Man, Painting, Paint image.Public domain, via Wikimedia Commons

美術の知識がなくても、一枚の作品をより深く味わえるのが「対話型鑑賞」です。今回はこの鑑賞法についてご紹介します。

対話型鑑賞(VTS)とは?

MoMA(ニューヨーク近代美術館)Public domain, via Wikimedia Commons

「対話型鑑賞」は、グループで対話を重ねながら美術作品を読み解いていく美術鑑賞の手法です。1980 年代に、ニューヨークの近代美術館(MoMA)で教育部長を務めていたフィリップ・ヤノウィン氏と、認知心理学者のアビゲイル・ハウゼン氏らによって開発されました。「VTS(ビジュアル・シンキング・ストラテジー)」として知られ、アメリカの教育現場に広く取り入れられています。

対話型鑑賞によって、絵や写真など視覚的な情報を読み解く思考力や、それを言語化して伝えるためのコミュニケーション能力、また人の意見を聴く傾聴力などが培われます。

知識の押しつけは美術鑑賞を妨げる

子供たちの前に立つ女性Public domain, via Wikimedia Commons

対話型鑑賞が従来の美術教育と大きく異なるのは、知識に偏りすぎないという点です。普通、美術教育というと、作品や作家に対する知識を教師から一方的に与えられる授業をイメージするのではないでしょうか。美術に限らず、テストが終わったら習った内容をすべて忘れてしまった、という経験を多くの方がされていることでしょう。

MoMA の来館者についてもそれは同じでした。同館で提供する教育プログラムの成果について調査したヤノウィン氏は、「参加者のほとんどがプログラムの内容を記憶していない」という事実に直面します。わざわざ美術館に足を運んで絵を鑑賞し、ギャラリートークなどに積極的に参加する美術愛好家ですらそうなのですから、学校の子どもたちは推して知るべしですね。

「忘れてしまう」だけならまだしも、一方的な知識伝達型の授業は、かえって美術への興味を損なってしまう恐れすらあります。本来は自由な解釈が許されるはずの美術なのに、“正解”が与えられてしまう。作品に向き合って自分なりに解釈をしている途中に専門知識が入ってくると、「作品を正しく理解しなければならない」「知識が必要」という思いに捉われ、自分で見ることをやめてしまうというのです。

もちろん、美術鑑賞にある程度の知識は必要でしょう。作品が制作された当時の社会環境や、宗教絵画であれば聖書の知識など、知れば知るほど絵画の見方が深まっていくのも事実です。ただし、アカデミックな知識は適切な段階に与えられてこそ意味を持ちます。

人がアートを鑑賞する際に起こる思考プロセスを調査してきた認知心理学者、アビゲイル・ハウゼンは、美術鑑賞の発達段階を提唱しています。ハウゼンによると、鑑賞の初期段階は「絵を見て自分なりの物語を作る」ことから始まり、次に「作品を見るフレームワークを構築する段階」へと進みます。その後、絵を見る経験をたくさん積んでいくことで、段階的に絵を見る目が養われていきます。

多くの人は初期段階にとどまっており、それは MoMA の平均的な来館者の姿でもありました。

VTS は、この初期段階に留まる鑑賞者にとって有効な手法です。この段階の鑑賞者は、「この絵の中で何が起こっているのだろう?」とストーリーをあれこれと作りながら、作品の世界へ分け入っていきます。VTS はその思索をガイドしていく役割を果たすのです。

対話型鑑賞の流れ

VTS 自体はとてもシンプルで、以下のような流れで進行します。

• グループで作品をよく見る
• 観察した物事について発言する
• 意見の根拠を示す
• 他の人の意見をよく聴いて考える
• 話し合い、さまざまな解釈の可能性について考える

このプロセスを繰り返し、他者の視点を取り入れながら絵の解釈を深めていきます。
ファシリテーターが間に立ち、グループ間の対話をスムーズに進行させる役割を務め
ます。ファリシテーターは鑑賞者に 3 つの質問を投げかけます。

• この作品の中で何が起こっていますか?(What’s going on in this picture?)
• どこからそう思いましたか?(What do you see that makes you say that?)
• もっと発見はありますか?(What more can we find?)

この作品の中で何が起こっていますか?

「この絵について何か意見はありますか」と尋ねられたところで、即座に発言するのは大人でも難しいのではないでしょうか。それこそ、「絵についてよく知らないといけない」と身構えてしまいそうです。「この作品の中で何が起こっていますか?」という問いかけでれば、気軽に意見を述べることができます。

どこからそう思いましたか?

「どこからそう思いましたか?」という問いかけで、鑑賞者に意見の根拠を述べることを促します。「なんとなくそう思った」だけではなく、視覚的な根拠を示すことで、論理的思考が育まれます。

もっと発見はありますか?

「もっと発見はありますか?」と問いかけ、まだ言及されていない部分に目を向けさせたり、他の鑑賞者の意見を聞いたりします。

ファシリテーターは、さらに、鑑賞者が言及している箇所を指差してグループに共有させる「指差し」、鑑賞者の発言を言い換えてきちんと受け取ったことを示す「パラフレーズ」、個々の発言が相互に影響し合っていることを示す「リンク」というテクニックを用いて、対話を促していきます。

まとめ

美術館の周りに立って絵画を見ている人々のグループPublic domain, via Wikimedia Commons

VTS は子どもの教育プログラムとして発展したものですが、もちろん大人の鑑賞者グループに対しても有効です。絵画鑑賞の習慣がない人にとって、一枚の絵を時間をかけてじっくり鑑賞するのは難しいもの。対話型鑑賞を用いれば、遥かに長い時間、一枚の絵に親しむことができます。

対話型鑑賞を糸口として「作品をじっくり見る」習慣ができたら、徐々に美術史や作者のバイオグラフィーなどを学び、また技法に注目するといった鑑賞法法に拡張していってはどうでしょうか。

対話型鑑賞はさまざまな美術館やオンラインなどで開催されています。ぜひ一度、体験してみてくださいね。

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参考文献:
『どこからそう思う? 学力をのばす美術鑑賞 ビジュアル・シンキング・ストラテ
ジーズ』フィリップ・ヤノウィン、淡交社
『教えない授業』鈴木有紀、英治出版