プロボクシングの4大世界戦が6日、東京ドームで4万3000人のファンを集めて行われスーパーバンタム級の4団体統一王者の井上尚弥(31、大橋)は、挑戦者の元2階級制覇王者、ルイス・ネリ(29、メキシコ)に1ラウンドにダウンを奪われたものの、2、5、6ラウンドに3度のダウンを奪い返し、6ラウンド1分22秒に逆転TKO勝利した。ネリにドーピング疑惑、体重超過の2度にわたる“反則行為”で振り回された元WBCバンタム級王者の山中慎介氏(41、当時帝拳)と次戦で地域タイトル戦が計画されている那須川天心(25、帝拳)の目に井上の強さをどう映ったのか。

 

ネリと因縁のある山中慎介氏(写真・山口裕朗)

 「本当に強い」「距離感が凄い」

 我らがモンスターが1回に至近距離からの左フックをまともに食らい、キャンバスに転がったとき、Amazonプライムの解説席にいた山中氏は「タイミングを読めずにもらったダウンにビックリした」という。
「でも倒し返した。ネリから仕掛けたラウンドってほとんどなかった。そこに差があった。いきたくてもいけない。ネリは詰まった距離でしかパンチを打てなかった」
井上は、2回にカウンターの左フックでダウンを奪い返し、ジャブ、ワンツー、ノーモーションの右という対サウスポーが嫌がる基本的なパンチを次々と打ち込んでいくため、そのパンチ力を体感したネリは、倒される恐怖心から前に出るに出れず手数も減った。山中氏は、そういう展開にネリを追い込んだ井上のスキルを評価した。
井上は、5回にわざとロープを背負ってネリを誘い、そこに左フックを合わせて2度目のダウン。続く6回に左ジャブ、右アッパー、右ストレートの流れるようなコンビネーションでネリをキャンバスに沈めた。
「力の差はめちゃくちゃあった。ネリは仕掛けても当たる気もしなかったのでは。回を追うごとに差が広がる。最後はなぎ倒すように仕留めた」
正直に言えば複雑な気持ちだった。
「あの時のことが蘇ってくるのでネリは見たくなかった」
あの時のこと…当時WBC世界バンタム級王者だった山中氏は、2017年8月にネリの挑戦を受けたが、4回TKO勝利で王座陥落。だが、のちにネリのドーピング疑惑が発覚した。WBCの指令で2018年3月に再戦したが、今度は2.25キロもの体重超過、再計量でも1.3キロオーバーで計量をパスできずに失格、ネリの王座剥奪となり、当日の体重に制限を設けることで試合は、実施されたが、山中は2回TKO負けを喫して引退に追い込まれた。ネリからは、3月5日の公式会見の際に直接謝罪を受け、すべてを水に流したが、いい思い出はひとつもない。
「(ファンが)僕のことを思ってもらうのはうれしいが、仇を取って欲しい、取ってもらったという感じはないんですよ」
井上は、018年の山中氏とネリの再戦を両国国技館へ観戦に訪れていた。ネリに浴びせかけられたブーイングも、山中氏に代わってリベンジを願うファンの気持ちも受け止めていたが、「ここ東京ドームの試合は井上尚弥vsネリ。自分はこの戦いに集中することを心掛けてきた」という。山中氏もそれでよかったという。
「ただ凄い試合になった。東京ドームがそうさせた。毎試合、お客さんを満足させて(家に)帰させる選手はいない。本当に強い。毎回、感心させられる。これからどこまでいくのかなという感じになった。(次戦の対戦候補として)サム・グッドマンが出てきたが誰とやっても物足りなく感じるでしょうね」
“ゴッドレフト”と評された左ストレートでKOを量産し、ファンの心をつかんだ山中氏が、ここまで称えるのだから、もう井上は“神領域”のボクサーなのだろう。

 キックボクサー時代の2022年6月にK−1王者の武尊との「THE MATCH」で満員の東京ドームのリング上に立っていた天心は、4戦4勝の世界ランカーのボクサーとしてリングサイトにいた。
「僕もドームで試合しているんで。THE MATCH以来にここで格闘技を見たんで、すげえ久しぶりだなと。盛り上がっていましたね、決めるところをチャンピオンなんで決める。学ぶものは多い」
理論派の天心が目をつけたのは、ダウン後に右ストレートでネリとの距離を支配した井上のテクニックだった。
「(井上の凄さは)距離じゃないですか。間合いの取り方。みんなパンチに注目しがちですが、相手が読めないタイミングでパンチを打っているんで。そこが相手にわかんない。それをなんで打つかを(自分で)理解して打っている。そこが僕は凄いと思いました」
天心が求めているものの一つに距離の支配がある。最高のお手本を見たのだろう。
セミファイナルでは「同じ時代を戦ってきた同士」と言う元K−1王者の武居由樹(大橋)がWBO世界バンタム級王者のジェイソン・マロニー(豪州)に3−0判定で勝利してプロ9戦目で新王者となった。
「素直に嬉しい。おめでとうございます」と祝福の言葉を伝えた。
武居が新王者となり、WBA世界バンタム級王者の井上拓真が、指名挑戦者の石田匠(井岡)に兄と同じく1ラウンドにダウンを奪われながらも逆転で判定勝利した。4日には大阪で西田凌佑(六島)がIBF世界同級王者のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)から判定でベルトを奪う“番狂わせ”を起こしており、WBC世界同級王者の中谷潤人(M。T)を含め、これで天心がターゲットとするバンタム級の4つのベルトを日本人が独占することになった。
「全員(世界王者が)日本人になったんで狙いやすい。僕が日本人に勝つとボクシング界がおもしろくなる。ワクワクしている。まだタイトルに絡んだ試合はないが、ピッタリというか、自分のために4つあるんじゃないかというマインドにはいる」
天心は自らの運命論に重ねた。
「すぐには(世界挑戦へ)いけないんで。ずっとひとつのミスもないようなトレーニングをしている。焦るというより、もっと気を引き締めてやらないといけない」
夏に予定されている次戦は5戦目にして地域タイトルへの挑戦となる計画が進んでいる。
4人の日本人王者の統一戦線に天心が絡んてくればボクシング界は盛り上がるだろう。
そして天心が狙うは、東京ドームのリングである。
「僕も同じボクサーなので、ボクサーとして、東京ドームを次埋められるならオレしかいないかなという気はある。次の東京ドームはいつなのか(わからないが)、その時は絶対、来ると思いますよ」
そう自らの未来を予言した。
リングサイドにあったもうひとつの東京ドーム物語である。