5月から6月にかけて電気料金が上がる。原油高に加えて、再生可能エネルギー促進のための負担金が増すからだ。「自然に優しい再生可能エネルギーを伸ばすべきだ」といった“正論”に異を唱えるには勇気が要る。

 しかし、本当にその正論に隙はないのだろうか。

 日本の林業、木造建築や森林に詳しく、『森林で日本は蘇る』などの著書がある研究者の白井裕子・慶應義塾大学准教授の論考をご紹介する。

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5月から6月にかけて電気料金が値上げ

 電気料金が5月から6月にかけて全社値上げとなる。

 理由は二つ。

 一つは物価高騰対策で政府が実施していた負担軽減措置が廃止されることだ。

 そしてもう一つが再生可能エネルギー発電促進賦課金(以下、再エネ賦課金)の負担増である。再エネ賦課金は、名前の通り、再生可能エネルギーを利用した発電を促進するためのコストの一部を消費者(国民)に負担させるものだ。

 ただ、一口に再生可能エネルギー(以下、再エネ)と言ってもさまざまだ。太陽光や風力、水力は、ほぼ永続的に得られる性質を持つ。

 一方、再エネとされるものの、バイオマスは異質で、化石燃料のように燃やされ、二酸化炭素を排出するという特徴を持つ。バイオマスには、家庭や産業から出るゴミや、森など自然環境から出るものがある。

 日本の場合、国土の約7割が森林であることはよく知られている。森林大国・日本において森林は面積にして2500万ヘクタール、量にして55億立方メートルに達する。ならば木を原料としたバイオマスの活用を進めればいいのではないか。そう考えるのも無理はない。

 ところが、問題は自然環境から取るバイオマスは、やり方を間違えると持続性がないどころか、環境破壊にも繋がる点だ。

 そしてこの点において、残念ながら日本の木質バイオマス活用には、持続性などに疑問符の付く事業がある。

 どのようにすれば日本の豊富な森林資源を無理なく、環境破壊もせずに再エネとして利用することができるか。

 ここで参考になるのがオーストリアである。

 実は林業の分野でも、同国は日本のお手本となってきた。そして今、木質バイオマスの利用においても先生となりうる成果を出している。

 成功の秘訣(ひけつ)はなんだろうか。わが国にも可能性はあるはずだ。オーストリアを知ると、日本でもやるべきことが見えてくる。

まず日本では

 まず日本の木質バイオマスのエネルギー利用の問題点を挙げておこう。

 最初の問題は、本来、建築用材として使える資源までもが燃料として燃やされている点だ。

 請け負う業者は、木を伐ることで、補助金や手数料などを原資とするお金が手に入る。収益アップを目指すには、とにかく量を伐ればいい。とにかく買ってもらえればいい。バイオマスプラント向けの伐採は、適当な長ささえあれば、どのような伐り方がされていようが、なんでも引き取ってくれるため、伐り手にとっても容易な仕事だ。

 困ったことに、伐採後、植林をしなければならない状態でも、それを怠っている業者が多い(エネルギー利用だけが原因ではないのだが)。結果として、「伐りっ放し」の山林が全体の6,7割に達すると推定されている。これは土砂災害の危険も招くことになる。これではまったく自然に良いとはいえないではないか。

成功する条件

 林業先進国オーストリアはどのように再エネのための資源を生み出しているか。

 オーストリアに原子力発電所はない。エネルギーの国内生産のシェアは大体3割で、この国内生産のうち、約半分がバイオマスによるエネルギーである。エネルギーの2割弱がバイオマスによるものである。

 その際の燃料で最も多いのが製材から出る大鋸屑(おがくず)等いわゆる副産物(3割超)、次は昔から使われてきた薪(25%)、あとは紙パルプ産業から出る廃液や家庭ゴミ等である。全体で見ると、森林由来の木質バイオマスが8割を占める。

 これらは、ほぼ国内で調達されている。

 このように、オーストリアで、木質バイオマスのエネルギー利用が進んだのは、「再エネ利用は自然に優しい」というお題目だけが理由ではない。もっと合理的な理由があるのだ。

 木質バイオマスのエネルギー利用が、既存の林業や製材業、そしてエネルギー消費の構造において存在する意味を獲得している点が大きいだろう。

 どういうことか。もう少し詳しく説明しよう。

余ったものをエネルギー利用に回す

 オーストリア全土は、北海道とほぼ同じ広さで、森林面積は399万ヘクタール、森林率は47.6%と国土の半分に満たない。しかしオーストリアで木を伐っている量は、毎年約2000万立方メートルもある。木を伐って、丸太を取り出せば、端材や枝葉が残る。これをエネルギー利用に回すのだ。

 オーストリアの製材業では輸入丸太が国内供給量を上回る。自国の森林資源をギリギリいっぱいに伐り、さらに他の国から丸太を買ってきて製材していることになる。この製材の過程で丸太から四角い用材を取り出すと、その後には背板や大量の大鋸屑、樹皮が残る。これもエネルギー利用に回す。

