EV競争の背景と米国の対応

 中国で電気自動車(EV)の普及拡大が続き、近年、トヨタや日産など日本の大手自動車メーカーの苦戦が続いている。

 三菱自動車は2023年10月、世界最大の自動車市場である中国から撤退する方針を発表した。三菱自動車は12年前から湖南省で中国メーカーと合弁で車の現地生産を続けてきたが、近年中国国内では電気自動車へのシフトが急速に進み、エンジン車の中心の三菱自動車は苦戦を強いられ、2023年3月からは生産を停止していた。

 そのような中国製EVに世界的な注目が集まるなか、バイデン政権は5月14日、中国が輸入する2兆8000億円相当の製品に対する関税を引き上げると発表した。

 引き上げ対象となる製品は多岐にわたるが、中国製EVが現行の25%から4倍の

「100%」

車載用電池、鉄鋼、アルミニウムが7.5%から約3倍にあたる25%、太陽光発電に使用される太陽電池の関税が現行の25%から50%などに引き上げられ、自動車や家電製品などに幅広く使われる旧型のレガシー半導体、注射器や手術用ゴム手袋など医療製品の関税も引き上げる。

 今回の決定は、不公正な貿易政策に撤する国家への制裁を認める米通商法301条に基づくもので、EVの国内生産と普及を目指すバイデン政権は、国家の補助金で安価なEVの大量生産を強化し、それによって世界的なEV覇権を席巻しようする中国への警戒感を強めており、国内産業を保護する一環で行ったことは間違いない。

 米中を巡る貿易摩擦はトランプ政権の2018年から始まり、同政権は4回にわたって計3700億ドル相当の中国製品に最大25%の関税を課す措置を取ったが、バイデン政権もその路線を継承している。

 バイデン政権もこの4年間、新疆ウイグルの人権問題や中国による先端半導体の軍事転用などを背景に対中貿易規制措置を次々に打ち出し、今回のEV関税100%などはその延長線上にある。

 要は、一部メディアでは秋の米大統領選でトランプ氏が勝利すれば、再び米中貿易戦争が到来するような報道が見られるが、それはバイデン政権にも継承された

「現在進行形の現象」

であり、決して再び到来するものではないのである。

エアフォースワン(画像:写真AC)

両大統領候補、対中姿勢の一致

 では、なぜ今回バイデン政権は大胆な対中制裁関税に踏み切ったのか。これは明らかに

「11月の大統領選」

を見据えた動きである。今日、ウクライナや中東では戦闘が続いているが、バイデン政権のウクライナ政策、中東政策の対する米市民の支持は高くなく、同政権としては対外政策でも何かしら支持拡大につながる行動を取る必要があり、その“うってつけ”になるのが対中強硬政策である。

 米市民の間では時間の経過とともに中国に対する警戒心が広がっており、いい換えれば、

「中国に対する厳しい姿勢を示すこと自体が支持拡大につながる」

という状態となっていて、対中宥和(ゆうわ)姿勢を示すと大統領選で敗北するリスクが生じている。要は、秋の米大統領選挙で

・バイデン大統領が勝利しようが
・トランプ氏が勝利しようが

米国の中国への強硬姿勢に大きな違いはなく、両国間の貿易摩擦は2025年1月の新政権発足以降も確実に続くということだ。今回、バイデン政権がEV関税100%という非常にインパクトがある数字を示したのも、

「自分たちはあのトランプ政権(最大で25%)よりも米国民の雇用や経済を守る」

という強い意志があることをアピールする狙いもあろう。

 一方、今回の対中関税引き上げに、中国は当然ながら反発している。中国商務省は経済や貿易を政治の道具にするべきではないと関税引き上げの撤回を求め、中国は自国の権益を守るため断固とした対応をすると報復措置の可能性を示唆した。

 中国は安全保障だけでなく経済や貿易の領域でも、欧米の秩序とは一線を画す新たな秩序形成のため率先して主導的役割を担おうとしており、ロシアやイラン、インドを盟主とするグローバルサウスなどに対して“強い中国”を示す必要がある。また、国内に目を向けても、

・不動産バブルの崩壊
・若者の高い失業率
・経済成長率の鈍化

など、習政権は多くの経済的難題に直面しており、国民に対しても“米国の圧力には屈しない強い中国”を示す必要があり、具体的な対抗措置は現時点で不明だが、米国を強くけん制する何らかの対抗措置が発動される可能性が高いといえよう。

米中対立のイメージ(画像:写真AC)

米大統領選は一過性の政治イベント

 また、中国の全国人民代表大会の常務委員会は4月下旬、関税法を可決し、それが12月1日から施行される。

 同法には貿易相手国が条約や貿易協定に違反して不正に中国製品に対する関税引き上げなどを発動した場合、中国が

「報復関税」

などの対抗措置を取ることが明記されている。この法律が11月の米大統領選と2025年1月の新政権発足の間に施行されるということで、これには新たに発足する新政権を強くけん制する狙いが見え隠れする。要は、多くの国々が米大統領選の行方を注視するが、今日の習政権にとってそれは

「単なる政治イベントでしかないこと(どっちが勝っても同じようなこと)」

を自らが認識しているのだ。こういった貿易規制を巡る米中それぞれの狙いや思惑を考慮すれば、日本企業は米中による貿易摩擦が長期的に続くという前提でビジネスを展開する必要がある。

 しかも、今回の米大統領選では両者とも2期目を狙う選挙である。再選を意識する1期目とは違い、2期目は最後になることから自分のやりたいことを1期目以上に大胆にやっていく可能性があり、それだけ貿易摩擦も激しくなる可能性があろう。