米国大統領の公邸であるホワイトハウスには、様々な著名人が招待される。政治家、作家、音楽家、科学者だけでなく、時には霊媒師が招かれたこともあった。

 目に見えない霊の存在を信じるのは、一般市民だけではない。一国の大統領の家族も、愛する者を失った悲しみを癒すために霊媒師に頼り、死者の魂を呼ぶ交霊会を公邸で開いていた。

ホワイトハウスに入り込んだスピリチュアリズム

 1853年1月6日、米国マサチューセッツ州で起こった列車の事故で、第14代大統領として当選したばかりのフランクリン・ピアースとその妻ジェーンは11歳の息子ベニーを亡くした。しかも夫妻は、それ以前にも2人の子どもを幼いうちに亡くしていた。

 ジェーン・ピアースは、子どもを失った後の生活に適応できず、ホワイトハウスの私室に閉じこもって亡くなった息子に宛てて手紙を書いた。

 その頃、米国では新しい宗教運動が根を張り始めていた。生きている者が死者と交信できると信じる心霊主義(スピリチュアリズム)だ。

 歴史家のモリー・マクギャリー氏は、「心霊主義に対する信仰と、死者が生者とつながり続けているという体験」が、喪の文化が盛り上がっていた当時の人々の心に響き、「一部の19世紀の米国人に、この世界における新たな在り方を示した」と説明している。

 こうした心霊主義の広がりに一役買ったのが、ニューヨーク州ハイズビルに住むマギー・フォックスとケイティ・フォックスの姉妹だった。

 2人は大家族に囲まれて比較的普通の暮らしをしていたが、1848年、当時15歳のマギーと11歳のケイティが驚くべきことを口にする。家の中でコツコツと何かを叩くような音がするのは超自然現象で、肉体を失った霊によるものだと言い出したのだ。そして、自分たちには霊と交信する能力があり、その音をモールス信号のように解読できるという。

 亡くなった家族ともう一度話したいと切望していた人々は、2人の主張にすぐさま飛びついた。ジェーン・ピアースも姉妹の話に強く引き付けられ、ホワイトハウスに2人を招待した。

 この集まりで実際に何が行われたのかは誰にもわからないが、おそらくフォックス姉妹が他の場所で行っていた交霊会のように、参加者全員が円になって座り、手をつないで祈りの言葉をつぶやいたと思われる。そして何かを叩くような音が鳴り始め、姉妹が言うところの霊の世界のベールが取り除かれたのだろう。

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