 また、近年、暴風や猛暑、虫害により損傷した木が大量発生している。被害木は森林内に放置せず、伐り出す必要がある。これもエネルギー利用に回す。

 このように、既存の林業や製材業で余ったものをエネルギーに利用している。とても合理的である。日本のように「とにかく発電する」ことが目的になり、そのために本来マテリアルとして使える木材まで転用したり、燃料を輸入したりするのは、オーストリアを見ると、本来の姿から外れているのが分かる。

 オーストリアで筆者が2020年に現地調査した時には、エネルギー利用に回せる木質バイオマスは余っているとのことだった。エネルギー利用する木質バイオマスは低価格帯であり、価格が高騰する理由も見当たらない。

 オーストリアで、製材用丸太の価格は、エネルギー利用するものの約4倍である。資源はまず高価格帯の材料(マテリアル)として流通し、エネルギー利用するものは他で販売できなかった残りで、取引価格は最も低い。

 繰り返しになるが、エネルギー利用する資源は、林業や製材業の生産過程で発生する副産物、廃棄物である。処理費がかかる廃棄物をエネルギーにして、対価を得ることに意味がある。

発電より、まず熱生産

 日本では「発電」という目的が先行しているが、実は木質バイオマスは「熱生産」に向いた燃料だという点も、日本の抱える問題である。オーストリアではこの熱の利用を重視している。そして、冬季の暖房は熱(温水)によるのが一般的だ。

 この熱を作るための燃料を、化石燃料から木質バイオマスに代えるのであれば、確かに再エネとしての意味があるだろう。既存のエネルギー消費の構造においても、意味を獲得したことになる。燃料を、化石燃料から木質バイオマスに代えても、配管を流れるのは同じ温水であり、建築内の配管はそのまま使用できる、つまり既に使えるインフラもある程度、存在している。

 一方、オーストリア国内最大の発電所、ウィーンのシマリング発電所もバイオマスの発電には苦戦しているようだった。現地で話を聞くと、

「木質バイオマスのエネルギー利用は、電力だけでは採算が合わないため、熱を中心にした併給でなければ、成り立たない」

 と言われた。シマリングでは、熱の需要が低下する夏期には、発電を水力や風力に切り替えて対応するとのことだった。

国家というより、身近な地域でエネルギーを自給する意味

 オーストリアでは、木質バイオマスの「燃料」として、「エネルギー」としての特性を生かし、さらに木質バイオマスのエネルギー利用は、地域の自立にも一役買っている。

 オーストリア企業の半分以上は家族経営の会社(一人の会社を除く)で、また農林業従業者のうち、5人に4人は家族で働いている。オーストリアにおいて小規模事業者が担う役割は大きい。このような人々が近くの森から伐ってきた木を使い、そして地元の林業や製材業から出る残りものを利用して、さらにプラントも自前で賄い、エネルギーを生産し、自給する。こういった取り組みも脚光を浴びており、雇用や経済効果を試算されている。地域社会は、みずから自立する方向に舵を切る。

 木質バイオマスは嵩張(かさば)るのが弱点だ。運搬すればするほど、コストがかかり、二酸化炭素も排出するという性質がある。しかし、国内、それも近場から調達することで、これらを抑えることができ、結果的に価格低下にも繋がる。

 また、まとめて熱(温水)を作って、周囲の施設や家々に回すこともされている。これを地域熱供給という。オーストリアでの地域熱供給の半分以上はバイオマスによる供給だ。

日本が問われていること

 一方で、日本はどうか。

 筆者はオーストリアで、「日本のように用材丸太をエネルギー利用することはない」と言われたことがある。わざわざ「日本のように」と言葉を付け加えたのは、以下のような事情を向こうが知っているからだろう。

 日本でも製材廃材は使われているが、先ほども触れたように、わが国にはバイオマス発電のために、本来ならば用材にできる国産材を製材所と奪い合ったり、燃料にするバイオマスを海外から大量に買ってきたりするプラントがある。

 残り物を使うことで、木を資源としてフルに活かそうとしているオーストリアとは随分と状況が異なる。

 また、日本では輸入が多いということは、海外の動向に振り回されるということになる。それがその土地に還る資源ならば、環境問題に直結するし、処理すべき廃棄物ならば、海外からゴミを買っていることになる。

 オーストリア人と話していると「それは意味があるか」とよく問われる。

 今、自分の利益になるか、ではなく、産業のため、地域のため、環境のため、将来のため、それをする意味があるか、どうかを問うているのである。

 再生エネでなくても、先を焦ると「それは意味があるか」と問いたくなることが、多くなるような気がする。

 木質バイオマスのエネルギー利用は、他の再エネとは異なる特性を活かし、そして林業や製材業の勢いを取り戻して、ようやく本意を遂げるのではないだろうか。

 国民から徴収する賦課金がこうした大きな視点で有効利用されることが強く望まれる。

白井裕子(しらい・ゆうこ)
慶應義塾大学准教授。早稲田大学理工学部建築学科卒。稲門建築会賞受賞。ドイツ・バウハウス大学に留学。早稲田大学大学院修士課程修了。株式会社野村総合研究所研究員、早稲田大学理工学術院客員教授などを務める。工学博士。一級建築士。著書に『森林で日本は蘇る』『森林の崩壊』。

デイリー新潮編集部