大会場でのライヴは難しい。Adoの国立競技場ライヴでの「音響問題」が話題になったのは記憶に新しいところだが、今度はONE OK ROCKのライヴでの「見切れ」が話題になっている。

 せっかくチケットを取ったのに、肝心のアーティストがほとんど見えない。そんな悲しい思いをした人は珍しくない。

 この座席問題をどう考えるか。音楽ライター・神舘和典氏の考察。

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ワンオクファンの失望

 5月19日、埼玉のベルーナドームで行われたロックバンド、ONE OK ROCK(ワンオクロック、以下ワンオク)のライヴ「SUPER DRY SPECIAL LIVE Organized by ONE OK ROCK」に、ネットでいくつものクレームが寄せられた。

「音も満足に聞こえずアーティストも見えない」
「ファンを大事にしなさすぎ」

 同じ金額を払っていながら、ステージ近くで正面から観られるお客さんもいれば、遠いお客さんもいる。今回はステージサイドの見切り席、真横近くのためアーティストの姿が見えないお客さんがいた。そのうちの1人が自分の席からステージ側を撮影した写真を投稿。そのがっかりに同調する意見が殺到したのだ。

 写真を投稿したファンはファンクラブの会員で、年間3500円の会費も収めて、抽選でチケットを購入したという。かなり頑張って、プラチナ・チケットと言えるワンオクのライヴの席を手に入れたのだろう。ワンオクにコストをかけている大ファンだ。ネットで写真を見ると、確かにステージ真横のスタンド席で、バンドの姿は見えそうにない。

「明らかにサイド過ぎる見切れは、見切れとうたうべき」

 そんな投稿も目を引いた。見えづらいことをアーティスト側があらかじめアナウンスしておくべきだというわけだ。確かに、見えづらいと知って席を購入するのと、ワクワクして会場にやって来てからドヒャーとがっかりするのとでは心のダメージが違う。

顔が見えない!

 ライヴに足を運んで座席に失望した経験を持つ方は多いだろう。

 見切れ席ではないが、筆者はマライア・キャリーの初来日(1996年)を東京ドームの最後列で観たことがある。自分の後ろには誰もいない。広告看板だけ。アーティストは遥か彼方。ステージはバックスクリーンあたりにつくられ、席はバックネット裏スタンドの上の上なので、距離は200メートルくらいだろうか。山の頂上からふもとの祭りを見ている気分だ。ステージ上のどの人がマライアなのか、モニター画面と照合しながら音楽を聴いた。

 当時のチケット価格を見ると、席は9000円と8000円の2種類のみ。2階スタンド最後列とアリーナ席がほとんど同価格であることに不公平感を覚えないことはなかったが、チケットを手に入れられたのでよしとした。

 つい最近はジャズ・ヴォーカリストでピアニストのダイアナ・クラールのライヴを昭和女子大学人見記念講堂で観た。いいライヴだった。同日、ダイアナの濃いファンである知り合いも来場していた。チケット代は2万円。彼の席は5列目。開演前、とても興奮していた。

 ところが実は彼の席は下手側だった。つまりダイアナの顔は見えない。ピアノを弾き歌う背中を2時間見続けて帰路についた。ジャズ・ピアニストは開演中、ずっと同じ場所にいる。ふり向くことはほぼない。その結果、会場の3分の1くらいのお客さんは背中を見続けることになる。

 その知人には同情した。しかし、しかたがない状況ではある。ステージを回転式にでもしない限り解決しない。ダイアナがやる曲はほとんどがバラード。回転ステージなどあり得ない。雰囲気丸つぶれで、そもそも回りながらまともに演奏できないだろう。

ミック・ジャガーは偉い

 では、どうすればいいのか――。解決策の1つは、少しでも見えるような工夫をすることだろう。

 もっともシンプルなやり方は、アーティストが動き続けることだ。ローリング・ストーンズのヴォーカリスト、ミック・ジャガーは全米ツアー中だが、80歳の今もスタジアムのだだっ広いステージを上手から下手まで使って歌っている。

 ツアーによってはセンターステージをもうけ、360度にアピールする。そのために日ごろからランニングを行っているらしい。これならば真横に近い席でも、時々は彼の姿を見ることができる。高齢のミックがわざわざやって来てくれるのを見て、満足しないはずがない。

 ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで、ブルース・スプリングスティーンのライヴをステージ背後のスタンドから観たことがある。そこしかチケットが手に入らなかった。当然、開演中ずっと本人やバンドの背中を見ることになった。ただしサービス精神旺盛なスプリングスティーンは、頻繁に後ろを振り向いて歌い、こぶしも振ってアピールしてくれた。嬉しかった。

 ステージの作りその他、何らかの理由で動きまわれない場合には、ステージ横のお客さんのためにモニター画面を設置するというやり方を取っているケースもある。これならばステージ上で何が起きているかはわかるので、ライヴに参加した気持ちは持てる。

 このくらいの配慮があるだけでも満足度はかなり変わるかもしれない。

価格の細分化を

 2つ目の解決策は、席の価格に段階をもうけることだろう。先ほどのマライア・キャリーの例を見てもわかるように、日本の場合、ロックやJ-POPでは長年、価格の格差が小さかった。会場の全席同価格というケースもあったくらいだ(クラシックは昔からS席、A席、B席、学生席など複数の席種を設けている)。同じS席でもかなりの差があるのも珍しくなかった。

 しかし最近は、ステージに近くに高価格のVIP席やSS席を設けたり、ステージから遠い低価格の席を一定数作ったりしている。高価格の席のお客さんにはお土産やバックヤードに入れる権利が付いていることもあるようだ。ステージ上の特別席を販売するケースもある。

 アメリカやヨーロッパの会場ではかなり前から、クラシック・コンサートのようによりきめ細かく複数の席種を設けている。いい席は価格が高い。ステージから遠い席は安い。スプリングスティーンのステージ背後の席も正面よりもずっと安かった。

 最近は1席、2席単位で異なるのではないかというくらい、全エリアで価格が違うことも多い。コロナ前の2019年にマディソン・スクエア・ガーデンでイギリスのバンド、ザ・フーを観たが、実に細かく料金設定されていた。どうやって値段を決めているのかは知らないが、ざっと見たところ、適正だという印象を受けた。

 ネットの画面上で、自分の好きなエリア、払える金額を考慮して席を選ぶ。ザ・フーのときは残席わずかで、巨大なマディソンの天井近くの席しかなかった。現在のような深刻な円安ではなかったこともあり、日本円に換算すると1万円以下で観られた。一方でアリーナのステージ近くは10万円以上だった。

日本もよりきめ細かい価格設定に?

 同じ2019年には、アイルランドのバンド、U2が来日。さいたまスーパーアリーナで、ステージ近くのスタンディング・エリアは6万円。グッズ付きのSS席が3万8300円。もっとも安いスタンディング・エリアの後方は1万5800円だった。

 このツアーを筆者は、アメリカのフロリダ州マイアミの、ハード・ロック・スタジアムで観た。この時もマディソンのザ・フーと同じように、細かい価格設定が行われていた。

 当時還暦近かった筆者にとって、スタンディングのアリーナ・エリアで3時間近いショーを立って観るのはつらい。しかも身長は160センチ台なので、巨大なアメリカ人に囲まれたらステージは見えない。そのうえアリーナは価格が高い。だから、ネット画面で下手側のスタンド席を選んだ。2階席だったこともあり、日本円で7000円台だった。もちろん満足した。アメリカで観る場合のチケット代は、屋内よりも野外会場のほうが概して安い。

 今後、日本のイベンターもよりきめ細かく価格設定することが求められるようになっていくのではないだろうか。そんなことをしたら手間がかかり、チケット代が高くなってしまう可能性もあるとはいえ、AI技術を導入して解決できないものだろうか。

 ちなみに筆者は、2000〜5000席のホールならば単純にステージ近くの席が確保できるとうれしい。一方、3万人を超えるスタジアムの場合はステージから遠い席も好きだ。会場全体を俯瞰できて、音楽だけでなくファンの熱狂も楽しめる。とくにロックの場合、すでに還暦を過ぎた身でずっと立つのはつらい。年齢相応に、傾斜のあるスタンド席で座ったままステージを楽しみたい。

神舘和典(コウダテ・カズノリ)
ジャーナリスト。1962(昭和37)年東京都生まれ。音楽をはじめ多くの分野で執筆。共著に『うんちの行方』、他に『墓と葬式の見積りをとってみた』『新書で入門 ジャズの鉄板50枚+α』など著書多数(いずれも新潮新書)。

デイリー新潮編集部