供給力と需要の不一致
最近は、一部の新車を買いたくてもなかなか買えない。その最大の理由は、メーカーの生産能力の限界も含めた「供給力」が、市場の「需要」とマッチしていないからだろう。そのため、購入できるユーザーを限定する「抽選販売方式」で販売されているクルマもある。こうしたメーカーの施策の影響を、販売の最前線にいるディーラーはどう感じているのだろうか。
かつては、顧客が新車を購入しようと思ったら、ディーラーにふらっと行き、実車を見て、試乗し、見積もりを出してもらい、商談し、注文書に署名・押印して終わりだった。多くのクルマはこのようにして購入できるが、車種によってはそうではない。
いわゆる台数限定の特別仕様車の場合、メーカーが生産できる台数が限られているため、顧客は販売代理店であるディーラーを通じて「商談権」を得るための抽選に申し込む。抽選に当たった人だけがそのクルマを購入できる、というスキームだ。
しかし現在では、限定車以外でも商談権の抽選があり、注文しても納車まで数年待たされることもある。トヨタ・ランドクルーザーや日産GT-Rがその代表例だ。人気車種になればなるほど、日本だけでなく海外でも購入が難しくなる。
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大衆車も長期待ち
なぜこのような事態になったのかを振り返ってみると、2020年に始まった新型コロナウイルスの感染拡大が原因だろう。これにより世界は“鎖国”状態となり、自動車製造に必要な半導体などの物流が滞った。
当時を振り返ると、通常であれば注文から納車まで1か月程度で済むいわゆる「大衆車」ですら、納車まで3か月、半年、あるいは1年という長い待ち時間が発生していた。
筆者(宇野源一、元自動車ディーラー)がかつて勤めていたディーラーを12か月点検で訪れた際、元同僚から
「買い換えるなら今すぐ注文しないと来年の車検に間に合わないかもしれない」
といわれたことを今でも鮮明に覚えている。コロナ前ならせいぜい2か月待てば買えたクルマが、1年待たないと買えないとわかったときのショックは大きかった。
本社が用意した見込み客リストは、主に「車検が来る半年前のクルマ」で構成されていたが、「このリストはまったく意味がない」といっていたことも脳裏に焼き付いている。
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悪質転売ユーザー増加
台数限定の限定車だけでなく、世界的に需要の高いクルマや、高性能ゆえに月産台数が限られているクルマは、半導体不足も相まって品薄になっている。
中古車市場を見ると、そうしたクルマは新車価格を上回る価格で取引されている。以前もそうだったが、こうした入手困難車を転売目的で購入し、納車後すぐに中古車市場で売却する
「悪質なユーザー」
も増えている。その結果、「本当にクルマが欲しい人」がクルマを買えなくなっているのだ。そのため、新車販売時に「納車後一定期間(多くは1年間と聞く)転売しない」という誓約書にサインを求めるディーラーも増えてきた。前述した元同僚にこのことを尋ねると、
「この誓約書には法的拘束力がないから……」
という答えが返ってきた。
さらに、転売防止のため、現金購入を希望する顧客に対しても、車検証の所有者欄に販売店を記載する「所有権留保」を求めるディーラーもある。残債もないのに所有できないのだから、ユーザーからすれば不満に違いない。それだけ自動車業界が変わったということである。
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抽選制と優越感
一部の新車の抽選販売方式は、ユーザーにどのような気持ちを抱かせるのだろうか。
第一のメリットは、そのクルマを購入できれば、希少なクルマに乗れるという
「優越感」
だろう。また、先着順だと不公平感があるかもしれないが、抽選なら購入希望者が横一列に並ぶので公平感がある。
しかし、本当に欲しい人が買えないというデメリットがあることは否定できない。仮に抽選で商談権が当たったとしても、メーカーの生産台数には限りがあるため、納車までにどれだけの時間がかかるかわからない。
契約書にサインし、手付金の一部を支払った後、どれくらい待たなければならないかもわからない。忘れかけた頃に納車ということもあり得る。
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顧客第一の苦悩
改めて、元同僚に現場の感想を聞いてみると、やはり顧客第一で仕事をしている営業マンからすると、心苦しい部分があるそうだ。
特に、長年付き合いのある顧客ではなく、新規の顧客にクルマがわたるときはいたたまれないそうだ。営業マンからすれば、新しいクルマを売ったという事実は変わらないが、心情的な問題があるのだろう。
本来、メーカーが生産能力と供給力を高めて、すべての購入希望者にクルマが行き渡るようにすればいいのだが、原材料や工場ラインの確保も難しい。これは“邪推”だが、メーカーが
「あえて生産台数を制限」
して希少感を演出すれば、ある意味マーケティング効果はあると思う。
いずれにせよ、顧客を相手にするディーラーもその対応に苦慮しているのは事実である。長い付き合いのある大切な顧客から、営業マンが誓約書や所有権留保を取るのは
「愚の骨頂」
であることは明白だ。顧客の属性に応じて対応することは差別だとのクレームにつながりかねないため、仕方のないことなのかもしれないが、何とか是正されることを期待したい。