セブン&アイ・ホールディングス傘下のイトーヨーカ堂が、肌着などの一部を除いて衣料品事業から撤退し、食料品を中心に展開していく方針を示したのが2023年3月のこと。そのわずか1年後の今年2月、アダストリアと手を組んだライフスタイルブランド「FOUND GOOD」をスタートした。

●祖業を守るため、カリスマバイヤーを投入

 FOUND GOODについて分析する前に、イトーヨーカ堂の衣料品事業について振り返ってみよう。イトーヨーカ堂は、1920年に浅草で開業した洋品店「羊華堂」が始まりだ。以来、同社の衣料品事業は100年以上の歴史がある。

 しかし、その売上高は2004年度の3146億円から2018年度には1535億円と半分以下までに減少。低迷の一途をたどる衣料品事業に対し、イトーヨーカ堂はさまざまな改革に挑戦してきた。

 その一つに、2005年にカリスマバイヤー・藤巻幸大氏を立て直し役に迎えたことが挙げられる。藤巻氏は伊勢丹に入社後、「解放区」「バーニーズ・ジャパン」などのブランド立ち上げを成功させた人物だ。独立後は、靴下の製造販売を手掛ける福助の経営再建に尽力した。

 藤巻氏はイトーヨーカ堂に取締役執行役員衣料事業部長として招き入れられ、什器(じゅうき)や商品の並べ方を見直すビジュアル・マーチャンダイジングに着手。一定の成果を上げたが、続く新ブランドの立ち上げでは苦戦を強いられた。体調不良などの事情も重なり、2008年に退任している。

●改革を繰り返すも……

 2015年には、同じセブン&アイ・ホールディングス傘下である、そごう・西武とプライベートブランド「SEPT PREMIERES(セットプルミエ)」を立ち上げた。「すべての人に、上質を。」をブランドコンセプトに掲げ、30〜40代女性をメインターゲットに設定。ファッションデザイナーのジャンポール・ゴルチエ氏や高田賢三氏とのコラボレーションを発表した。

 また、同じく2015年に雑貨専門店「Francfranc」を運営するバルス(現:Francfranc)と共同で、インテリアショップ「BON BON HOME(ボンボンホーム)」をオープン。幅広い年代を想定したベーシックなインテリア雑貨、親子向けのキッチンやガーデニング用品、寝具、ソファなど約3000商品を取りそろえた。ところが2017年にどちらのブランドも廃止している。

 2022年7月には、イトーヨーカドー幕張店(千葉市)の大規模リニューアルを実施。子育て世帯を意識した「時短ワンストップショッピング」を掲げ、衣食住に関わる生活必需品を1階に集約させた。これはまとめ買い需要を効率的に取り込もうとする同社の首都圏店舗における初の試みだったが、この挑戦から1年も経たないまま、アパレル事業の撤退に至ったのだ。

 こうして振り返ると、イトーヨーカ堂は衣料品事業において多くの改革に着手するものの、いずれも数年で見切りをつけている。業績回復を急ぐあまりに結果を性急に求めすぎ、改革の方向性がぶれてしまったのではないかと思わざるを得ない。

●なぜアダストリアを選んだのか

 今回、イトーヨーカ堂が衣料品事業を起死回生させる相棒として選んだのがアダストリアだ。アダストリアは30〜40代女性から高い支持があるブランドを複数持ったアパレル小売り企業。1953年に設立した「福田屋洋服店」から始まり、1982年にジーンズカジュアルショップ「ポイント」を開業。1984年からポイントのチェーン展開を開始した。

 1992年に立ち上げた「ローリーズファーム」は、当時のレディースファッションのトレンドだったナチュラルテイストを代表するブランドに成長。「森ガール」と呼ばれる若い女性たちからの絶大な支持と、郊外型のショッピングセンター開業ラッシュに便乗する形で、企業規模を拡大していった。現在は、「GLOBAL WORK」「PAGEBOY」といったアパレルをはじめ、雑貨、家具、カフェなど30以上のカジュアルファッションブランドを展開。2024年2月期のグループ連結売上高は2755億円だった。

