平成を彩った名プロレスラーで、“デンジャラスK”という愛称で人気を博した川田利明。かつて新日本プロレスと人気を分け合った全日本プロレスの第12代三冠ヘビー級王者として君臨するなど、三沢光晴、小橋建太、田上明との闘いは「四天王プロレス」と呼ばれ、全国のプロレスファンを大いに興奮させた。そんな川田の今の肩書きは「ラーメン屋店主」。“脱サラ”ならぬ“脱プロレスラー(正式に引退はしていないが)”をした上で、2010年6月、東京都世田谷区に「麺ジャラスK」をオープンさせ、以来厨房で腕をふるっている。smart Webでは、その汗と涙のラーメン店経営の日々を赤裸々につづった『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る(宝島SUGOI文庫)』から一部を抜粋して3回に分けてご紹介。3回目は、ラーメン屋の開業資金など、リアルなラーメン屋の資金繰りについて。(全3回の3回目)

川田利明『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る(宝島SUGOI文庫)』(宝島社)¥990

川田利明『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る(宝島SUGOI文庫)』(宝島社)¥990

あっという間に消えた1000万円……開業資金はいくらあっても足りない!

 どんなビジネスを始めるにしても、初期投資はどうしてもかかる。今までプロレスしかやってこなかったから、そのあたりのことはあまりピンと来ていなかった。

 プロレスラーは文字どおり、裸一貫でやる職業。タイツとリングシューズさえあれば、あとは何もいらない。なんなら裸足で闘ってもいいわけで、初期投資とは無縁の世界だ。もちろん、会社からみれば住むところを与えて、飯も食わせるわけだから、ひとりのプロレスラーがデビューするまでには、それなりの投資はしているものの、やる側の人間は本当に数万円もあれば、試合道具を揃えることができる。いや、先輩がお下がりのシューズやタイツをくれることだってある。

 しかし、ラーメン屋……自営業の場合はそうは問屋が卸さない。

 さっきも書いたように、借りた店舗のものはどれも使えないものばかりだったので、すべてを買い揃えたり、リース契約を結ばなくてはいけなくなった。ただ、それ以上に大きな負担になるものがある。それこそが、店を借りる時に必要な「保証料」だ。

 飲食店の場合、この「保証料」がべらぼうに高い。本当は正確な金額を書くべきなんだろうけど、正直、忘れてしまった。忘れた、というか、あまりにも高すぎて、もう思い出したくもない。

 当然、敷金・礼金も別にかかるわけで、店の中がガラーンとしている状態でも、すでにけっこうなお金が財布から消えてしまっている。

 厨房の中も、まずは食材を保管するための冷蔵庫が必要になる。業務用の大きなものだから、これも高い。あまりにも高いものはリース契約をするんだけど、その契約書に判子を押す時に、ある種の決断を迫られる。

 普通に生活していて、何かをリース契約する時に「6年契約です」と言われても、別になんとも思わないけれど、店をオープンするために必要なものをリースする時には「そうか、俺は6年間は続けなくてはいけないのか……」とあとから実感する。

 それは店舗の賃貸契約を延長する時も同じで、いまだに「これから数年後、この店は本当に続いているんだろうか?」と真剣に考えながら判子を押す。胃が痛くなるような決断は、店をやっている以上、いつまでもついて回る。

 厨房の中だけではない。

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 お客さんを相手にする商売だから、少しでも快適に食事をしてもらえるような環境は整えていかなくてはダメだ。

 いちばん負担が大きいのはエアコンと券売機だ。両方とも100万円前後はする。狭い店であれば、そんなにお金もかからないのかもしれないけれど、ウチはラーメン屋としてはかなり広い部類に入るから、大きなエアコンを天井に設置しなくてはいけない。たしか100万円近くしたのかな? だからテーブルや椅子は自分で直したけど、もう客席エリアだけで何百万円も消えてしまう。まさに財布の中の1万円札に羽が生えて、一斉にバサバサと飛び立っていくような感じだ。

 居抜きであろうがなかろうが、ラーメン屋を開業しようとしたら、少なくとも1000万円は開業資金を用意しておかないと、たぶんすぐに足りなくなるだろう。これも最低限、頭に入れておいたほうがいい。

 そして、俺には経営の知識もノウハウもなかったから、あっちに支払い、こっちに支払い、とやっていくうちに、気がついたら1000万円はすぐ消えてしまっていた。資金だけではなく、頭もショートしてしまった。

 これだけお金をかけても、このお店の主力商品となるのは一杯数百円のラーメン。原価率を無視して考えても、1000万円を回収するには、毎日、どれだけラーメンを売ればいいのか? いや、「回収するなんて、絶対に無理じゃないか」と、絶望に似た感情を抱いてしまったことを覚えている。

