2023ー24年の期間内(対象:2023年12月〜2024年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。サッカー部門の第4位は、こちら!(初公開日 2024年2月24日/肩書などはすべて当時)。

 失意のカタールを後にした遠藤航(31歳)は、すぐに熾烈な競争が待つ“日常”に戻った。直後のリーグ戦では3試合連続でスタメン出場を果たして勝利に貢献。英メディアから「中盤の要」と評されるほど安定感をもたらしている。
 遠藤がレギュラー奪取に奮闘していた昨冬、旧知のテレビディレクターが偶然リバプールを訪ねていた。観戦のつもりが、予期せぬ密着取材が始まって――移籍後の初タイトルがかかるカラバオカップ決勝(日本時間2月25日24時)を前に、日本代表キャプテンがこぼした本音と素顔を、全3回にわたってお届けする。

 ロンドンからマンチェスターに向かう特急列車。目の前には、世界有数のビッグクラブで、スタメンを勝ち取る寸前の日本代表キャプテンが座っている。僕は文字通り、遠藤航に密着していた。

 遠藤が後に語った「人生最大の勝負を懸けた1カ月」。その直前、何を考えていたのか――。

アリソンがファンダイクにブチギレ

 2023年11月25日、世界一と呼ばれるプレミアリーグの首位攻防戦が行われた。1位マンチェスターシティvs2位リバプール。ハーフタイムのロッカールームには熱気が充満していた。遠藤の隣にはいつも、リバプールの主将フィルジル・ファンダイクが座っている。

「何でもっと激しく行かないんだ!」

 リバプールは、シティのエースであるアーリング・ハーランドに先制点を許した。ブラジル代表GKアリソン・ベッカーが、オランダ代表DFファンダイクを怒鳴りつけている。とはいえ、実はシティの攻撃はアリソンのミスキックから始まったもの。それでも、裏をとられたのはファンダイクだからか、特に言い返すことはない。

 リバプールに来て最初に驚かされたのが、アリソンの高い技術だった。このやりとりを見て、遠藤はアリソンが世界一のゴールキーパーだと改めて確信する。単にミスを指摘したことではなく、失点直後でも、変わらぬ姿勢とハイパフォーマンスを維持し続けていたからだ。

「日本人は、結構ミスしたらベクトルが自分に向くんですよね。『俺のせい』っていうネガティブ感。当たり前だけど、それって試合中は意味がない。ある意味、それを人のせいまで持っていけるのが世界のビッグクラブのゴールを守るってことなのかな。それくらいのメンタルが必要だと思いますね」

 当時、遠藤はW杯予選を戦った日本代表から復帰したばかりだった。もともと、夏の移籍期間の終盤にリバプールにやってきた。ここまで集中してチーム練習を参加する時間はほとんど取れていない。故に、プレミアリーグ前半戦最大のこのビッグマッチで、指揮官ユルゲン・クロップから声がかかることは、遠藤自身も予期していなかった。

「ワタ、いくぞ」

 85分にピッチに投入された遠藤は、最初のセットプレーでハーランドのマークについた。ピンポイントにボールに合わせる194センチの巨体を178センチの日本人が跳ね返す。余りの迫力にスタンドは一瞬ザワついたが、遠藤は気にもとめない。ハーランドだけでなく、世界各国の代表選手、それも各国の中心選手しかいないピッチ。落ち着く暇は一瞬もない。

 次の瞬間、遠藤はあれ狂うドリブルで突き進むベルギー代表のジェレミー・ドクをスライディングで深く削る。響き渡るブーイングとイエローカード。プレミアに来てから、ブンデスでクリーンなイメージだった遠藤のファウルの数が相当増えた。

「ファウルしないとかあり得ない」

 リバプール移籍直後、遠藤は目の肥えたファンから激しい批判にさらされていた。

「スピードがとか、判断が、とか、ファウルのことを言われていることも知っていますよ。まぁそもそも、他人の批判は気にしないけど、あえて答えるなら、俺の役割は結局、止めればいい。ただ、前提として、日本人がファウルで止めないと思われているんだとしたら、それは俺が変えないといけないと思っています。クロップのサッカーで、アンカーで、ファウルしないとかあり得ない。リバプールの6番(アンカー)はそんな簡単なものじゃない」

 シティにはスペイン代表ロドリ、アーセナルにはイングランド代表デクラン・ライスと、プレミアリーグには、心臓部分を支える世界最高峰のアンカーがそろう。しかし、ビッグクラブのセンターラインを任せられる選手は、世界のリストを見渡してもそうはいない。そんなポジションを、しかも、一際攻撃的なクラブにおいて、30歳でプレミア初挑戦の日本人に託された。強度と重圧、そしてプライドがある。