 なぜ、イトーヨーカ堂はアダストリアを相棒に選んだのか。背景には、イトーヨーカ堂が抱える課題がある。

 現在のイトーヨーカ堂の顧客構成比は、1位50代(25.7%)、2位60代(22.7%)、3位40代(19.9%)、4位70代(18.9%)、5位30代(9.0%)。高齢層が多い一方、30〜40代のファミリー層が少ないという課題がある。そこで、30〜40代女性から支持されているブランドを複数持ったアダストリアのノウハウを取り込み、イトーヨーカ堂の衣料品売場を改革。集客につなげる狙いのようだ。

 一方、アダストリアは中期経営計画の数値目標として、2026年2月期のグループ連結売上高3100億円を目指している。この売上高を達成するために4つの成長戦略を掲げており、その1つが新規事業戦略である。

 アダストリアの新規事業戦略は、大きく分けて飲食事業とBtoB事業の2つ。BtoB事業では、同社が持つノウハウやアセットを他企業へ提供する。本来のメーカーとして商品を作り売っていくというビジネススキームではない、アダストリアにとっては新しい商流であり、今回のイトーヨーカ堂との取り組みもBtoB事業に含まれる。

 実はアダウトリアはイトーヨーカドー以外でも、広島・九州を中心に展開しているイズミと協業し、「SHUCA(シュカ)」というブランドをプロデュース。2022年秋から売場展開している実績がある。

●アパレル小売りがプロデュース業に乗り出すワケ

 アダストリアのようにアパレル小売り企業が、プロデュース業に乗り出す例としては他にも、ワールドがベイシアやマックハウスと、ビームスがアルペンやしまむらと取り組んだ例がある。なぜアパレル小売り企業は、プロデュース業を手掛けるのだろうか。

 アパレル小売り企業がプロデュース業に乗り出す場合、プロデュース側が商品の販売まで担うケースはなく、売れ残りリスクは取り組み先が持つのが通常だ。また、商品作りをプロデュース側が担うケースも少ない。今回の場合、MD設計の供給で商品の問い合わせ先もアダストリアでないことからすると、別のサプライヤーや商社が商品を生産し、品質リスクも担っているようだ。

 アダストリアや他のアパレル小売りにしても、「商品を作って売る」という通常の商いでは利益が大きい分、商品の売れ残りリスクも生じる。プロデュース業についてはそれらのリスクが発生せず、話題となって商品が売れさえすれば、他企業からも同様の相談がくるケースも考えられる。売上高という金額面では大きくはないものの、運用できれば確実に利益となる、という目論見があるのだろう。

 しかも、今回の取り組みではアダストリアという社名は出てきても、生活者へ直接アピールするのはFOUND GOODという、全く新しいネーミングのブランドだ。アダストリアが持つ複数の既存ブランドとバッティングする心配もなく、商品の売れ残りリスクもない。万に一つ、うまくいかず撤退となってもアダストリア側が受けるダメージは少ない。

●プロが見る、FOUND GOODの強みは?

 筆者がFOUND GOODの店舗をいくつか訪れて観察したところ、その品ぞろえは、アダストリアの成長ブランドとして位置付けられている「LAKOLE(ラコレ)」に近いと感じた。30〜40代の集客を狙っていることから、LAKOLEのメインターゲットよりもう少し上の年齢層に広げた印象だ。

 競合となるブランドはどこだろうか。まず、FOUND GOODは新規の売場に入るのではなく、イトーヨーカ堂の衣料品売場跡地に出店する。これを踏まえると、今までイトーヨーカ堂が挑んできた「ユニクロ」「無印良品」「イオン」「しまむら」といったファミリーで買いそろえられる量販店が、直接的なライバルとなるはずだ。

 FOUND GOODの強みをひと言で言えば、ワンストップでファミリー単位の洋服が買いそろえられて、雑貨や小物までショッピングが楽しめることだろう。前述のライバルのうち、無印良品を除けば、生活雑貨などの品ぞろえが充実している。だが、立地によって100坪、150坪、200坪、300坪の4パターンによる売場サイズが存在している事を考えると、豊富な品ぞろえは広い売場を確保できる旗艦店クラスに限られた強みとなるのかもしれない。

●プロが見る、FOUND GOODの弱みは?

