電車にほぼ乗らない佐賀県唐津市生活に入ってから約3年半、ここまで快適だったか、と心から感謝しています。なにしろ朝の通勤時間帯に仕事をしながらネットのトレンドワードを見ると「満員電車」や「千代田線」といった言葉が目立つんです。これは、電車がギューギュー詰めで苦しいことや、信号故障や人身事故で電車が遅延・運休することを意味します。

 それに添えられる写真は入場規制で人が溢れる駅の様子だったり、バスへの長蛇の列だったりする。これに耐えて仕事や学校に行ける人の忍耐力には感服するしかありません。

 私も会社員の時はJR立川駅を朝7時ごろ出る満員電車に乗り、8時40分ごろにJR田町駅に着き、帰りは23時40分ごろの山手線に乗って24時手前の東京駅発大混雑の中央線で帰る生活をしていました。さすがにコレは耐えられず1年おきに少しずつ会社に近い場所に引っ越すも、定時があるだけに満員電車を避けて通れない。

 だったら会社やめるわ、と安易にフリーになったのですが、それでも月に5回ぐらいはアポの関係で満員電車に乗らざるを得ない。この生活が19年続いた後、唐津に引っ越し、満員電車、いや電車そのものとは無縁の人生を獲得したのです。

 多くの都会人からすれば「甘い! 甘すぎる!」と言いたくなるでしょうが、個々人によって耐えられないモノなんて違うんですよ。月に5回の満員電車がないだけでなんて快適なんだー!といった感慨がありますが、なんでここまで満員電車が嫌いなのかといえば、きっかけは予備校時代。

 1990年代前半の予備校講師って、学生運動上がりの左翼が多かったのですが、小論文の講義でこう主張する講師がいた。

「キミたちは今日も満員の小田急線か京王井の頭線でここに来たことだろう。それをキミたちは批判的に見なくてはならない。なぜか。満員電車というものは人権侵害そのものなのだ! なぜ、キミたちはトラックで運ぶ家畜や船に立って乗せられた奴隷のように扱われなくてはいけないのだ! 満員電車にキチンと文句を言える人材になれ!」

 当時19歳の私はこの言にいたく感じ入り、以来満員電車を憎悪するようになったのでした。確かに見知らぬ人とずっと接触したり足を踏んづけられたり、クサい息をかぎ続けるのはキツい。女性の場合は痴漢被害が、男性は痴漢冤罪もあり得る。この講師が言う「人権侵害」は事実なんですよね。

 満員電車が苦痛な方は、一つの目標として「満員電車に乗らない人生を獲得する」を掲げるといいと思いますよ。ものすごく明確な目標って実は達成しやすいんですよ。だって「完全在宅ワークの会社に入る」とか「タクシー移動だけで過ごせる財力を持つ」とかになるわけですから。

 そういえば小池百合子都知事、2016年の都知事選の公約で「満員電車ゼロ」を掲げていましたね。全然実現していないじゃないか! いや、コロナ騒動初期の2020年は確かに電車ガラガラでしたね。小池氏、今後国政に打って出る時に「私は東京の満員電車ゼロを実現しました! 私は有言実行の政治家です!」とか言い出しかねないぞ。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

「週刊新潮」2024年5月16日号 掲載