今季2つ目のメジャー大会、全米プロゴルフ選手権は、30歳の米国人選手、ザンダー・シャウフェレが見事な戦いぶりを披露し、悲願のメジャー初優勝を挙げた。

 先にホールアウトし、プレーオフに備えて練習場で球を打っていたリブゴルフ選手のブライソン・デシャンボーは、シャウフェレが72ホール目で1.5メートルのバーディーパットを沈めた様子を屋外モニターで確認すると、すぐさま18番グリーンへ直行。シャウフェレに歩み寄り、「コングラッツ(おめでとう)」と勝者を讃えた。

 シャウフェレとデシャンボーの手に汗握る熱戦と2人が見せたスポーツマンシップは、昨今、ゴルフ界を大揺れさせているPGAツアーとリブゴルフの対立や喧噪を忘れさせ、ゴルフのピュアな戦いを堪能させてくれた。その余韻は今でも漂い、今年の全米プロは素敵なドラマだったと思える。

 しかしながら、大会2日目の朝には、世界ランキング1位のスコッティ・シェフラー(27歳)が大会会場のバルハラGC(米ケンタッキー州)の目の前で逮捕され、手錠をかけられて拘置所へ連行されるという前代未聞の出来事が起こり、世界を仰天させた。

 そして、その出来事は、いまなお真相解明にも解決にも至っておらず、その行方が取り沙汰されている。

世界1位の選手が大会当日に「逮捕」

「前代未聞の出来事」の経緯を、あらためて振り返ってみよう。

 5月17日(米国時間)早朝、大会運営スタッフの1人だった男性がバルハラの目の前の道路を渡っていた際、シャトルバスにはねられ、命を落とした。

 その事故の影響で周辺道路は大渋滞となり、シェフラーも渋滞に巻き込まれていた。だが、シェフラーの弁護士が後に出した声明によると、シェフラーの車が選手用のコーテシーカーであることに気付いた1人の警官が、道路中央のUターン・レーンを「進んでいいよ」とシェフラーに指示。その指示に従って進んでいったところ、ゲートの手前で今度は別の警官から「止まれ」とハンド・シグナルで指示された。

 だが、シェフラーいわく、「その指示を誤解した」という。

 警察側の説明によると「容疑者(シェフラー)は『止まれ』の指示に従わず、車を加速させながら前進。車を止めようとした警官は車に引きずられて膝や手首を負傷。病院へ搬送された。80ドル相当のユニフォームは修繕不能なほど擦り切れた」とのこと。

 午前6時35分。シェフラーは車から出され、手錠をかけられた。警官への暴行や危険運転など4つの容疑で逮捕され、拘置所へ連行された。オレンジ色の囚人服を着せられ、顔写真も撮影された。その写真は瞬く間に世界中へ拡散された。

 しかしながら、それから約2時間後の午前8時40分にシェフラーは自由の身となり、今度は警官にエスコートされながら9時12分にバルハラへ到着。事故渋滞の影響で遅延されていた自身のスタート時間10時08分にティオフし、スコアを5つ伸ばす快進撃で前日の12位タイから4位タイへ急浮上した。

「怒り」よりも「ショック」

 第2ラウンド終了後。会見に臨んだシェフラーは「詳しいことは言えない」としながらも、想像すらしたことがなかった体験を饒舌に語った。

「僕はひたすら『ソーリー』と謝り続けた」

「警察車両の中で警官は僕の気持ちを落ち着かせようとしてくれた。拘置所の警官も親切で、僕が誰だかわかってからは、さらに親切になった」

「怒りは覚えなかったけど、ただただショックだった。自分が拘置所に入れられることなど想像すらしたことがなかった」

「落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせていたが、終始、体は震えていた」

 文字通り、拘置所の監房に入れられたシェフラーは「試合に戻れるのか?スタートに間に合うのか?」と、そればかりを考えていたそうだが、頭が混乱していたのか、「自分のスタート時間は忘れてしまっていた」。

 しかし、試合を棄権しようとは一度も思わなかったという。

「建物の隅っこにテレビが置かれていて、ニュースで僕の映像が流されていた。交通事故で男性が亡くなったこと、大渋滞が起こってスタート時間が遅延され、僕のティタイムは10時過ぎになっていることを、そのとき初めて知った。間に合うかもしれない。そう思った途端、今のうちにここでウォーミングアップをしようと思い立ち、僕は監房の中でストレッチを始めた」

 それから間もなく、シェフラーは釈放され、迎えの車に乗り込んだ。そして、警官にエスコートされながらバルハラへ急行。スタート時間のほぼ1時間前に到着し、ドタバタの逮捕劇の直後にもかかわらず、会心のゴルフを披露した。

 2日目の5アンダーの好ラウンドの際は、極度の緊張状態がそのまま極度の集中状態につながっていたのかもしれない。だが、一夜明けた3日目は2オーバーとスコアを落とし、24位タイへ急降下した。しかし、最終日にスコアを6つ伸ばして8位タイへ再浮上したあたりは、さすが世界ランキング1位の貫禄だった。

「いろいろなことをコントロールして、いいフィニッシュができたことを僕は誇りに思う」

 しかし、前代未聞の逮捕劇は、まだ「フィニッシュ」できてはおらず、今後の展開に注目が集まっている。

「シェフラーは気の毒」「棄権すべきだった」

 ゴルフファンや関係者、米メディアの受け止め方や見方はさまざまだ。

 すぐに車を止めなかったシェフラーに手錠をかけ、逮捕・連行したことは「警官の過剰反応」「災難にあったシェフラーは気の毒」とシェフラーに同情を寄せる意見がある。

 一方で、警官の指示に従わず、警官にケガを負わせたことは事実であり、「明らかにシェフラーの罪」「言い逃れはできない」という厳しい指摘もある。こんな騒動を起こしたのだから「大会に迷惑をかけないよう、試合は自ら棄権するべきだったのでは?」という声も上がっていた。

 SNSで多く見られるのは、コトの真相が解明されていないのに、わずか2時間で拘束が解かれ、警官のエスコート付きで元の場所に戻ることは「フツウなら、ありえない」「スーパースターへの警察の忖度」「アンフェア(不公平)」といった批判だ。

 実際、全米プロ2日目には、拘置所で撮影されたシェフラーの顔写真と「FREE (自由の身)」という文字をプリントしたTシャツが速攻で出回り、それを着てバルハラを練り歩いていたギャラリーの姿が目に付いた。

 かつて薬の影響下で車を運転して逮捕されたタイガー・ウッズを引き合いに出し、ウッズとシェフラーを乗せた乗用カートが何台もの警察車両を従えて道路を走る合成画像などもSNSに登場していた。

 米スポーツイラストレイテッドは「トップアスリートは横柄だと感じられ、警察はそうしたセレブリティに忖度していると見られ、批判や皮肉、抗議の念が、とりわけケンタッキー州の黒人コミュニティなどから噴出する危険性をはらむ重大ケースだ」という元地方検事の意見も紹介していた。

 シェフラーがケンタッキー州ジェファーソン郡裁判所に出向いて行なう罪状認否は、当初は5月21日に予定されていたが、「もっと情報収集が必要だ」とのことで、6月3日へ延期されることが急遽発表された。

 世界ナンバー1ゴルファーの前代未聞の逮捕劇は、果たして、どんな結末を迎えるのか。

 またしても、ゴルフそのものではない話題が、ゴルフ界の最大の注目となりつつある。

文=舩越園子

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