4月23日、首都ワシントンDCでのナショナルズ戦前の監督囲み。ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は記者から大谷翔平とのコミュニケーションのアプローチについて聞かれた。いつものように、ゆっくりと大きな声で答えた。

「アプローチは他の選手と同じだ。彼がもっと打撃でうまく対応できるように、答えの手がかりを与えて彼に気づかせること。それが手助けになればいい」

大谷のミスをきっぱりと指摘したロバーツ監督

 伏線はあった。

 1週間前のナショナルズ戦、大谷は得点圏で3打席連続初球を打ち損じて凡退した。監督は試合後、「もう少し、走者を背負っている場面で落ち着いて、球数を稼ぐ必要もある」と苦言を呈し、「彼とそのことについて話し合うだろう」と語った。

 すぐに指揮官は動いた。大谷とコミュニケーションを取り、「得点圏の時、ストライクゾーンが広がっているんじゃないか」と助言した。大谷はその会話について、「アグレッシブなのが悪いとかではなくて、(得点圏で)アグレッシブなゾーンが広がっている。スコアリングポジションではないところではしっかりとできているので、それを継続していこう」と言われたことを明かした。

 本拠地開幕戦の3月28日にも、大谷の走塁ミスについて、監督は指摘することを忘れなかった。

 初回。1番のムーキー・ベッツが四球で出た後、右翼線への二塁打を放った。大谷は打球を見て三塁にいけると確信し二塁を蹴ったが、ベッツは三塁でストップ。大谷は挟まれてアウトとなった。ボーンヘッドだ。指揮官は「彼は足が速いが、前に走者がいることを理解しないとね」と笑わせた後、きっぱりとこう言った。

「次の打者に(強打の)フリーマンが控えていた。一塁走者(のベッツ)をホームでアウトにさせたくない。そのことも頭に入れないと」

“ドジャースの大谷翔平”は聖域ではない

 昨年、一昨年とエンゼルスが大谷に対して、何かを指摘するようなことはなかった。それはFAを控える大谷の引き留めとも密接に絡んでいたと思うが、やはり健全ではなかった。

 マイク・トラウトと大谷翔平は別格で、聖域。そんな雰囲気を常に感じた。フィル・ネビン監督やペリー・ミナシアンGMは「翔平が一番、自分のことをわかっている」が口癖だった。

 だが、ドジャースは今のところ、大谷を「スター扱い」していないように見える。監督が言うように、「他の選手と同じ」ように大谷と接している。

 監督をよく知る米国の記者は「ベッツやフリーマン、カーショーらの目もあると思う」と話す。

「仮に大谷をスター扱いすれば、『なんであいつだけ』となるのは目に見えている。『勝利より大切な選手はいない』というのを、ロバーツ監督は全員に示す必要があるから、大谷に対しても言うべきことは言うだろう」

 大谷が大ブーイングを浴びたトロントでのブルージェイズ3連戦。岩手・花巻東高の先輩・菊池雄星から自己最速の打球速度で適時打を放った後、大谷がベンチに戻ると、ロバーツ監督が何やら大谷に激しい言葉をかけている姿がテレビで映し出された。

「『いいアプローチができている』と再確認して伝えただけ」

 監督は敵地の監督室でそう語った。

 スター軍団を束ねるのは簡単ではない。その中でコロナ禍の短縮シーズンを除けば、4年連続で100勝以上。チームとしての成熟度が高い。

ダルビッシュ、菊池雄星が語るドジャース打線の脅威

 ドジャースの宿敵であるパドレスのダルビッシュ有は以前、ドジャース打線についてこう語っていた。

「一つ一つのプレーに集中している。走者が三塁なら、変に引っ張るとかじゃなくて、ちゃんと逆方向に打つとか、フライボールを打つという目的意識が一人一人ある。何をしないといけないというのが場面場面でわかっている。隙がない」

 先日、ブルージェイズの菊池雄星もドジャース打線について同じような言葉を口にした。

「バントとかも含めて、抜け目のない打線。そして、点の取り方、勝ち方を知っているなと感じた」

「最初の1カ月が1カ月だっただけに…」

 大谷自身が、監督の接し方に対して実際どう感じているのかは分からない。助言をありがたく享受しているかもしれないし、もっと自由に打たせてほしいと感じているかもしれない。いずれにしろ、今はドジャースの勝ち方、やり方を学んでいる最中だろう。

 監督との関係についてはこう口にした。

「最初の1カ月が1カ月だっただけに、僕からしたら(監督に)気にしないでほしいというか。むしろ笑いに変えるぐらいのコミュニケーションというか。そこは別にグラウンドに持ち込んでほしくもないと思っている。そこはそこで自分で処理すればいいだけ」

 水原問題で揺れた1カ月を経て、ようやく健全な状況になりつつある。

 ドジャースの野球に染まる過程で紆余曲折はあるかもしれないが、優勝を切望する男にとっては望むところ。グラウンド内での話が、大谷の心を乱すことはないだろう。

文=阿部太郎

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