「世に出ている『仕事術』なんて嘘ばっかりじゃないか」

 こう、いきなり投げかけてくるのが、テレビディレクターで作家の上出遼平氏が上梓した『ありえない仕事術 正しい〝正義〟の使い方』(徳間書店)だ。テレビ東京在籍時代に食をテーマにした“伝説”のドキュメンタリー番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズを手掛けた上出氏。マスメディアで10年間かけて培ったコンテンツ制作に必要な考え方を凝縮した書だ。

 ただ、この本に書かれているのはそれだけではない。仕事への向き合い方を論じた第1部から、第2部へと読み進めていくと、読者は「大いなる仕掛け」に直面することになる。多くの出版社から「仕事術」執筆の依頼を受けながら、全て断ってきたという上出氏が、あえて「仕事術」と冠したビジネス書を執筆した目的はどこにあるのか。話題作であり、問題作でもある同書執筆の裏側を聞いた。

●「仕事術の本を出すのはダサい」 カウンターになる書籍を

 『ありえない仕事術 正しい〝正義〟の使い方』のタイトルを見ただけで、その内容を言い当てられる人がいるだろうか。

 「はじめに」によると、上出氏はこれまでたくさんの出版社から仕事術の執筆依頼を受けながら、全て断ってきた。その理由を「世に出ている『仕事術』なんて嘘ばっかりじゃないか」と思っていたからだと打ち明ける。

 目次を見ると二部構成になっている。第一部のタイトルは“そもそも「仕事」とどう向き合うべきか”。第二部は“ドキュメンタリーシリーズ『死の肖像』”。第二部の最後の小見出しは“拘置所にて”となっていて、ますます内容が分からない。

 いったいどんな本なのか。ネタバレになるため全ては明かせないものの、上出氏は内容を次のように表現する。

 「第一部はストレートな仕事術です。テレビというマスメディアで10年間ほどかけて培ってきた、コンテンツ制作の経験や発想の方法を言語化しました。不特定多数の人に対してどのような文法を使えば興味を持ってもらえるのか、どうすれば伝わるのかを具体的に盛り込んでいます。第一部だけを読み込んで理解してもらえれば、企画書作りや商品開発にも使えるでしょうし、例えばYouTubeの視聴回数を伸ばしたいといった要望にも応えられるのではないでしょうか」

 続けて第二部についても教えてくれた。

 「第二部にはトリッキーな仕掛けを施しています。僕にとっての仕事術は、定型化されたジャンルを壊していくこと。既存の様式を壊していくことが新しい価値の創造だと考えています。これ以上詳しい内容を明かすのは避けますが、第二部には大いなる仕掛けがあって、今までの仕事術の本とは全く違うけれど、読み終わったときに確かに一つの仕事術の提示になっているのが『ありえない仕事術』です」

 上出氏は“世に出ている「仕事術」なんて嘘ばっかり”と吐き捨て、“ともすれば、その「仕事術」は画一的な「成功」の形を押しつけて、「幸福」の可能性を狭めている可能性さえある”とまで書いている。にもかかわらず、今回「仕事術」の本を書いたのは独特な理由からだった。

 「仕事術の本を出すのはダサいとずっと思っていました。けれども、悔しさも感じていました。なぜなら、書店で目立つように並んでいるのは仕事術の本ばかりだからです。Amazonのランキングでも、仕事術や投資術、楽してもうける方法、チープな自己啓発の本などが上位を占めています。でも、本が好きで書店に行くのも好きなので、本の面白さはもっと別のところにあると思っていました。そこで、仕事術の本に対して何かカウンターになるものが書けないかと考えました。書くなら物語を書きたい。でも、物語は売れない。仕事術でなければ売れないのであれば、『仕事術の形を使って物語を書けばいいんだ』とアイデアが浮かびました。ちょうどそのタイミングで編集者からお声がけをいただいたのが、執筆に至った経緯です」

●ドキュメンタリー制作者が抱える矛盾をさらけ出す

 上出氏はテレビ東京在職中に携わったドキュメンタリー番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズで、放送番組の賞で最も権威があるギャラクシー賞を2019年に受賞した。翌年に書籍化もして話題になるなど、テレビと出版の両業界で注目された存在だ。

 一方で、別の点から業界に衝撃を与えたのが、講談社の文芸誌『群像』の2021年4月号に寄稿した「僕たちテレビは自ら死んでいくのか」だった。上出氏が暴走族の少年を取材して制作した音声配信番組が、一旦は審査部から「問題なし」と判断されながら、テレビ東京ホールディングス社長の反対などによってお蔵入りした顛末を書いたものだ。

