財政社会学者の井手英策さんは、ラ・サール高校→東京大学→東大大学院→慶應義塾大学教授と、絵に描いたようなエリート街道を進んできました。が、その歩みは決して順風満帆だったわけではありません。

貧しい母子家庭に生まれ、母と叔母に育てられた井手さん。勉強机は母が経営するスナックのカウンターでした。井手さんを大学、大学院に行かせるために母と叔母は大きな借金を抱え、その返済をめぐって井手さんは反社会的勢力に連れ去られたこともあります。それらの経験が、井手さんが提唱し、政治の世界で話題になっている「ベーシックサービス」の原点となっています。

勤勉に働き、倹約、貯蓄を行うことで将来の不安に備えるという「自己責任」論がはびこる日本。ただ、「自己責任で生きていくための前提条件である経済成長、所得の増大が困難になり、自己責任の美徳が社会に深刻な分断を生み出し、生きづらい社会を生み出している」と井手さんは指摘します。

「引き裂かれた社会」を変えていくために大事な視点を、井手さんが日常での気づき、実体験をまじえながらつづる連載「Lens―何かにモヤモヤしている人たちへ―」(毎週日曜日配信)。第8回は「禍福は糾える縄の如し」です。

伝説のギタリスト、アベフトシが大好きだった

みなさんは「Thee Michelle Gun Elephant」というバンドをご存じだろうか?

通称「ミッシェル」。フジロックフェスティバルで観客を熱狂させ、圧死の危険性から演奏を何度もストップされたことで知られる伝説のバンドだ。

東京・下北沢に「屋根裏」というライブハウスがあった。私もちょくちょく出演していたのだが、そのハコの壁にはミッシェルのサイン入りシンバルが飾ってあった。

私はミッシェルのギタリスト、アベフトシさんが大好きだった。屋根裏が生んだ伝説のギタリストだ。あこがれの存在だった。

ただ、負けず嫌いのギタリストだった私にとって、アベさんは嫉妬の対象でもあった。思えば、雲の上の人だったが、私は、人生の節目、節目で、彼の存在を意識して生きてきた。

話は院生時代にさかのぼる。私は、母と叔母が多額の借金をして、大学院に進学させてもらっていたのだが、とうとうその限界が訪れた。