問題は5年半前、2018年10月に本連載の記事『だから「移民」を受けれてはいけない、これだけの理由』の中で指摘させていただいている。

 当時、安倍政権は「人手不足」が深刻なので、外国人労働者の受け入れ拡大を表明した。ただ、データを見ると日本の「人手不足」は、労働者の数が足りないという話ではなく、「低賃金ですぐにクビが切れる労働者」が足りていないだけだった。

 安い給料のわりに過酷な仕事、長時間労働を強いられる仕事、家族を養っていけるという希望が抱けない仕事なので、労働者が敬遠する。そういう問題も「人手不足」にひっくるめられている。

 このような雇用のミスマッチを解消するために最も効果的なのは、労働者から敬遠される業界側が賃上げや生産性向上をして待遇改善をすることだ。つまり、経営者側が「成長」しなくてはいけない。これが産業の新陳代謝につながって、経済成長へとつながっていく。

 しかし、国が海外から「安価な労働力」を輸入してしまうと、経営者側はそんなめんどくさいことをしないで済む。これまで安い賃金でコキ使っていた日本人労働者がベトナム人や中国人に代わるだけで、賃上げや生産性向上などの「成長」を目指さなくていい。

 こうなると、日本経済は完全に停滞してしまう。

●日本経済停滞の大きな原因は

 マスコミのニュースを見ていると、グローバルで活躍しているトヨタなどの大企業が日本経済をけん引しているという錯覚に陥ってしまうが、実は日本経済はGDPの6割を占める個人消費が支えている。ここが冷え込むので経済が停滞する。

 では、なぜ冷え込んでいるのかというと「低賃金」だ。そう言うと、「それは税金が高いからだ」という人たちがいるが、紙幣を刷れば経済成長ができるならみんなやっている。例えば、月10万円しか稼げない人の消費税をゼロにしても、その人は貧しさから抜け出すことはできないし景気も良くならない。労働の対価で得るカネそのものを「底上げ」しないことには、焼け石に水なのだ。

 そこで賃上げが必要なわけだが、春闘がどうしたとか大企業のベアはほとんど関係ない。日本の会社の99.7%は中小企業であり、日本人の7割がここで働いている。わずか0.3%の大企業の賃上げが99.7%の賃上げにまったくつながらないことは「失われた30年」を見れば明らかだろう。

 つまり、日本経済の停滞とは突き詰めれば「中小企業の賃金の停滞」なのだ。そして、これまで説明してきたように、「移民」はこの構造的な問題をさらに悪化させてしまう。手前味噌(みそ)だが、筆者はそれを5年半前の記事でも以下のように指摘させていただいている。

人手不足というクライシスは、低賃金労働に依存する経営者を追いつめて、「生産性向上」と「賃金アップ」に踏み切らせる。だが、安易に外国人労働者を受け入れて経営者を甘やかすと、そのイノベーションは全てパアになる。

安倍政権の移民政策は、このような残念な結末を招く恐れが極めて高いのだ。

 残念ながらこの「予言」は的中してしまっている。日本の賃金はいっこうに上がらず、岸田政権になってからも実質賃金は23カ月連続でマイナスだ(2月の毎月勤労統計調査)。平均給与では韓国に抜かれ、ベトナムなどの都市部では日本よりも高給取りが山ほどいる。

 「円安」「デフレ」うんぬんではなく、海外から「低賃金労働者」をたくさん受け入れたことで、「低賃金企業」が大量に生き残ることができて、その結果、国内労働者の賃金まで低くなっているのだ。

●「国破れて移民あり」の未来

 生産性についても、目もあてられない。「DXで生産性アップ!」とかいろいろ言っていたが、2023年の日本の時間当たり労働生産性は52.3ドル(5099円)でOECD加盟38カ国中30位だ。ASEAN諸国に追い抜かれるのも時間の問題だ。

 ……ということを言っても、おそらく日本が「移民政策」をやめることはできない。「外国人労働者受け入れ拡大」を要望している中小企業の経営者団体「日本商工会議所」は、自民党の有力支持団体だ。ここと敵対したら落選議員がたくさん出て、政権維持も難しい。つまり自民党が与党である限り、どんなに賃金が低くなっても「外国人労働者受け入れ拡大」は続いていくのだ。

 このように日本の政策というのは、それがどんなに悪い影響が出てきたとしても、ブレーキの壊れたダンプカーのように一度走り出したら誰も止められないのだ。

 いや、止まらないどころか、「加速」していく恐れもある。先ほどの朝日新聞調査で、「外国人労働者の受け入れ拡大」に賛成と答えた割合が大幅に増えたのは、60代と70代だ。70歳以上は38%(2018年)だったのが62%に、60歳以上も同35%から63%に増えている。

 外国人労働者に自分の介護をしてもらいたいということなのかもしれないが、日本人は歳を取れば取るほど「外国人労働者をたくさん受け入れたい」と思う傾向があるのだ。ということは、高齢化が加速する日本は「移民歓迎ムード」がさらに高まっていく可能性があるということだ。

 実際、今回のバイデン大統領の発言を受けて、「確かに日本の移民政策は遅れている。先進国の責務としてもっと積極的になるべきだ」なんてことを主張している、立派なインテリ紳士もたくさんいる。「共生社会」「多様性」という美辞麗句が並べられると、「より良い世界を築くために日本も移民を受け入れるべきだ」と思う人も増えるだろう。しかし、それは日本の低賃金・低生産性にも歯止めがかからないということでもある。

 「地獄への道は善意で舗装されている」ということわざがあるが、今のわれわれは「より良い世界」を目指して地獄へ向かって一直線に進んでいるような状況なのだ。

 「国破れて移民あり」という未来がもうそこまで近づいている。

(窪田順生)