 弱みは、FOUND GOODというブランド知名度の低さである。FOUND GOODはイトーヨーカ堂の衣料品売場を改装してできた店舗であり、売場の立地は変わらない。4月に開催した商品戦略発表会において、改装後に成果が出たとして紹介された木場店でも、筆者が訪れた休日の午後、同フロアに位置するユニクロを目掛けて歩いていく生活者が圧倒的に多かった印象だ。

 改装後の成果といっても、すでにテナントされている専門店との比較ではなく、あくまで自社の衣料品売場との前年比較で数字が向上しているという話にすぎない。イトーヨーカ堂はFOUND GOOD導入の狙いの1つに食品購入客の買い回りを上げているのだが、習慣化された生活者の導線を変えるのは、なかなか労力が必要だ。

 店によっては、婦人服の「GALLORIA(ギャローリア)」や紳士服の「Kent(ケント)」といった自社ブランドや「Golden Bear(ゴールデンベア)」や「Hush Puppies(ハッシュパピー)」といったコンセショナリーストア(※)など、顧客が付いている店舗と同床の比較・検証も可能だろう。だが、知名度の低いFOUND GOODが顧客の付いているブランドやストア以上に支持を集められるのか、現段階では全くの未知数としかいいようがない。

(※)コンセショナリーストアは、安い家賃+売り上げの数パーセントをスーパー側に支払う契約の店。テナントストアはコンセショナリーストアに比べ家賃は高いが、売り上げは全てテナント側に入る。

 生活雑貨もダイソーやセリア、Standard Productsといった店が増え続けていることから目新しさはアピールできない。ファッションに関しても大衆向けデザインを意識しているから、これといった特徴もない。商品の価格帯も高価格な専門店ほど高くなく、ロードサイドの郊外型店舗よりも安くない。中間価格帯による品ぞろえという、あくまで生活者の感度に訴えていく戦略のようだ。

●FOUND GOODに足りないもの

 FOUND GOODが根付き支持を集めていくには、時間が必要だ。アダストリアの旗艦ブランドであるGLOBAL WORKでさえ、年商516億円、219店舗展開まで到達するのに30年という時間を要している。これまでの数多の取り組み、検証、撤退を繰り返してきたイトーヨーカ堂が、IPOの話まで出ている中で、FOUND GOODの成果についてどのくらいの中長期のビジョンを描いているのかが気になるところだ。

 FOUND GOODは長らく営業を続けている店舗内の改装という打ち出しであり、これでは変化や鮮度を創出するのは難しい。特に改善を繰り返した前の売場からでは、変化量も小さくなってしまい、インパクトにも欠ける。

 今回の取り組みにおける最大の肝は、屋号にあったのではないかと筆者は考える。イトーヨーカ堂の衣料品売り場に、ズバリ「GLOBAL WORK」や「GLOBAL WORK plus」くらいの分りやすさと訴求効果がなければ、これから展開予定の64店舗分の売り上げ、在庫リスクに見合う取り組みだったのか。少々首を傾げてしまう。

 天候に恵まれたゴールデンウイークの午後、イトーヨーカ堂北砂店を訪れてみた。北砂店は木場店と同様で、FOUND GOODと同じフロアにユニクロが入っている。店舗の入り口横に位置するユニクロでは、法被姿の店員が「ゴールデンウイーク祭り」と言わんばかりに声掛けし、にぎやかな様子だった。

 そのフロアの最奥(反対側入り口からは一番手前)に位置するFOUND GOODは物静かで、マネキンやPOPが語りかけてくる。ゴールデンウイーク商戦における売場の雰囲気の違いが、両社の商いについての本気度の違いであるような気がした。

著者:磯部孝(いそべ たかし/ファッションビジネス・コンサルタント)