昨季はスタートダッシュに失敗し、開幕からわずか2ヶ月で指揮官を解任したレヴァークーゼン。そして、チームの未来を託したのがシャビ・アロンソだ。

当時トップチームでの監督経験がゼロだったX・アロンソだが、現役時代から定評のあった鋭い戦術眼は指導者になっても健在だ。あれよあれよと強固で負けないチームを作り上げていく。

その結果、昨季は最終的にしっかりと6位フィニッシュへ導いており、今季もその勢いそのままに公式戦で無敗街道を突き進む。絶対王者バイエルンの連覇記録をストップし、ついには欧州の連続無敗記録をも更新。さらには三冠の獲得も目の前に迫っているのだ。いったいX・アロンソはレヴァークーゼンにどんな“魔法”をかけたのか。

レヴァークーゼンの快進撃を支えている戦術的な特長をあげるなら、「速さ」と「コントロール」だと思う。レヴァークーゼンのビルドアップは3バック+2ボランチが基本。この5人が近い距離で繋がることで相手を引き寄せ、それによって前方5人(トップ、2シャドー、2ウイングバック)が使えるスペースを広げる。後方のパスワークを寸断しようとして守備側のプレッシング人数が増えるほど、他の空きスペースが大きくなる仕組みだ。

いわゆる「擬似カウンター」に似ていて、例えばブライトンなどもこうしたビルドアップの形を持っているが、形としてそれを行っていないところがレヴァークーゼンらしさだろう。

攻撃側の時間と場所を制限することがプレッシングの要諦だが、それを逆手にとっている。かつてはジダンが人間磁石としてほぼ単独でこれを行い、全盛期のバルセロナはシャビ、イニエスタ、ブスケッツ、メッシの近距離パスワークで絶大な効果をあげた。

この手法が成立すると、いつでもカウンターアタックができるので速く攻め込む必要はない。集まった相手を束にして置き去りにできるのだが、そのかわり速くプレイしなければならない。

速く攻め込む。いわゆる「縦に速い攻撃」は単純に相手ゴールへ到達するまでの時間だけが問題にされている。ディフェンスラインの裏のスペースへ蹴り、全速力でこれを拾ってシュート、ラストパスというのが典型的なイメージだろうか。これは単純な速度としての速さである。

一方、レヴァークーゼンが行っている速いプレイとは、速度ではなく相手との相対的な速さだ。人から人へとパスがつながり、あれよという間にゴールに迫っている。見た目はそこまで速くないし、毎回全力疾走しているわけでもない。しかし、相手は置き去りにされている。

人から人へ、比較的短い距離のパスがテンポよく通ることで、守備側は後手にならざるをえないからだ。例えば、誰もいないスペースへロングパスを落とし、そこへFWが40mスプリントする攻撃は速度的には速い。しかし、FWがボールに追いつくまでは何も起こらない。その数秒間はプレイの空白が生まれていて、守備側はその間に次の展開に備えることができる。一方、連続するショートパスに対しては、1つボールが動くたびに守備側は新たな対応を迫られるわけで、予測による先回りは困難だから、どうしても後手にならざるをえない。

つまり、レヴァークーゼンは相対的に速い。この速さを生むには、とにかくボール保持者との繋がりを切らないということに尽きる。相手がすぐ近くにいるとしても、ボール保持者と自分の間に入られないかぎりパスコースはある。素早く寄せられたとしても、先にボールに触れさえすれば、ワンタッチで別の繋がっている味方へ渡せばよい。パスを出した選手も含め、周囲の選手が常にボールと繋がっている状態であること。距離感が近いのは、そのほうがやりやすいからだ。

この原則を守るために、仮に自分が受けられないと判断したらその場を離れ、別の選手と入れ替わる。通常はグラニト・ジャカのいる位置にフロリアン・ヴィルツが下りてくる、アレハンドロ・グリマルドとピエロ・インカピエが入れ替わる。そのような形の崩れがあるのは、位置よりもとにかく繋がりを切らないことが優先されているからだろう。

レヴァークーゼンは連続無敗記録を打ち立てたが、常に圧勝してきたわけではない。けっこう際どい勝負も少なくなかった。

ブンデスリーガにおいてのレヴァークーゼンは強豪に位置付けられる。ボルシア・ドルトムント、ライプツィヒ、シュツットガルトなどとともに、戦力の充実したチームだ。しかし、その上にバイエルンという超強豪が君臨している1強リーグがブンデスリーガだ。

レヴァークーゼンにはヴィルツ、グリマルド、ジャカ、ジェレミー・フリンポン、ヴィクター・ボニフェイスなど各国代表選手がいるが、それはライバルチームも同じで、バイエルンはさらに強力な選手で構成されている。レヴァークーゼンが選手の質で圧倒しているわけではない。

それでも無敗のまま優勝できたのは、「それなり」の戦い方ができるからだ。

バイエルンに3-0で勝利した第21節、レヴァークーゼンはバイエルンにボールを持たせていた。そしてコンパクトな守備ブロックでバイエルンの攻撃を寸断すると、素早いカウンターで加点していった。実際、ポゼッション率39%ながらも、シュート数は相手を5本も上回る14本での快勝であった。EL準決勝のASローマ戦も似た戦い方をしている。

普段はボールを保持することで試合をコントロールしていくけれども、相手と状況によってはボールを持たせることでコントロールすることもできるのだ。

相手に持たせるときのレヴァークーゼンは[5-2-2-1]のコンパクトな陣形を形成し、まずは全員がボールより自陣側へ戻る。そしてそこから前進してボール保持者へプレッシャーをかけていく。ボール保持者に対して前進していく方が守備の強度は上がるので、持たせると決めたときにはローブロックになっても、いったんは戻ってから押し出していく。相手がボールを下げれば、コンパクトなまま塊で押し上げていく。この統制のとれた守備を崩すのは簡単ではない。

奪った直後に周囲の味方と繋がるのが早いので、カウンターアタックはスムーズだ。いったん自陣深くまで引いても、そこからパスワークで押し返せるので引きっぱなしにもなりにくい。

いったんボールを持てば、パスワークによってゲームをコントロールできるし、相手に持たれてもコントロールできる。こうした二面性はレヴァークーゼンがバイエルンのような、あるいはマンチェスター・シティのような立場ではないからだろう。一方的にボールを握ったまま勝つというプランAだけでは、無敗記録は打ち立てられなかったに違いない。プランBがあり、さらに選手の初期配置も微妙に変えられる。ローマとの第1戦は、1トップ+2シャドーではなく、ウイングを置く3トップで目先を変えていた。

シャビ・アロンソ監督は秀逸なチームの基本設計だけでなく、技術指導のレベルが高く、さらに相手と状況に応じた手の打ち方も上手い。まだ1シーズンの成功にすぎないが、名監督と呼ぶにふさわしい手腕を発揮している。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)第293号、5月15日配信の記事より転載