過去に世間を騒がせたニュースの主役たち。人々の記憶が薄れかけた頃に、改めて彼らに光を当てる企画といえば「あの人は今」だ。今回紹介するのは、約30年前に世界中を騒がせた「ジョンベネ事件」で“妹殺し”の汚名を着せられた兄の凄絶な半生だ。

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 父親は年商10億ドル超のコンピューター会社の経営者、幼い息子と娘がおり、娘は母親と二人三脚でアメリカ中の美少女コンテストに出場している。絵に描いたようなそんな上流家庭が、1年で最も幸せな時間を過ごす日に事件は起きた。

 そう、それがクリスマスの夜だったことも、世界中の関心を呼ぶ一因になったのかもしれない。

 コロラド州ボルダー市に住む当時6歳のジョンベネ・ラムジーちゃんが変わり果てた姿で見つかったのは、クリスマスから一夜明けた1996年12月26日のことだった。自宅地下にあるワイン貯蔵庫で、首を絞められ毛布にくるまれた状態で発見されたのだ。

数々の週刊誌が唱えた“身内による犯行説”

「ジョンベネ殺害事件」を巡っては、直後からセンセーショナルな報道が繰り広げられてきた。発生からわずか2年のうちにアメリカの週刊誌がジョンベネ事件を扱った記事は2000本を超えるといわれる。

 多くの人がこの事件に関心を抱く背景に、両親の存在があったことは間違いない。なにせ、これらセンセーショナルな報道の大半が、「父親はジョンベネと近親相姦関係にあった」「夫と娘の関係に気付いた母親が激怒して殴り殺した」「寵愛を受ける妹に兄が嫉妬した」などと“身内による犯行説”を唱えていたのだ。

〈ラムジー邸に外部から侵入した形跡はなかった〉

〈遺体に付着していた精液が父か兄のものである可能性がある〉

〈遺体発見直後、父親が遺体に付着していた精液を拭き取った〉

“身内による犯行”を裏付けるために挙げられた状況証拠は枚挙にいとまがない。

「兄があやめた」という大見出しを見つけ…

 ところが、これらのほとんどが事実誤認に基づくミスリードだったという。

 事件に詳しいジャーナリストによれば、

「結局、当初出ていた報道はほとんどが当局からのリークをもとにしており、捜査員たちの“身内犯行説”をなぞるものに過ぎなかった。“両親は捜査に協力的でなかった”との批判もありましたが、このような警察への不信感がそもそもあったのでしょう」

 娘を凌辱され、命を奪われた上、世界中から「家族殺しの犯人」だと後ろ指をさされ続ける。テレビをつけても、新聞を開いても、自分たち家族の顔が大写しにされ、「殺人犯」のレッテルが貼られている。その精神的負担たるや想像を絶するものだったに違いない。

 中でも夫妻が気を病むことになったのは、事件当時、ジョンベネの兄・バークがまだ9歳だったことだ。

「アメリカのメディアは9歳の子どもがいようとお構いなし。父親のジョンは後のインタビューで“自分たちが容疑者にされていることをいかに息子に気付かせないかに腐心した”と話しています。バークと買い物に訪れた母親がスーパーで『兄があやめた』というタブロイド紙の大見出しを見つけ、野菜を放り投げてバークを外に連れ出したこともあったそうです」

 捜査当局がDNA鑑定の結果、ラムジー一家を容疑者から外すと発表したのは事件後、10年以上が経過した2008年になってから。ジョンベネの母親は、度重なる心労からか、卵巣がんに侵され、この報せを聞くことなく、06年6月に49歳の若さで亡くなっている。

「ただただ、普通の子どものように育ちたかった」

 母親が息を引き取った2カ月後には、「ジョンベネを薬物漬けにして殺害した」と主張するアメリカ人男性がタイで逮捕されたこともあった。だが、

「結局、DNAの型が一致せず、ジョンベネ殺害事件については“嫌疑なし”に。彼はこの事件を研究するアメリカの大学教授に犯人を名乗るメールを送り続けていたのですが、全て妄想だったわけです」

 10年の時を経て逮捕された“犯人”もシロ。となれば、再び始まるのが「では、誰がジョンベネを?」という散々繰り返された、おなじみの問答である。それは同時に、疑いの目が再び家族にも向けられることを意味していた。

 依然としてくすぶっていたのは、兄が妹を手にかけ、両親が隠蔽(いんぺい)したという「兄犯行説」だ。

 バークは事件から20年の節目となる16年に、心理学者が司会を務める人気トーク番組に出演している。「事件を風化させたくない」と初めてメディアの前で思いを語ったのだ。

「バークは05年にアメリカを代表する名門校の一つであるパデュー大学に入学。卒業後はソフトウェア・エンジニアとして働き、両親と違って、表舞台に出てくることはほとんどありませんでした。番組では『自分が犯人かのように報じられているのは悪夢のようだった』『ただただ、普通の子どものように育ちたかった』と切実な心情を吐露。自分たち家族への疑いに対しても『証拠を見れば、それが事実でないことは分かるはず』などと反論していました」

850億円を請求する訴訟

 ところが、疑いを晴らしたいという兄の積年の願いは、いともたやすく裏切られることになった。

 トーク番組が放送された直後、アメリカ三大ネットワークの一つであるCBSが「ジョンベネ殺しの犯人は兄のバーク・ラムジーだ」と示唆するドキュメンタリー番組を放送したのだ。事件後、ジョンベネの胃袋の中からパイナップルが見つかっていたが、「このパイナップルを巡るけんかがエスカレートした」というのが、番組の読み筋であった。

 この放送に激怒したバークは、名誉毀損(きそん)だとしてCBSなどに合計7億5000万ドル(当時約850億円)を請求する訴訟を提起。

「19年に両者の間で和解が成立したと報じられました。和解金は明らかにされませんでしたが、おそらくバーク側に有利な条件だったのでしょう」

ここへきて新たな動きが

 事件から今年で28年。家族にとってあまりに長い時間が流れたが、ここへきて新たな動きも見られるという。

「事件が起きたコロラド州の捜査当局は、昨年、ジョンベネ事件を『未解決事件調査チーム』による検討対象としました。チームは捜査で集められた筆跡やDNA、靴跡など2500点近い証拠と、聞き取り調書など4万件に及ぶ報告書を全てデジタル化して分析し、FBIや民間の分析会社などと連携して捜査を行う地元の署に助言を与えたのです」

 長年、捜査機関と確執があった父親も、この動きを肯定的に評価しているという。だが、その父親もすでに齢80。残された時間はあまりない。

「週刊新潮」2024年5月2・9日号 掲載