 最初はなんにもわからなかったから、業者の人にいろいろとお願いしたんだけど、向こうも商売だから「これは絶対に必要です」「念のため、あれも買っておいたほうがいいですよ」とどんどん勧めてくる。

 プロが言うんだから間違いないな、と言われるがままに買ってしまったけれど、あとになって思えば「あんなものは買う必要なんてなかったじゃないか!」と思うようなものもたくさんあったし、もっと安く買えたじゃないか、と憤(いきどお)ることも多かった。

 初心者だから知らなくて当然、というのは甘すぎる。開業前のマイナスを少しでも減らすためにも、そのあたりのリサーチは徹底的にやるべきだと思う。

 ここまで読んで、「俺は大丈夫だ」と思っている人がいちばん危険だ、ということも付け加えておきたい。

ローンが終わっても油断するな!毎月の支払いは永遠に終わらない

 飲食店だから、さすがにこれはあるだろう、と勝手に思い込んでいた食洗機も、この物件には残されていなかった。

 「今まで、どうやって食器を洗ってきたんだろう」と考えると、何度か食事をしたことがある俺としては、なんとも言えない複雑な気持ちになったが、こればかりはラーメン屋には絶対に必要なものだから、すぐに購入した。

 業務用だから、これもやっぱり高い。冷蔵庫もそうだったけど、開業する時に6年間払い続けることを知らずにローンを組んで購入した。6年間と知ってからも、店が続けば、月々の支払いはなくなる。そうなれば経営はグッと楽になるんだろうなと思って、そこはグッと歯を食いしばって耐えてきた。

 しかし現実は違う。数年前、ローンは終わったのだが、まだ支払いは終わらない。なぜならば「保守料」という名目で、年間十数万円を払わなくてはいけないからだ。「十数万円ぐらいならいいじゃないか」と思うかもしれないけど、冷蔵庫にも、食洗機にも、製氷機にも「保守料」がかかってくるわけで、すべてを足したら、けっこうな金額になってしまう。それこそ、ラーメンを何杯作っても追いつかない!

 とはいえ、それらの機材が壊れてしまったら、もう営業できなくなってしまうわけで、保守料は支払わないわけにはいかない。

 そう、契約した時点で永遠の支払いループはもう始まっているのだ。

 エアコンが高かった、という話は書いたが、それだけ大きなエアコンを一年中、回し続けているのだから、電気代だって安くはない。これもまたケチれない部分だし、月々の支払いでいえば、当然、家賃も駐車場代もお店の保険代もかかる。

 さらに計算外だったのは、車で来店されるお客さんのために借りた駐車場代だ。

 昔はおおらかな時代だったから、店の前に路上駐車したまま食事をしていても、基本的には見逃してくれていたけど、このご時世、そういうわけにはいかない。道路沿いに車を停めたら、すぐにパトカーが飛んでくる。実は近くに交番があるのだ。

 だから店をオープンする時に3台分の駐車場を借りた。それでも足りないので店の裏にもう1台分を借りた。これでまた支出がドッと増える。

 一日中、自分の車を停めておくんだったら、月に数万円を支払っても、まぁ仕方ないか、ということになるけれど、まるっきり利用されない日もあるのに、同じ額を支払うのはしんどい。これも顧客サービスだし、駅から歩いてくるのはしんどい場所に店を構えたことで生じたリスクだから、「仕方ないな」と思うしかない。

 たとえローンが終わっても、これだけのお金が毎月、消えていく。

 前に「慣れてきたら、別の場所に移転する」と考えていたことを明かしたけれども、初期投資にお金を遣いすぎてしまったことが響いて、そのプランは断念せざるを得なくなった。

 この店を残して2号店を出すほど儲かっていないし、新たに店を出すことの大変さと出費の多さを知ってしまったら、とてもじゃないけど、その気すら起きない。

 資金、心身ともにもそんな余裕はなかったから、「このままここで営業を続けていく」という選択肢しか、俺には残されていなかった。

 ラーメン屋でチェーン展開までして成功している人はごく一部にすぎない。過剰な夢や期待を抱くのはやめておいたほうがいいだろう。

続きは『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る(宝島SUGOI文庫)』をチェック!

麺ジャラスK
住所:東京都世田谷区喜多見6-18-7 ビスタ成城 1F
アクセス:小田急小田原線「成城学園前」駅から徒歩約12分
定休日:火曜日
営業時間 昼12:00〜14:00(オーダーストップ13:30)
夜18:00〜21:00(オーダーストップ20:30)
都合により異なる場合もあり。
最新情報については、「X」(旧Twitter)をチェック。
Xアカウント:麺ジャラスK店長 川田利明:@orenooudou

※本記事は5月7日発売の書籍『プロレスラー、ラーメン屋経営で地獄を見る(宝島SUGOI文庫)』の一部を抜粋したものです。