全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。
なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第95回は山口県柳井市にある「フジヤマコーヒーロースターズ」。同店をレコメンドしてくれたimm coffee&roasteryがある岩国市に隣接する柳井市内に、焙煎所兼カフェの本店、やない白壁出張所の2店舗を展開している。店を営む藤山さん夫妻はご主人の博康さんがロースター、妻の舞さんがブリュワーとして、それぞれ全国の競技会で好成績を残しており、2人がコーヒーに対して常に真摯に向き合ってきたことがわかるというもの。「縁ある土地でスペシャルティコーヒーを広める、だれもが気軽に一息つける場所をつくる」ことを目標に開業し、着実にファンを増やし続ける「フジヤマコーヒーロースターズ」の魅力とは。

Profile|藤山博康(ふじやま・ひろやす)
山口県萩市出身。もともと学生時代にコーヒーショップでアルバイトを始め、コーヒーの奥深さに魅了される。大学卒業後は大手カフェチェーンに就職し、店長として店舗の運営も経験。その後、九州ダートコーヒーに入社し、焙煎士として活躍。2012(平成24)年のジャパンコーヒーロースティングチャンピオンシップで全国10位、2015(平成27)年の同競技会で全国7位入賞。2017(平成29)年のジャパンブリュワーズカップで全国7位を獲得した妻・舞さんとともに2018(平成30)年9月、「フジヤマコーヒーロースターズ」を開業。

■ナチュラルモダンな雰囲気で間口を広く
ふくおかコーヒーフェスティバルに参加するなど、イベントでも存在感を放つ山口県のロースタリー「フジヤマコーヒーロースターズ」。以前イベントでコーヒーをいただいたことがあり、その時に奇をてらったことはせず、正統なコーヒーで真摯に勝負しているといったイメージを抱いた。そして、今回店に初めて足を運び、その印象をさらに強くした。

一見、スタイリッシュでモダンな住宅かと見紛うが、大きなガラス窓越しに見える焙煎機がここがロースタリーであることを教えてくれる。重厚な扉を開けるとズラリと並ぶコーヒー豆。瓶に入れられた豆はどれも粒が揃っていて、なにより焼き色にムラがない。店主兼ロースターの藤山さんの丁寧な仕事を感じられる。

■刺激的なコーヒー体験と憩いのカフェ時間を地元に
藤山さんは大手カフェチェーン、卸メインのロースタリーに勤めた後、妻・舞さんと2018(平成30)年9月、「フジヤマコーヒーロースターズ」をオープン。山口県柳井市を開業の地に選んだのは、舞さんの故郷だったから。柳井市は農業を基幹産業に人口はおよそ3万人と決して大きな街ではないが、藤山さんは「地方都市だからこそ、スペシャルティコーヒーの魅力を広めることに意義があると考えましたし、なによりこの町には地域の方々が日常的に気軽に一息つけるカフェや喫茶店がほとんどありませんでした。私は福岡、妻は大阪でコーヒーの修業をしてきたなかで、カフェで過ごす時間の大切さを実感し、それであれば、私たちがこの町でそんな存在になれるような場所を作ろうと柳井市での開業を決めました」と話す。

その言葉通り、店は豆売りを主体とするロースタリーではあるものの、カフェスペースもとてもこだわっていると感じる。背もたれに竹を用いたハンモックのような座り心地のイス、温かみを感じられる一枚板のテーブル、ガラス越しに中庭を望む景観づくりを行うなど、非日常的なひと時を過ごせる空間。窓際のカウンターで静かに本を読む人、話に花を咲かせるママ友グループ、カップルなど、それぞれにカフェ時間を楽しむ姿こそ、「フジヤマコーヒーロースターズ」がこの町にもたらした癒やしだ。カフェメニューもドリップコーヒー(420円)、アイスコーヒー(420円)、カフェラテ(470円)などリーズナブルな価格に設定し、日常的に通いやすい。