 この問題が起きた後、2022年6月に上出氏はテレビ東京を退社することに。退社を決断した理由を明かしてくれた。

 「もともとテレビ東京では30歳くらいまで働けばいいのかなとぼんやり考えていたものの、担当する番組がずっと途切れなかったので、辞めるタイミングがありませんでした。それが『群像』に寄稿したことをきっかけに、社内での立場が悪くなって動きづらくなりました。いろいろなことが制限されるようになったので、いよいよ飛び出した方がいいのかなと思ったのが退社の理由です」

 寄稿への反響も引き金を引いた。

 「寄稿したことで、いろいろな部署の人から感謝の声や、応援しているといったメッセージが届きました。応援自体はうれしかったのですが、若造が声を上げたことに対して、先輩たちが水面下で応援するのではなくて、何でみんな表に立って声を上げないのかとも思いました。寄稿によって経営陣と対話する場ができて、後輩が番組をつくりやすい環境ができればいいなと考えていたものの、組織としては『許すまじ』という対応で、結局何も解決しませんでした。だから、敗北ですよね。テレビ東京で感じたメディアに対する失望も、この本の中には少しずつ紛れ込んでいると思います」

 『ありえない仕事術』では、メディアが抱える問題点もさらけ出している。その一つが、かつて報道業界に身を置いていた人物から、ドキュメンタリー制作者は「不幸探しのプロ」だとしてハゲワシを意味する「ハゲ」と呼ばれる場面だ。ここでは声なき声を発信するドキュメンタリーの役目を果たそうという思いと、他者の悲劇を商業利用していると批判されることの葛藤がつづられている。この場面を描いた背景を聞くと「ドキュメンタリー制作者が抱える矛盾や、グロテスクな側面を自己批判として書いた」と話す。

 「この本によってドキュメンタリー制作者に対して悲劇の商業利用といった目線が広がってしまうことは、僕にとってはネガティブなことで、自分の仕事を否定される可能性が高まるかもしれません。だから、自分で書きながら震えあがっていました。でも、そういう批判的な目線を自分の中で持ち続けることは、すごくタフなことだと思います。僕も年を取れば取るほど体力がなくなって、批判から目を背けて、自己都合で番組を作るようになるかもしれません。そうならないように、自分に対する批判的な目をあえて外に出しておくことで、自分の戒めになるように、この本で準備しました」

●日本のメディアはもっと海外に出ていくべき

 上出氏は2023年から米ニューヨークに拠点を移し、ディレクター、プロデューサー、作家として活動している。日本の映像メディアが今後も成長するためには、世界に出て行くしかないと考えつつも、それができていない現実に強い危機感を感じていると話す。

 「日本のメディア企業はもうかっていないですし、人口もさらに減少しますから、企業として成長したいのであれば、どう考えても海外を目指す必要がありますよね。世界で通用するコンテンツを作るにはお金が必要です。身を切ることも含めて多くのリスクを抱えなければできません。だけど、そこまでの覚悟を持って海外で戦おうと考える日本企業や日本人はいないのが現状です。それ以前に、映像を制作できて英語も話せる日本人があまりに少ないことも、日本のメディアが海外で戦えていない理由の一つだと思います」

 いま上出氏は米国で新たな挑戦を続けている。

 「僕自身も、もっと早く米国に出てくるべきだったと感じました。どこかの国の企業に買収されるような未来が来る前に、まだ少しでも余裕があるのであれば、企業も個人も今こそ挑戦すべきではないでしょうか」

 上出氏が手掛けた「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズは、グルメバラエティ番組の体裁をとりながら、アフリカの小国リベリア共和国の墓場に暮らす元少年兵などを追ったドキュメンタリー番組だった。『ありえない仕事術』も同じように、間口を広くして出口で違うものを見せる手法をとっている。これは上出氏が今後も続けていく制作スタイルだ。

 「僕は予想を裏切ることに並々ならぬ欲望があります。期待には応えて、予想を裏切ること。これがものづくりのモチベーションです。僕自身、見たことのない世界を見たいのですが、そのために自分から一歩を踏み出すのは、疲れるのでしたくありません。だから、不意打ちされたい。その不意打ちをしている感覚ですね。今後もとにかく旅をして、いろいろなものを見て、聞いて、感じて、それをポッドキャストでもいいし、ノンフィクションやフィクションの本でもいいので、アイデアをどんどん形にしていきたい。いろいろな人の世界を広げて、面白がることができたらいいですね」

(田中圭太郎)