ただし家柄が良くないといかに教養があっても不遇で、それが下級貴族の主人公・まひろの家だ。まひろはその不遇を、知性と教養で打開していく。

まひろは父譲りの勉強好きで、この時代、女性には珍しく漢詩も読みこなした。その知性と教養がゆくゆく世界的文学『源氏物語』を生み出すわけだが、まひろはその知性を貧しい者たちにも分かち合おうとする。

文字の読めない貧しき者が騙されて搾取されることがないよう、文字という武器を得ることでさまざまな格差を打破しようとするのだ。

階級格差も男女差も、学びによってひっくり返る。まひろが影響を受けた藤原道綱母こと寧子(財前直見)の『蜻蛉日記』は初めて女性が残した日記文学で、妾という立場を書き記すことで、寧子は妾という立場の悔しさ寂しさを解消していった。

彼女の文才が精神を癒やすのみならず、夫の愛をつなぎとめることにもなるのだ。

男性による日記以外に、女性の観点で描いた記録があることが、1000年のちの現代にも役に立っているとは、道綱母や紫式部や清少納言は想像しただろうか。

ロバート秋山が演じて視聴者に人気の藤原実資も日記を書くキャラで、歴代妻から、政治に対する小言を日記に書くように助言されている。

日常を観察し書き残す偉大なる記録文学を残した藤原道綱母も実資も紫式部も、悩みを文学にぶつけることで救われているというエピソードは、画的に派手な戦エピソードと比べたら地味ではある。が、いま人間の知性の可能性に目を向けることこそ、終わらない戦争や不安のつきない自然災害やちっとも豊かにならない生活のなか、必要なのではないだろうか。

「婚姻状態にある女性は無能力者」だった時代

朝ドラ『虎に翼』でも、日記が重要な役割を果たしている。ヒロイン寅子(伊藤沙莉)の母・はる(石田ゆり子)の日記が、家長・直言(岡部たかし)の無実の罪を晴らす助けになった。

「婚姻状態にある女性は無能力者」などという法律もあった時代に嫁ぎ(のちにその法律は改正された)、人前では夫を立てて目立たぬようにしてきた妻の記した日々の暮らしの記録が、日本を揺るがす大事件(株式売買をめぐる疑獄事件で、官僚、政治家が逮捕され、内閣が総辞職することになった帝人事件がモデル)の真相を暴く役割を担うのだ。