強力な矛ではなく、強固な盾を擁するチームが勝る──。

 ここまでのセ・リーグの戦いを見ると、守備力を備えたチームがペナントレースをリードしている。

 得失点差では阪神とヤクルトの2球団が+16でトップだが、リーグ順位は対照的だ(データはすべて5月7日時点)。阪神が首位に立つ一方で、ヤクルトはその阪神に3.5ゲーム差をつけられての最下位。チーム打率.248、リーグ1位となる得点数130の攻撃陣を擁しながらも、チーム防御率(3.57)ではリーグ最下位のヤクルトは苦戦している。その一方、チーム打率.232はリーグ4位の阪神が、リーグ1位の防御率2.06で首位を走っている。

 ここまで5位と苦戦している広島も強固な盾を擁している。すでに6度の無得点試合を記録するなど得点力不足が響いているとはいえ、チーム防御率2.43はリーグ3位。先発、救援防御率ともに2点台以下をマークするのは、首位阪神、2位巨人と広島の3球団のみだ。1試合平均の得点数を見ても、巨人は2.47と広島の2.69よりも低いだけに、広島にも浮上の可能性は十分ある。

 薄氷を踏むような戦いが続く中で、守護神・栗林良吏の存在感が頼もしい。チームの12勝中9試合に関与し、3分けにも貢献した。開幕から登板15試合で失点は1試合のみ。防御率0.64の滑り出しは、救援失敗1度で新人王を獲得した1年目の2021年にも引けを取らない。

不安だらけの開幕前

 調整段階では、これほどの好スタートは想像できなかった。記者はシーズンのキーマンのひとりと見ていたが、不安材料が多いと感じていた。マイナス思考の栗林自身、不安を感じていたに違いない。

 WBCで負傷離脱して、シーズン序盤から苦しんだ昨季の悔しさもあっただろう。キャンプ初日からブルペン入りし、その後もコンスタントにブルペン入りしたものの、球速は140キロ台前半にとどまった。日を重ねて、打者を相手にしても不安は拭えなかった。空振りだけでなく、高めの直球でファウルを取れない場面も見られた。

「なかなかイメージ通りに行かない。それが不安につながった。結果はゼロでしたけど、内容のいいゼロではなかった。オープン戦はフォークが良かったので、なんとか真っすぐを上げて行ければ」

 シーズン開幕前にはそんな言葉を漏らしたが、キャンプから調整を一任されたこともあり、徐々に感覚を取り戻して行った。そして、まだ不安が拭えぬ3月10日、中日とのオープン戦後に新井貴浩監督は今季の抑え起用を明言した。

「重圧とプレッシャーしかなかった。自分より結果を残した選手がいる中で、任せてもらえたことは自信にしないといけない。昨年の悔しさを結果で恩返ししたい」

 チームには昨季栗林が離脱する間に24セーブを挙げた矢崎拓也もいる。また、昨季リーグ最優秀中継ぎ投手の島内颯太郎が抑えにコンバートされても不思議ではない。他にも候補選手がいる中、早々に指揮官から守護神に指名されたことで、原点に立ち返ることを決意した。

「1年目は試合展開に関係なく同じ気持ちでマウンドに上がっていたんですけど、2年目以降、特に3年目は3点差あったら2点取られていいとか、2点あったら1点取られていいとか、そういう気持ちで上がっていました。でも、自分にはそれが合っていないのかもしれない。常に同じ状態、同じ気持ちで、どんな展開でもゼロを目指すことでベストパフォーマンスを出せるし、準備もしやすい。今年は初心に返って、そういう気持ちでやりたい。緊張したまま行きたい」

 自分の1球が先発投手に勝ち星を付け、チームの勝敗を決める。背負ったものにしか分からない重圧のもと及第点を設定することは、逃げではなく防衛本能でもあったのかもしれない。だが今季は逃げ道をつくらず、自らを追い込む。

「緊張して、準備して、マウンドに上がるからこそ、打たれたときに辛い。それでもマックス143(試合)。CSやシリーズがあっても、2カ月は(リカバリーできる)休みがある。今年は1年目のように常にベストを目指したい」

今季唯一の失点の理由

 4月25日のヤクルト戦では、同点の9回に1死走者なしからサンタナに右中間席に運ばれ、今季初黒星となるサヨナラ本塁打を浴びた。カウント1‐2と投手有利のカウントから高め直球を捉えられ、悔やまれる1球となった。

「高さよりもコースじゃないですか。サク(坂倉将吾)がどういう意図でストレート(のサイン)を出したか分からないですけど、自分が空振りを取りに行ってしまった。違う選択肢を持てれば、整理できれば、最悪の結果にはならなかったと思います」

 いつも冷静に自分の頭の中を表現する栗林の言葉が、いつになく怒気を含んでいた。着弾を見届けた直後、ベンチに最小限の荷物を取りに戻っただけで、クラブハウスまでの帰路での取材対応だったこともあるだろう。極限にまで気持ちを高ぶらせる今年のスタイルの一端でもあった。後日、冷静に説明してくれた。

「調子が良すぎて、自分の真っすぐに自信を持ちすぎた結果です。やっぱり相手のバッターの長所もあることを冷静に判断できなかったのが、あの試合だった。逆にいえば、あの試合以外は冷静なのかなと。打者や打順を見て勝負できているなと思います」

 打者のバットを押し込む剛速球と、バットにかすりもしない魔球を武器にマウンド上で仁王立ち──守護神には典型的なイメージがある。栗林もかつてそんな理想像を追い求めたが、プロの世界で追い求める形は変わって行った。

「僕が1年目から目指してきたのは、今でいうマルティネス(中日)とか、阪神にいたスアレス(パドレス)。真っすぐで抑えられて、圧倒的な数字を残すのが理想でしたけど、昨年の岩崎(優・阪神)さんを見ると、球の強さだけでなく、投球術、制球力などで抑えている。そこも大事なのかなと」

さらなる高みへ

 もともと総合力の高いクローザーではあったが、今季はリアリストとしての色が強い投球を続ける。

 昨季はWBC球で調整してきた弊害からほとんど使えなかったカットボールが、今季は開幕からストライクゾーンで勝負できる球種となった。また、昨季のCSでサヨナラ打を浴びるなどシーズンを通して安定感を欠いたフォークも、今季はオープン戦から鋭い変化を見せている。真っすぐ、カーブとともに球速域が異なる4球種を高水準で操ることで、相手打者の的を絞らせない。

 奪三振率が1年目の13.93に迫る13.50を記録するだけでなく、14イニングでわずか1四球しか与えていない。ほかにも被出塁率.106、WHIP0.36と驚異的な数字が並ぶ。

 開幕前、不安視していたことを記者が詫びると、いつもの白い歯を出して笑いながらかぶりを振った。

「真っすぐがもっと良くならないと、もっといい成績は残せない。結果が出ていても満足していない。今だって不安です。今年4年目ですけど、監督さんが代わって2年目。昨年、失敗しているので、3年間の結果ではなく今年の結果で取り返さないといけない」

 まだシーズンは序盤。心配性な守護神は現状に納得などしていない。強力投手陣にあって最後の門番として控える栗林の存在が、広島の上位浮上への後ろ盾となる。

文=前原淳

photograph by JIJI PRESS