5月6日に東京ドームで元K−1王者の武居由樹(27、大橋)の挑戦を受けるWBO世界バンタム級王者のジェイソン・マロニー(33、豪州)が30日、都内の帝拳ジムで練習を公開した。マロニー陣営のトレーナーが「警戒するのはこっちではなくスキルのない武居の方だ」と挑発すると、視察に訪れた大橋秀行会長も「(武居の強さを)トリッキー、トリッキーと言っているのは油断。間違えている」と反発するなど静かな火花が散った。この世界戦は、スーパーバンタム級の4団体統一王者の井上尚弥(31、大橋)対元2階級制覇王者ルイス・ネリ(29、メキシコ)戦のセミファイナルとして行われる。また全試合の模様はAmazonプライムビデオで独占生配信される。

大橋会長と八重樫トレーナーがマロニーの練習を視察(写真・山口裕朗)

 「レベルが違う。スキルを磨いてこなくちゃいけないのは武居だ」

 マロニーは何も見せなかった。わざわざバンテージを巻いたが、武居陣営から大橋会長と
元3階級制覇王者の八重樫東トレーナーまで来ていたため、軽いシャドーを1ラウンドやっただけ。八重樫トレーナーは「あれじゃあ感想もクソもない」とあきれた。
王者が不遜な態度を取ったわけではない。
練習に先立って行われたインタビューでは、「日本で試合がしたかった。東京ドームで歴史的な試合のできることに感謝したいし、みんなにとっても自分の人生にとっても記憶に残る試合にしたい」とリスペクトを忘れなかった。
そしてマロニーは「最高の準備をしてきた」と強調した。
武居と11ラウンドまで戦ったブルーノ・タリモ(豪州)から情報を集め、日本人のサウスポー対策に、わざわざ元日本バンタム級王者の堤聖也(角海老宝石)、日本スーパーバンタム級2位池側純(同)ら3人の日本人サウスポーを豪州に招聘してスパーリングを消化してきた。
「武居は、爆発力、KOするパワー、スピードがあるいいボクサーだ。しかもキックボクシングという違ったバックグラウンドを持っていて、違った距離で戦う。だから、それに対応するため日本人を3人呼んで長い時間、準備をした。違った種類のパンチが来るので集中力を切らさずに目をそらさずに戦う。私は集中力はある方だからね」
ただこれまで29戦のキャリアでサウスポーとの対戦は5年前の一度だけ。トップランク社がマロニーに王者ロードを歩ませるために苦手なサウスポーを避けてきたのではないかという臆測も流れていたが「意図的に避けてきたわけではない。結果的に実現しなかっただけ。アマ時代にもサウスポーとの経験があり、ジムの同門にもサウスポーがたくさんいて練習している。約15週間、サウスポーとの練習を重ねることができたので問題はない」とキッパリと否定した。
マロニーは、終始、穏やかな笑顔を浮かべて紳士的な態度で答えていた。しかし、陣営のアンジェロ・ハイダートレーナーは、挑発的な発言を続けた。
「武居には生まれ持った格闘センスはあるが伝統的なボクシングの基礎がない。彼のトリッキーな動きを再現できるパートナーを用意して練習してきた。真の試合をしてきた自分たちに分がある。武居にはナチュラルパワーはあるが、真の試合に挑むときにどんな戦いをするか見ものだな」
元K−1王者ゆえの独特なリズムやジャンピングフックなどの予測不能な動きが武居の特徴。これは実際、試合で対峙してみなければわからない部分で、どれだけのラウンドでマロニーが適応してくるかが、試合のポイントではある。
その点を質問するとトレーナーにスイッチが入った。
「スキルを磨いて調整してこなくちゃいけないのは武居の方だろう。(元3階級制覇王者の)ワシル・ロマチェンコみたいに攻撃に角度をつけたり、ウサギのように左右に飛び回る動きはない。オレたちが特に何かをするというよりも彼がどういう動きをしてくるかだ。ジェイソンの方がレベルが高い。こちらが警戒するというよりも向こうが警戒すべきだろう」
おそらくこれが本音だろう。

 マロニーは、ここまで29戦のキャリアのなかで、米国、メキシコ、タンザニア、フィリピン、タイ、ニカラグアなど、多種多様な国籍のボクサーと対戦し、元WBA世界スーパーフライ級王者の河野公平(ワタナベ)のラストファイトの相手も務めているし、WBO世界バンタム級王座決定戦では、井上尚弥と戦ったマーロン・タパレス(フィリピン)のパートナーを務め、WBC世界同級王者の中谷潤人(M.T)が次戦に予定している指名試合の相手であるビンセント・アストロラビオ(フィリピン)を判定で蹴散らすなどしていた。驚くほど長身のボクサーもいたそうで、そういう対応力がマロニーには備わっているとも説明した。
そしてなにより2020年に米国で対戦して7回に倒されたモンスター井上尚弥との経験が大きい。マロニー自身も「とても価値のある試合で成長につながった」という。
さらにハイダートレーナーは、会見で目の前の席に座っていた八重樫トレーナーと目を合わせて「八重樫トレーナーの現役時代の映像も研究した」とまで明かした。
これはマロニーの弟のアンドリュー・マロニーが5月12日に地元の豪州で行われるWBC世界スーパーフライ級暫定王座決定戦で、現役時代の八重樫と対戦経験のあるペドロ・ゲバラ(メキシコ)と対戦するため、チェックしていた映像に、たまたま映っていたものだと考えられる。その10年前のWBC世界ライトフライ級王座決定戦で八重樫はゲバラのボディに沈みKO負けしている。その発言を聞いた八重樫は「なんですかあれ?悪口ですか?むかついた」と不快感を示し「どうでもいいが」と一蹴した。
ハイダートレーナーが「警戒すべきは武居の方だ」と挑発したことに関しては、「その通り。我々はチャレンジャー、こちらが試合を作っていく方。相手の思考の上をいかないと勝てない。やれることは全部やってきた」と認めたが、3人の日本人ボクサーを呼んだ準備に関しては疑問を投げかけた。
「(日本人という同じ)人種を呼びたかったのでは。堤、池側と武居は似ているようで似ていない。武居のような日本人ボクサーは誰もいないですよ」
そして「数少ない穴はあるんで。欠点をついていく」と不敵に笑った。
大橋会長も、拳を交えた井上尚弥が「マロニーは凄く強かった」と語っていたことを再度繰り返し「相当な実力がある」と認めた上でマロニー陣営の発言に反発した。
「トリッキー、トリッキーと言っていたが、あいつの強さはトリッキーじゃない。基本的なパンチが強いんで。ちょっと油断しているというか、間違えているのかなと。そこは良かったと思った」
マロニー陣営の分析と準備が“的外れ“であることを指摘し「相性はいい。距離感も含めてね。面白い試合になる」と続けた。
マロニー陣営は、そそくさと、ジムを引き上げたが、最後に筆者はハイダートレーナーに呼び止められた。
「もう一つ言っておく。武居ってバンタムで試合したことがないよな?」
確かに武居のバンタム級での試合は初めてだが、昨年12月にバンタム級より約1キロ重い54.5キロ契約のテストマッチをクリアしている。八重樫トレーナーも「減量は心配されているが、大丈夫。うまくいっている」と太鼓判を押した。
そのことを伝えると不敵に笑って、その体重でパワーを生かせるのか?とばかりに、その場でぴょんぴょん飛びはねて見せた。裏を返せばマロニー陣営は必要以上に武居を意識しているのだ。
世界初挑戦の武居が何かをやってのける条件が整いつつある。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)