藤山さんは「豆をご購入いただくためには、まずコーヒーを飲んでいただくことが一番のプレゼンテーションになります。当店がある柳井市の場合、おそらくカフェ併設ではないと、いきなり自宅用に豆を購入していただくのはなかなか難しいと開業前から考えていました。そうなると居心地の良いカフェスペースは必須で、しかもメニューもできる限り日常的にご利用しやすい価格帯にする必要があります」と説明。一般的に店舗を開業するにあたり、都会かつ市街中心部を選んだり、人の往来が多い通りなどをリサーチするのがセオリーだが、「フジヤマコーヒーロースターズ」は、“本質的な意味での地域に根ざした店づくり”を根本から考えることで、地方でも着実にファンを増やしている。実際、市内の常連はもちろん、市外など遠方から同店を目的に訪れるお客も増えているそうだ。
■焙煎も抽出も、あえてシンプルに
こんなエピソードを聞いて、藤山さんはとてもロジカルな人だと感じた。一方、焙煎は「どちらかというと感覚やフィーリングを大切にしている」という。もちろん焙煎のプロファイルは蓄積しているが、「その日の湿度や温度、排気の抜け方など、焙煎は環境に左右されるもの。数値だけ追いかけていてはダメだと考えています」と藤山さん。
店では15〜16種の豆を常時ラインナップしており、豆の産地、生産処理、焙煎度合いはさまざま。ただ、藤山さんはどのコーヒーにも“冷めてもおいしく飲める”ことを大切にしているという。
「そのためには豆の中心までしっかりと火を入れ、雑味の原因となる要素をできる限り取り除くことが大切です。その点を考慮して導入したのがPROBATの焙煎機・PROBATONE12キロ。熱風式のため、表面だけではなく、豆の芯から火を入れていくイメージで焙煎を行うことができます。競技会に出場した際に使ったことがあり、その時からすごく良い印象を持っていました」

このように藤山さんが目指す味わいの方向性は明確にあるが、お客に対してはシンプルな形でコーヒーライフをおすすめしている。それがよく表れているのがパッケージデザイン。定番のシングルオリジンでも「ガツンと1杯〜もうひとふんばり〜」「目覚めの1杯〜1日のはじまり〜」「まったり1杯〜読書のおとも〜」など、飲むシーンがイメージできる商品名を前面に押し出している。プライスカードには生産国や生産処理、焙煎度合いも書かれているが、あくまで補足情報程度だ。

「スペシャルティコーヒーは豆それぞれに個性的なフレーバーや香り、明るい酸を持っているのが特徴で、よく『プラムのような』『グレープフルーツのような』『アップルのような』といったフレーバー表現をされることがあります。もちろん味わいをイメージさせる言葉としては間違っていないのですが、私は昔からこの表現に疑問を感じることがあって。味わいの感じ方って人それぞれですし、しかもコーヒーから果物のフレーバーを感じるのって、相当コーヒーに精通している人じゃないと、なかなか難しいと思うんですね。私はそれが敷居の高さになりうるという考えから、フレーバーや味わいのアプローチではなく、どんなシーンにしっくりくるのか、という点を大切にお客さまにご提案しています」と話す藤山さん。それを聞いて、「フジヤマコーヒーロースターズ」はすごくお客の目線に近いコーヒーショップだと感じた。この提案ならば、例えばスペシャルティコーヒーを初めて飲むというご高齢の方もイメージしやすいだろう。

さらに、ブリュワーとして店に立つ舞さんの抽出レシピも比較的容易に再現できるのが特徴。ブリュワーズカップの全国ランカーでもある舞さんは「店舗ではどの豆でも蒸らし後の注湯は、一湯で注ぎ切るようにしています。そうすることでどのスタッフが淹れてもほぼ同じ味わいに抽出することができ、カフェでのクオリティコントロールがしやすいんです。また、簡潔なレシピであれば、ご自宅でハンドドリップされるお客さまでも再現しやすい」と説明。

このように、さまざまな角度から見たお客目線を大切にしているのも「フジヤマコーヒーロースターズ」らしさ。一度足を運んだお客から新たなお客へと口コミでファンを増やしているのも納得の一店。2024年7月には柳井市複合図書館・みどりが丘図書館内に新店舗もオープン予定というから、今後の動向にも注目していきたい。

■藤山さんレコメンドのコーヒーショップは「COFFEEMAN」
「福岡市・六本松にある『COFFEEMAN』さん。店主兼ロースターの江口さんの焙煎技術の高さは、ジャパンコーヒーロースティングチャンピオンシップで優勝した実績からも言わずもがな。間違いないコーヒーを楽しめる安定感のある一店です」(藤山さん)

【フジヤマコーヒーロースターズのコーヒーデータ】
●焙煎機/PROBAT PROBATONE12キロ
●抽出/ハンドドリップ(フラワードリッパー)、エスプレッソマシン(SYNESSO)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム864円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=坂元俊満(To.Do:Photo)

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