「この数カ月で実感していることはリバプールのサッカーは本当に攻撃的。たとえば相手を押し込んだ場合、サイドバック2枚は中にしぼる、8番(前線)は落ちてこない状況がある。だからこそ相手にボールが渡った瞬間にアンカーに求められる仕事はメチャクチャ多いです。ワンボランチで潰さないといけないスペースが広大にありますからね。しかも周りは攻撃的な選手ばかり。でも……俺は出来ないとは思わない。

 リバプールのアンカーは、“前”でボールを奪うためにいるんで、“後ろ”じゃ意味がない。だからこそ入れ替わられたとしても、自分にリスクがあってもいく。そもそも自分が剥がされても、その後に行ったセンターバックが刈り取ることができれば、チームとしてはOK。入れ替わられたシーンに対してネガティブに言う人もいるけど……それは気にならない。それがクロップのサッカーだし、リバプールのサッカー。俺がピッチに立てているわけだから」

ピッチの外では冷めている?

 シティとの首位攻防戦は1−1で勝ち点を分け合った。

 カラダの半分もあるようなロドリのお尻の大きさ。モハメド・サラーとハーランドの燃え立つような存在感。シンプルな走るスピードだけでなく、パス判断、強度が落ちないプレスの応酬。プレミア首位決戦の焦げるような体のぶつかり合いが、観戦者にも焼き付いていく。だが、そうやって感じた熱をぶつければぶつけるほど、日本代表キャプテンは冷めていく。

 燃えないわけではない、誰よりも体を投げ出すことで証明する。ただピッチを出たら、どんな事象も一回外におく。心と体は燃えている。言葉を燃やす必要はない。

「プレミアって、生で観たらサッカー観が変わるっていいますよね。いい時に、いい試合を観にきましたね。そういえば、こっち(リバプール)にきてから今までより観に来たいという人が増えましたよ。今度、梅さん(梅崎司)とか曺(貴裁)さんも来るって言っていたな」

 30歳でプレミアリーグ移籍、と聞くと、まるで遅咲きの選手紹介のようだが、遠藤がJリーグデビューを飾ったのは高校3年生の2010年9月の17歳。才能をいち早く見抜いていたのが、湘南ベルマーレで当時コーチを務めていた曺貴裁(現・京都サンガ監督)だった。横浜F・マリノスのセレクションに3年連続で落ちていた遠藤を湘南ユースに引き入れ、プロにまで育て上げた男である。

 2012年には自身が湘南の監督になると同時に、まだ19歳だった遠藤をトップチームでキャプテンに任命。曺は、誰よりも遠藤の可能性を信じていた。

 そんな曺監督がいつも参考にしていたのが、香川真司が所属し、欧州に旋風を巻き起こしていたドルトムントだった。「ゲーゲンプレス」と言われる強度の高いハイプレスとショートカウンター。「湘南スタイル」の目指す道筋が、そこにあった。リスクを背負いながら相手を飲み込むように戦う黄色と黒のユニフォーム。若き遠藤はミーティングで何度もその映像を見させられた。その中心に、ゴールのたびに感情を爆発させて香川を抱きあげるヒゲの指揮官がいた。

 10年後――。曺監督がお手本にしたヒゲの指揮官は、世界でも指折りの名将にキャリアアップ。欧州チャンピオンズリーグで文字通り世界一の称号を手にした後、自らのサッカーを体現できる、新たな闘えるアンカーを探していた。そして、母国ドイツのリストから、ある名前を発見する。2季連続「デュエル王」の称号を得ていたシュツットガルトのキャプテン。遠藤のキャリアは始まりからここまで、まるで導かれたかのように繋がっている。

「俺んち、泊まればいいじゃないですか」

 シティ戦の翌々日、ケガ人が増えたこともあり、急遽オフになった。ビザの関係で遠藤の家族はまだ日本に残っていた。連戦が控える12月に向けて生まれた束の間の休日、僕が何の予定も入れていないことを確認した遠藤からまさかの提案があった。

「せっかくこっち(イングランド)来たんだから、どっか行きたいとこあります?」

 いやいや、せっかくのオフなのに……コチラが恐縮しているうちに「俺も久しぶりに行きたかったから」とロンドン行きの電車のチケットを手配してくれた。しかも、ファーストクラス。せめて、コーディネートぐらいは……と“観光客”が手間取っている間に「トミ(冨安健洋)に美味しい店あるか聞いときますね」と、段取りを済ませていた。

 ここでシーンは冒頭に戻る。紹介してきたエピソードは、たっぷりとロンドンを堪能した後、日帰りでマンチェスターに帰る列車の中で遠藤から聞いた話だった。

 気づけばすっかりいい時間になっている。僕のことを駅からホテルまで車で送るより、遠藤にとっては泊めてしまう方が「最適解」だったのだろう。

「今日は、俺んち、泊まればいいじゃないですか」

 そういうわけで、後に遠藤航の人生が変わることになる、プレミア激動の12月の始まりをつげる最初の週に、なぜか密着取材が始まっていた――。

(#2へ続く)

文=小野晋太郎

photograph by PA Images/AFLO