山口智規は自他ともに認めるエースとして高みを目指す photo by Wada Satoshi

 大学駅伝三冠を成し遂げた2010―11年シーズンより駅伝の優勝から遠ざかる早稲田大学。名門復活へ最大のキーマンとなるのが山口智規(3年)だ。これまでは先輩の伊藤大志、石塚陽士(共に4年)と共に早大の三本柱を形成していたが、昨季の終盤から頭ひとつ抜け出し、快進撃を続けている。

 昨年11月の上尾シティハーフマラソンでは、3大会連続オリンピック日本代表となった大迫傑(Nike)が持っていたハーフマラソンの早大記録を更新。大迫が1年時に出した記録ではあったものの、それを30秒以上も上回る1時間01分16秒で走った。

 そして、今年の第100回箱根駅伝では花の2区を任され、初の箱根路ながら区間4位と好走し、8人抜きの活躍を見せた。記録は1時間06分31秒と、29年前に渡辺康幸(現・住友電工陸上競技部監督)が打ち立てた2区の早大記録を17秒上回った。

 臙脂(えんじ)のレジェンドたちの記録を次々と塗り替えているばかりか、今年2月の日本選手権クロスカントリー競走では日本一のタイトルを手にした。そして、世界クロスカントリー選手権で初めて日の丸を付けた。

 臙脂のエースとして躍動する山口に話を聞いた。

【飛躍を遂げた昨シーズン】

――大学2年目の昨シーズンは、1年時から大きな飛躍を遂げました。以前、ジャンプトレーニング(プライオメトリクス=瞬発系のトレーニング)やウエイトトレーニング、メンタルトレーニングなどに取り組まれているとお話ししていましたが、自分のなかでは何が一番大きな要因だと考えていますか。

山口 1年目は、とにかく自信がなくて......。得意な練習はこなせるんですけど、苦手な練習をあまりやりたがっていませんでした。でも、2年目はそこにしっかり向き合うようになりました。週に1回はロングジョグをしっかり入れていますし、夏合宿も、ほかと比べたら少ないんですけど、自分なりに距離をしっかり踏んで、スケジュールやプランをしっかり立てて、目的を持って練習ができるようになりました。

――これだけ好走が続いていますが、箱根駅伝の2区にしても上がいましたし、クロカン日本選手権優勝にしても、同日の大阪マラソンの平林清澄選手(國學院大4年)の初マラソン最高記録での優勝がありました。失礼ながら、そのために、トピックの扱いが小さかったように思います。

山口 箱根は正直、自分の土俵ではないので、開き直って、2区を走る選手のなかで"1500mだったら僕が一番速い"ぐらいの感覚で臨んでいました。平林さんも(同じ2区で)8人抜きで、僕も8人抜きだったのに......とは思いましたが(笑)。

 クロカン日本選手権の時は、大阪マラソンが終わってからスタートだったので、話題は持っていかれるだろうなと思っていましたが、僕も優勝してやろうという気持ちでした。

――ハーフマラソンでは大迫傑選手、箱根駅伝2区では渡辺康幸さんの早大記録を塗り替えました。それについてはどう受け止めているのですか。

山口 すごい記録ではあったんですけど、時代は変わっているので、もう抜かないといけないなと思っていました。なので、その記録を塗り替えたところで、あまりうれしさは感じませんでした。もちろん、すごく光栄なことだと思っています。

【エースの自覚と海外レースで得たもの】


地味な取り組みを大切にすることでタフさを身につけてきた山口

――以前はタフさに課題があると話していたことがありました。箱根駅伝2区、クロカンとタフなレースで結果を残しました。2月のニューヨークシティ・ハーフマラソンもタフなコースだったとお聞きしました(結果は1時間04分36秒で日本勢トップの10位)。課題克服に手応えを感じているのではないでしょうか。

山口 そうですね。地道な練習に積極的に取り組むようになり、安定感が出てきました。それに、客観的に自分を見ることがうまくなってきて、過信しなくなったので、レースでうまくいっているのかなと思います。

――これまでは、先輩の伊藤大志選手、石塚陽士選手と三枚看板という見られ方をすることが多かったと思います。それでも"自分がエースになる"という思いは強かったのでしょうか。

山口 そうですね。(ふたりには)練習では負けないんですけど、レースではそんなに大差ない結果がずっと続いていたので、トラックシーズンは悔しかったです。

 駅伝シーズンに入って、出雲駅伝ではエースが勝負できないようなチーム状況だったので、そこで"自分がしっかりやらないとな"っていう意識が芽生えました。

 それと、プラハでのタデッセ選手との出会いがあって(※)、すごく意識が変わったなと思います。

※クラウドファンディングで集まった資金をもとに、昨年9月にプラハ遠征を行い、2021年のU20世界選手権3000mで金メダル、5000mで銀メダルを獲得したエチオピアのタデッセ・ウォルク選手と交流を持った。

 今年の世界クロカンでも彼に会って、覚えていてくれてうれしかったですし、いろいろ話をしました。「(5000m、1万の世界記録保持者の)チェプテゲイがいるよ」って言ったら「ノープロブレム」って言っていました。タデッセ選手は12位でしたが(山口は66位)、すごいところにいるんだなと思いました。

――世界クロカンではチェプテゲイ選手は6位でしたが、トラックの世界記録保持者の印象は?

