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東京外国為替市場ではドル・円相場が4月に一時、34年ぶりとなる1ドル=160円台をつけた後は同150円台半ばの水準で一進一退を繰り返している。足元の円安・ドル高の背景にある日米の金利差に開きがあることから、依然、円安は続くとの見方も多い。しかし、金融市場を長く分析してきた元SMBCフレンド証券投資情報部長でロータス投資研究所代表の中西文行さんは「円安はピークに近い」とにらむ。

 ドル・円相場は5月22日時点で1ドル=156円台で推移している。4月29日と5月2日に政府・日銀がドルを売って円を買う大規模な為替介入を行ったとみられているが、その後は160円台を目指すような円安・ドル高の動きは抑えられている。

■為替介入への警戒感は続く

 中西さんは言う。

「今回の為替介入の規模は大きく、しかも米国の同意もなく、単独で実施したと言われています。為替介入を行ったかどうかについて政府は明言しませんが、少なくても市場に対して『これ以上の円安を容認しない』という姿勢を示すことには成功しました。実際にその後、イエレン米財務長官が日本の為替介入を念頭に『極めてまれなこと』『いつも機能するとは限らない』などと日本の金融当局とは距離を置くような発言をした後にも、1ドル=160円の水準を突破できていません。為替介入への警戒感は続いています」

 中西さんは、円安・ドル高の動きが比較的落ち着いているようにみえるのは、介入への警戒感だけが原因ではないとみている。ドル・円相場の1987年以降の長期間の値動きを示すチャートをみても、そろそろ円安・ドル高の流れは変わりそうだという。

1ドル=150円台半ばの水準で一進一退を繰り返している

「毎月の値動きを示す『月足』のロウソク足は、2015年6月を起点とするドル高・円安の長期サイクルはすでに8年を超えています。1987年以降のドル高・円安のサイクルは、約8年から9年で完了するパターンを示しています。つまり、そろそろピークに近い。さらに日米の金融政策に対する姿勢やファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を考えても、これまで続いてきた『円安シナリオ』は崩れつつあると言ってもいいんじゃないでしょうか」

 米国では4月の小売売上高や雇用統計、消費者物価指数など市場の予測を下回る指標が相次いだ。米国の物価の値上がりが落ち着きそうだとの見方が広がり、米国の中央銀行にあたる米連邦準備制度理事会の早期の利下げ観測が強くなっている。さらに6月に発表される5月の雇用統計などでそうした見方が確認できれば、利下げへの確信はより強くなるという。

■以前よりもはっきりと示すように

 日本でも、3月にマイナス金利政策を解除した日銀が追加利上げに動くとの見方が大きくなっている。自身の発言が市場に「円安容認」と受け止められ、ドル・円相場が一時1ドル=160円台まで進むきっかけをつくった日銀の植田和男総裁も、最近は為替の動向を見極める必要性を以前よりもはっきりと示すようになった。

 円安は輸入物価の上昇を通じて国内の物価の値上がりをもたらし、消費者の負担を重くしてきた。燃料や原材料を輸入に頼る企業の業績にも響く。一方で輸出関連企業にとっては追い風だ。円安・ドル高によって海外で稼いだ利益がかさ上げされるためだ。

 このため円安シナリオが崩れ、仮に円高・ドル安に転換すれば、株式市場も転換点を迎える可能性が高いという。中西さんは言う。

「原油価格や資源価格など国際商品市況が大きく変動しないことを前提とすれば、円高・ドル安へのトレンドの転換が確認できたら、株式市場の物色の矛先は変わるでしょう。それまで円安が追い風となってきた輸出関連銘柄から、円安による輸入物価の上昇が逆風だった内需関連株へとお金が流れるようになる。分かりやすく言えば『トヨタ売り・東京電力買い』といったところです。輸出関連銘柄には値がさの大型株が多い。これに対し、内需関連は低位株や中小型株が中心です。値がさ株の動きに左右されやすい日経平均株価の上値は抑えられてしまう恐れがあります」

 内需関連銘柄だって安心はできない。円安も支えとなってきたインバウンド(訪日客)需要が変調をきたす可能性もあるためだ。外食やホテルといった観光需要が冷や水を浴びせられれば国内の消費にも影響が出る。

■株式市場に激震が走る

 加えて現在、中西さんが心配しているのが国内の政治の動向だ。新聞各社が行った4月の世論調査では岸田内閣の支持率は20%台で、低迷が続いている。自民党派閥の政治資金パーティを巡る裏金問題が尾を引き、今国会での政治資金規正法改正を目指す取り組みも国民からほとんど評価されていない。

「岸田文雄首相は、このままでは9月の自民党総裁選で再選するのも危うい状況です。再選の可能性が低いのだったら、起死回生を図るため衆院解散、総選挙に打って出ようと考えるかもしれません。でも今のような状況で総選挙をやったら、与党の議席は大幅に減りかねない。強引に仕かけたら、政治資金規正法の改正を巡ってすき間風が吹く自民と公明両党が連立を解消するリスクだってあります。さらに立憲民主党や日本維新の会など野党が協力し、政権交代が実現するようなことがあれば株式市場には激震が走るでしょう」(中西さん)

 中西さんは、ドル・円相場や国内政治、さらにウクライナ危機や中東不安といった国際情勢など株式市場を取り巻く状況をみていると「今は相場を引き上げてくれるような材料はなかなか見当たらない」と漏らす。日経平均株価はこの先、2月につけた史上最高値4万815円から1割以上調整した水準の3万5千〜3万6千円程度まで下落する可能性もあるとみていると話す。

(AERA dot.編集部・池田正史)