「行く度に景色が変わるね」――。そんな声が聞かれる福岡市中央区の天神地区。この九州一の繁華街では、市の再開発促進策「天神ビッグバン」により、近代的なビルが次々と姿を現している。新緑がまぶしい5月半ば、福岡読売写真クラブ(福岡YPC、上田文雄会長)の撮影会に同行し、クレーンが立ち並ぶ都心部をカメラを手に歩いた。

街をテーマに撮影会

 築年数が経過したビルの建て替えを促すため、中心部の半径500メートル圏を対象に、高さ制限や容積率を緩和する天神ビッグバン。なじみある古い建物が姿を消す一方、これまでにないスケールの高層ビルが天神のあちらこちらで建設されている。

 2007年に発足した福岡YPCは「写真を大いに楽しみ、肩の凝らない手作りクラブをめざそう」を合言葉に、毎月の例会や随時企画する撮影会で親睦を深めている。

 「変わりゆく天神の今」をテーマに撮影会を開くのは、22年春に続いてこの日が2度目。「イムズの建物も完全になくなったね」と、前回からわずか2年で様変わりした街並みに改めて驚きの声が上がる。

 長年親しまれてきた「福岡ビル(福ビル)」の跡地では、高さ97メートルと圧倒的な存在感を放つ新ビルの建設が25年春の開業に向けて進んでいる。4月に発表された名称は「ワン・フクオカ・ビルディング(ワンビル)」。撮影会に参加した清川健司さん(69)が、半世紀前に訪れた福ビルの思い出を話してくれた。

 高校時代、柔道の試合のために福岡県久留米市からやって来た清川さん。引率の先生と社会見学を兼ねて足を運んだ福ビルは洗練された空間で、見たことのないような内装、中央部に据えられたエスカレーターに目を見張ったという。

 口をぽかんと開けてビル内を見回す生徒たちの背後から、先生が笑いながら声をかけた。「きょろきょろするな。田舎モンと思われるやろうが」。その場が一気に和んだそうだ。「東京や大阪にしかないと思っていた都会を見て、気持ちが浮き立ちました」と振り返る清川さん。そんな思い出の地が、また生まれ変わろうとしている。

変わらないものも…

 ワンビルがそびえる天神交差点には、行き交う人や車を見守る「天神地蔵」が立っている。1979年、福岡県警中央署の巡査(当時28歳)が、信号を無視した暴走族のオートバイから歩行者を守ろうとして亡くなった。

 巡査を悼んで設置された地蔵は、交通安全を願う地域の象徴的な存在に。ボランティアの女性らによって、服や帽子が取り換えられ、周辺の清掃も続けられてきた。

 しかし今年1月、地蔵の上部が破損しているのが見つかり、地元町内会が被害届を提出。報道で被害を知った市民らの寄付で4月、元通りの姿に修復された。町内会長の藤木敏一さん(74)は「ずっと見守ってくれたお地蔵さまが、これからも市民に愛される存在であってほしい」と願う。

 大規模な再開発が進む天神で、変わらず歴史を紡ぎ続ける建物もある。国の重要文化財・福岡市赤煉瓦(れんが)文化館もその一つだ。

 日本生命保険九州支店として1909年に完成した建物は、煉瓦の赤い壁と屋根のドームが印象的だ。博多区の歩道橋の上から超望遠レンズで切り取ると、戦禍を免れたレトロな建造物と建設中の高層ビル群の情景が重なり、1世紀を超える天神の今昔が1枚の写真に凝縮されているように見えた。

未来に広がる景色は

 好天に恵まれた撮影会。ガラス張りのビル壁面や広告窓が、通行人らの姿を鏡のように映し出していた。こうした映り込みを表現できるのはビル街ならではだ。

 通り過ぎる路線バスの窓に、規制緩和の適用第1号となった天神ビジネスセンターの特徴ある壁面が映り込んだ。見過ごしそうになる一瞬も、速いシャッタースピードで写真に撮ると、光の角度や強さが現実に妙味を加え、強いコントラストを帯びた空間をつくりだす。

 新しい時代のリズムを刻み始めた街の表情を追っていると、現代アート作品のような風景に出会うこともある。イムズがなくなって視界が大きく開けた交差点のそばでは、ガラス窓に市役所と周辺の建物が映り、左右対称のパノラマを構成していた。

 変化の歩みを止めない天神。福岡市によると、2026年までに70棟、30年代までに約100棟の新築が見込まれている。思い出と一体になった街並みが変わってしまうことに郷愁を禁じ得ないが、未来にどんな光景が広がっているのか楽しみでもある。