山口 いや、もう背中も見えなかったので、すごく悔しいです。というか、もったいないことをしたなと思います。その時は自信がなくなりましたけど、ああいう世界で勝負しないといけない、ちゃんと考えながら練習に取り組まないといけないとすごく思いました。

――この1年で、香港、プラハ、ニューヨーク、そして、セルビアでの世界クロカンと、海外レースに4試合も出ています。

山口 先を見据えて取り組むうえで、海外レースにどんどん慣れてきて、自分のキャリアのなかで貴重な経験になっています。その一方で、世界において日本人の立ち位置が明確にわかり、現実を見せられている感覚でした。特に世界クロカンはまったく歯が立たず、"悔しい"よりも"悲しい"という感情が大きかったです。

――世界クロカンの時の調子自体はどうでしたか?

山口 3月にコロナにかかり、その後に膝を痛めてしまい、練習が全然できていませんでした。準備ができていなかったとはいえ、それでも、世界との差はすごく感じました。トラックレースだったら2周回もの差をつけられているような結果でしたから。

 世界クロカンは、弱気ですけど、とりあえず日本人のなかで3番と31分切りという目標でした。一応は達成したんですが、先頭を見ちゃうと......。

――とはいえ、初めての日本代表がシニアの大会でした。日の丸をつけたことで、ご自身のなかで目標、意識に変化はあったのでしょうか。

山口 そうですね。日本選手権クロカンで勝って、やっと日本選手権レベルの大会で勝負できる実感が出てきました。今までは口だけで「2025年の東京世界選手権を目指す」と言っていたんですけど、その道筋がやっと明確になってきたなって思います。

――一方で、世界クロカン等を経験して、課題に感じた部分、強化していきたい部分はどんなところでしょうか?

山口 ハーフマラソンとクロカンに出て、距離が長いほうがまだ差は小さいなと思いました。まずは1500mや5000mの強化をしっかりしないと将来的に勝負できない。世界選手権を考えたら、10000mが一番近いのかなって思うんですけど、強化すべきは1500mから5000mの走力だと思っています。5月3日の日本選手権10000mが終わったら、来年を見据えて、そういったところをやり直してもいいのかなと思います。

【個人でも駅伝でも、さらなる高みへ】

――昨季の終盤は、ひとりで練習をやることが多かったと話していました。現在はどうでしょうか?

山口 日本選手権10000mに向けては、ひとりで練習しています。日本選手権で勝負したいと思ったら、ひとりの練習も全然苦ではないですし、自分のペースで淡々と走ったほうがラクな面もあります。でも、地味な練習はやっぱり集団でやったほうがラクですね。

――1500mや5000mの強化という点では、同級生にスピードランナーの間瀬田純平選手がいますし、1年生には800mで高校歴代4位(1分47秒97)の記録を持つ立迫大徳選手や吉倉ナヤブ直希選手といった中距離を得意とする選手が入ってきました。

山口 間瀬田は距離を伸ばして、大志さんとかと練習することになると思いますが、1年生ふたりとスピード練習をやってみたいです。

――日本選手権10000mはどのような目標を立てていますか?

山口 優勝争いをしたうえで、3番以内を目指したい。最低でも入賞したいねって、花田さん(勝彦、駅伝監督)とも話をしています。

 塩尻和也さん(富士通)、太田智樹さん(トヨタ自動車)、相澤晃さん(旭化成)の3人(昨年12月の前回大会のトップスリー)が強い印象です。ラスト3000mでペースが上がり始めたら勝機がないかもしれませんが、ラスト1000mからペースが上がるようなレースで、なおかつ、27分30秒ぐらいのフィニッシュタイムになるなら、チャンスはあるかもしれない。それ以上のタイムになったら現実的ではないので、スプリント勝負になったら面白いんじゃないかな、と思います。(学法石川高の先輩に当たる)相澤さんと初めて走るので、そこが楽しみです。

――今季の目標をお聞かせください。

山口 まだ5000mは出場できるかわかりませんが、10000mと5000mの2種目で日本選手権入賞を目指したいです。来年の世界選手権も考えて、10000mや5000mのタイムを気にしながら、まずは両方で早大記録を作りたいと思います。

 三大駅伝では、区間賞が当たり前って言われるような活躍をしたいです。佐藤君(圭汰、駒澤大3年)の好きにはさせないぞ、ぐらいの気持ちで今年は臨みたいです。

【Profile】山口智規(やまぐち・とものり)/2003年4月13日生まれ、千葉県出身。学法石川高(福島)―早稲田大3年。高校3年時にはインターハイ1500mで8位入賞。学生三大駅伝は1年時の全日本大学駅伝4区でデビュー(区間3位)を果たすと2年時には関東インカレ1部5000m3位、出雲駅伝2区区間3位、全日本大学駅伝2区区間4位、箱根駅伝では2区区間4位と好走すると同時に渡辺康幸が保持していた2区の早大記録を29 年ぶりに更新。また、昨年11月の上尾ハーフでは大迫傑の持つハーフマラソンの早大記録も塗り替えた。2月の日本選手権クロスカントリーで優勝を果たし、3月の世界クロスカントリーにも日本代表として出場を果たした(61位)。自己ベストは、1500m3分46秒40、5000m13分34秒95、10000m28分17秒87、ハーフマラソン1時間01分16秒。

著者:和田悟志●取材・文・写真 text & photo by Wada Satoshi