文恵さんの症状は安定期に入っていたが、下半身麻痺のために介護が必要だ。スペインの公的な介護サービスは日本ほど充実してはいない。必要なサービスを受けるためには、日本円で月額数十万円の費用がかかる。老後を暮らすには負担が大きすぎた。

家族会議の結果、その年の12月に日本に帰国する方針が固まった。旅の手配をするのは聖司さんだ。

スペインから日本まで1万キロ以上の大移動

まずは、オルメドからマドリード空港まで、約150キロを移動しなければならない。

「それだけは父にお願いしました。母は車椅子なので、日本で言う介護タクシーが必須です」(聖司さん)

文恵さんの夫、ロレンソ・イエズスさんの話。

「オルメドは田舎町なので、介護タクシーを持っているような会社はありませんでした。そうこうしているうちに、隣町に一社だけ車椅子ごと乗れる大型ワゴンのタクシーを持っている会社があることがわかりました」

聖司さんは当初、日本への移送を自分自身でやるつもりだった。しかし冷静に考えると、下半身麻痺の母親を連れて、1万キロ以上の旅だ。途中で何かあったらとても対処できるものではない。

「母は下半身麻痺なので一人でトイレに行くことができません。移動中の排泄に関する不安が一番大きかったです」(聖司さん)

インターネットで検索し、聖司さんはツアーナースの存在を初めて知った。

「こんなサービスがあるのかと、驚きました」

いくつかの会社に連絡をした。一番親身になって相談に乗ってくれたのが日本ツアーナースセンターだったという。

「海外の添乗に慣れたナースをアテンドしてくれました。あと、母の病状のことについても、いろいろなアドバイスをもらえてとても心強かったですね」(聖司さん)

ただ、飛行機の手配などは聖司さんの仕事だった。2020年以降、新型コロナウイルスの関係でスペインから日本への直行便は運休中だ(2024年10月に再開見込み)。スペインから羽田まで、経由地はいくつかの候補があった。