4月30日に「風呂キャンセル界隈」というワードがX(旧Twitter)でトレンド入り、多くの人から共感を集めた。「面倒」「疲れている」といった理由で、日常的に入浴しない人々を指すようだ。そんな背景もあってか、効率的に体を温められる新発想のシャワーが売れている。

 LIXIL(リクシル)が2022年6月に発売した「ボディハグシャワー」は、両サイドのアームに計10カ所のノズルが配置され、首から足首まで体を包み込むようにお湯を当てられる。42度で5分間ほど浴びると、ハンドシャワーより体の深部温度が上がって、ポカポカした状態が続きやすくなって、浴槽入浴と比べて節約効果も見込めるという。

 こうした特徴が受け入れられ、発売2年目となる2023年度の売り上げは前年比2倍に。通常、全身シャワーは介護目的での利用が多いが、購入者の約5割が共働き世帯や若年層などで介護以外の目的で選んでいるそうだ。

 4年以上の歳月をかけて開発されたボディハグシャワーのヒットの理由を取材した。

●価格は22万円〜。後付可能な全身シャワー

 ボディハグシャワーは、新築需要よりもリフォーム需要が高まっていたり、シャワー浴が増えていたりする現状を踏まえて開発が始まった。浴室の水栓を活用して後付設置が可能、空間に違和感なく溶け込むようなデザインとなっている。

 鏡の横にアームが2本取り付けられており、シャワーに見えづらい。価格は施工費込で22万円〜となる。

 使用時は、アームを前に倒して好みの角度に調整して浴びられる。ノズルは全部で10カ所あり、上下の2つはほどよい刺激で当てる星型、それ以外はやわらかい霧状にしている。

 立っても座っても浴びられるが、リクシルが推奨するのは座った姿勢で42度で5分間浴びること。同社の調査によると、通常のハンドシャワーよりも体の深部温度が上がりやすく、入浴後も体が温かい状態が続きやすいという結果が出ている。

 リクシル浴室商品部の古屋重行氏は、「社内で200人以上がモニタリングした結果では、『湯船に浸かった後みたい』という声が多かった。『浴槽がいらなくなる』という声もあった」と話した。

 浴槽入浴と比べて節約効果もある。リクシルによれば、4人家族が1年間、平日の浴槽入浴をボディハグシャワーに切り替えた場合、CO2排出量を約36%削減、水道・ガス代を約2万円節約できるという。

●200以上のノズル試作、「浴び心地」にこだわり

 リクシルは、ボディハグシャワーの開発に4年以上の歳月をかけている。全身シャワー自体は1990年代から市場にあり、同社は2000年代から同カテゴリーの商品を発売していた。とはいえ全身シャワーの認知度は数%で、介護利用目的での購入が中心だったと浴室開発部の小栗綾子氏は言う。

 「当社の全身シャワーは『介護利用向け』とうたってはいませんでしたが、認知度が低い、水栓付きでサイズが大きい、設置の難易度が高いなどの理由で普及していませんでした。そこで、浴室リフォームを機に入浴を効率化したい層に向けて開発したのが、ボディハグシャワーです」(小栗氏)

 浴室空間になじむデザインに加え、「最適な浴び心地」の実現にも苦労したという。身長145〜185センチメートルの幅広い体格の人に使ってもらうことを想定し、社内から20〜50代の男女20人を集めて官能評価(人間の五感を使って品質を判定)を繰り返した。

 「ノズルは200種類以上を試しました。アームの形状やノズルによって水の飛び散り方が異なり、それが気持ちよさや体の温まりを左右するためです。最終的に200人以上にモニタリングしてもらい、官能評価を通じて全身がお湯で包まれるような浴び心地を追求しました」(小栗氏)

 そうした試行錯誤の末、収納時はコンパクトながらハの字型で降りてくるアーム、位置によって異なるノズルなど、これまでにない発想の全身シャワーが完成した。

●コスパ、タイパ需要で、売り上げは前年比2倍に

 新しい発想で開発されたボディハグシャワーは、販売戦略にも工夫を凝らしている。工務店やホームセンターを介して消費者に販売する従来のB2B2Cではなく、自社のWebサイトで販売するD2Cを採用。かつ、リクシルでは珍しく発売前に発表会を開催し、その場に出席した記者(媒体)に体験を促したという。

 「工事が必要、かつ一般的なハンドシャワー製品と比べると高価なため、単にWeb上に掲載しただけでは難しいだろうと。早期の話題づくりを意識して、発売前に発表会を開催し、あまりアプローチしてこなかった媒体にも参加を促しました」

 結果的に反響が良く、同社ではあまり縁がなかった女性誌やキュレーションメディアを含む15媒体ほどで掲載。当時はコロナ禍で、「自宅時間を快適にしたい」という風潮があったこともプラスに働いた。

 さらに、自社Webサイトでもスポーツ選手や温泉療法専門医、日本サウナ学会代表理事などボディハグシャワーへの共感度が高そうなインフルエンサーの体験インタビューを掲載している。

 そうした戦略が機能し、Webやテレビなどで紹介されて知名度が向上、徐々に販売台数が増えていった。発売2年目となる2023年度の売り上げは前年比2倍に。数カ所のホテルやサウナ施設にも導入されている。

 「購入者の約5割は、30〜40代の共働き世帯や30〜50代の持ち家に住む方です。この方々は、介護目的ではなく手軽に全身を温められる機能性などを理由に購入されています。以前の全身シャワー製品と比べると若年層の購入が多く、コスパ、タイパの面で共感いただいているからだと考えています」(古屋氏)

 認知度が上がるにつれ、工務店などから「ウチでも売りたい」と問い合わせがくるように。2024年4月からB2B2Cでの販売もスタートしている。

●「入浴効率化」のニーズは高い

 リクシルが2022年に実施した調査によれば、65.8%の人が「お風呂に入るのが面倒だと感じたことがある」と回答。平均入浴時間は20分以下が61.0%と、短めの入浴が主流だった。

 「入浴時間だけじゃなく、風呂掃除など入浴の準備も含め効率化したい人が増えている印象があります。従来と比べて浴室掃除の手間が少なく全身を効率よく温められるので、タイパ重視の層に向けた切り口でプロモーションするのはアリかなと思っています」(古屋氏)

 タイパ以外に浴室内の鏡や棚をなくす、あるいはカスタマイズする需要なども見えており、「今後も多様化するライフスタイルに沿って、人々が自分の好みに合わせた使い方ができる製品を開発したい」と小栗氏は締めくくった。

 風呂キャンセル界隈にウケそうなボディハグシャワーだが、賃貸では大家の許可が必要になり、22万円〜と値が張る。そうしたハードルがある一方で、広い面積が取りづらい都心の新築マンションやホテルなど需要はまだまだありそうだ。

(小林香織)