Why JAPAN? 私が日本でプレーする理由

アルビレックス新潟 トーマス・デン インタビュー 中編

Jリーグでプレーする外国籍選手に、日本のサッカーや生活を語ってもらうインタビュー。アルビレックス新潟のDFトーマス・デンに、来日の経緯やここまでのプレーで印象的な出来事を教えてもらった。

前編「トーマス・デンが日本に来るまで」>>
後編「トーマス・デンが語る日本の印象、生活」>>

【Jリーグの選手は素早くてスキルフル】

「たしかバンコクのホテルにいる時に、エージェントから電話を受けたんだ。その時に浦和レッズが僕に興味を持ってくれていると知り、ものすごく嬉しかったよ」


アルビレックス新潟DFトーマス・デンがJリーグの印象を語った photo by Getty Images

 2020年1月、トーマス・デンはU-23オーストラリア代表の一員として、タイで開催されたAFC U-23選手権(現AFC U-23アジアカップ)に参加していた。3位決定戦までの全6試合中4試合にフル出場し、見事に3位の座を獲得。東京オリンピック出場を決めた彼のもとにそんな連絡が入り、喜びが倍増したと言う。

「メルボルン・ヴィクトリーでAFCチャンピオンズリーグに出場した時、川崎フロンターレとサンフレッチェ広島と対戦した。川崎とは相手のホームゲームでもプレーし、日本のスタジアムの雰囲気はすばらしいと感じていた。

 それからミッチェル・ランゲラック(名古屋グランパス)をはじめ、周囲の人々からも、日本とJリーグに関するポジティブな印象をよく聞いていたんだ。メルボルン・ヴィクトリーでは5年ほど過ごしていたし、移籍する時期としてもちょうどいいと思った。断る理由はひとつもなかったね」

 すぐさま浦和からの誘いに肯首して日本へ渡ると、想像していたとおりの「タフな相手」との対戦が続く挑戦のような日々が待っていた。

「川崎、広島との過去の対戦からもわかっていたけど、Jリーグの選手は素早くてスキルフルだ。自分にとって、ステップアップであると共に、チャレンジになると思っていたが、本当にそうなった。僕は当時23歳だったから、自分の成長にこれほどいい環境はないと感じたよ」

【特に手を焼いたのは...】

 パンデミックの影響でそのシーズンのJ1は開幕節の直後から中断に入り、7月に再開されてからは、名古屋グランパスに敵地で2−6の大敗を喫したこともあった。

 一方、シーズン終盤のヴィッセル神戸とのアウェー戦では、幼少期から憧れていたアンドレス・イニエスタと初めて同じピッチに立った。大量失点よりも、自身のアイドルとの邂逅を鮮明に覚えているのは、当然だろう。

「信じられないくらい嬉しかったな」と、トーマス・デンは楽しそうにイニエスタとの初対戦を振り返る。

「小学生の頃、僕は毎週、彼が出場していたバルセロナの試合を観てから、学校に通っていたんだ。南アフリカW杯の決勝で彼が決勝点を奪ったシーンも目に焼きついている。そんな自分にとって、ロナウジーニョと並ぶ最大のスター選手が目の前にいたんだ。現実感がまったくなかったことを覚えている」

 途中出場のイニエスタを抑え、浦和が1−0の勝利を挙げたあと、彼はその元スペイン代表MFにシャツが欲しいと頼み、快諾してもらった。するとイニエスタからも求められ、交換したのだが、「僕のシャツなんて、どうするつもりだったんだろう」とトーマス・デンは謙遜する。また、ピッチ上のイニエスタはどんな時も落ち着き払っていたので、ボールを奪うことができなかったと明かす。

「世界を制したテクニックと平常心を目の当たりにしたよ。本当にすごかった。当時の神戸には、古橋(亨梧/現セルティック)がいて、彼のスピードとスペースを突く動きにも苦しんだよ。Jリーグにはすばらしい選手がたくさんいるけど、特に手を焼いたのは、そのふたりと川崎の家長(昭博)だね。彼もイニエスタと同様、常に冷静沈着で、判断を誤ることがほとんどない。身体も強くて重心が低いので、なかなかボールに触れさせてもらえないんだ」

 そう話すトーマス・デンは浦和に2年間在籍したあと、2022年にアルビレックス新潟へ移籍。初年度には股関節の負傷を抱えたまま入ったが、夏に新天地でデビューすると、いきなり3試合連続で無失点勝利に貢献した。そしてチームの6年ぶりのJ1復帰とJ2優勝に寄与して、昨シーズンから再び日本のトップリーグでプレーしている。

【予想が困難、ではなく、競争が激しいリーグ】

 今季はクラブ史上初のJ1に挑戦しているFC町田ゼルビアが序盤戦で首位に立つなど、面白い展開が繰り広げられている。国外のファンを含め、多くの人が"世界一予想の難しいリーグ"と呼ぶ所以だ。

「そうかもしれないけど、僕は予想が困難、ではなく、競争が激しい、と言いたい」とトーマス・デンはJリーグの印象を語る。

「そこに関しては、Jリーグは世界でも有数ではないかな。一昨季のJ2最終節でうちが下した町田の大躍進が、その好例だよね。どのチームにも、気を抜ける相手はいないはずだよ。ファンやメディアからすれば、これほど興味をそそられるトップリーグも珍しいだろう。欧州の多くのリーグのように、優勝するチームが大体同じようなリーグより、こっちのほうが絶対にエキサイティングなはずだから」

 そうした話は、オーストラリア代表のチームメイトとすることもあるという。町田に所属するミッチェル・デュークは今年のアジアカップの前に、イングランドのあるチームのトレーニングに参加し、当地の人々にJリーグの面白さを伝えていたという。

「ミッチェル・デュークはその時のチームメイトから『Jリーグってどうなの?』と訊かれるたびに、『君たちの想像を絶対に超えるよ』と答えていたんだって」とトーマス・デンはにこやかに話す。

「僕が今あなたに話したようなことを、イングランドの選手たちに言うと、彼らは耳を傾けていたらしい。欧州のフットボーラーもフットボールファンも、日本とJリーグを一度でも体験したら、きっと虜になると思うよ」

 オーストラリア人選手が、Jリーグのことを欧州で広める──近年、このスポーツにおける両国の関係はより強くなっている。それはどちらの国にも感謝するトーマス・デンにとって、実に喜ばしいことのようだ。

後編「トーマス・デンが語る日本の印象、生活」へつづく>>

トーマス・デン 
Thomas Deng/1997年3月20日生まれ。ケニア・ナイロビ出身。幼少期にオーストラリアへ移住。メルボルン・ヴィクトリーのユースチームに加入し18歳でプロ契約。2015年にAリーグデビューを果たした。PSV(オランダ)でのプレーを挟んで、オーストラリアでは計4シーズンプレーし、2020年に浦和レッズに移籍。2シーズンプレーしたあと、2022年からはアルビレックス新潟に活躍の場を移してプレーしている。オーストラリア代表としても活躍していて、2021年東京オリンピック、2022年カタールワールドカップのメンバー。

著者:井川洋一●取材・文 text by Igawa Yoichi