ついにめぐってきた兄弟逃げのとき。逃げている間、言葉をかわすことはあまりなかったけれど、それぞれに自信をもって先頭を走っていた。それが確信に変わったのは残り3km。「ここで行かなければゲームオーバー」との覚悟で勝負に出た。昨年この大会で名を売った兄に続き、弟も日の目を見る時がきた。

ジロ・デ・イタリアは第2週がスタート。中盤戦の幕開けとなる第10ステージは、カテゴライズこそ丘陵で3つ星だが、1級山岳の頂上にフィニッシュが設けられる。ステージ優勝争いはレース中盤に形成された大人数の逃げグループのものとなり、最終盤の急坂区間で勝負を決めたヴァランタン・パレパントル(デカトロンAG2Rラモンディアル)が制した。記念すべきプロ初勝利である。

「グランツールでプロ初勝利を収めることは、僕のキャリアにおいて大きな意味を持つだろうね。勝つ脚はあると思っていたんだ。でも今まで何で勝てなかったのだろう…。勝てる実力があってもその通りにいかないのがロードレースなんだ。そう思うと、グランツールで勝つことの価値を改めて感じることができるね」(ヴァランタン・パレパントル)

休息日を経て、プロトンの状勢は変化しつつある。第1週最終日・第9ステージを勝ったオラフ・コーイ(ヴィスマ・リースアバイク)が発熱し出走を取りやめ。ほかにも3選手が大会を去ることとなった。

そんな中で始まった142kmのレースは、3人の逃げが決まったように思われたが、どうにも容認ムードにはならない。逃げの後ろでは、数人のパックが追走を図っては集団がキャッチする流れの繰り返し。なんとかアレッサンドロ・デマルキ(ジェイコ・アルウラー)とサイモン・クラーク(イスラエル・プレミアテック)が前線に残り、厳しいチェックをかいくぐった20人以上の選手がこの2人に合流を果たす。この頃には、レースは半分を消化していた。

最大で27人まで膨らんだ先頭グループに対し、メイン集団はリーダーチームのUAEチームエミレーツがコントロール。3分30秒前後のタイム差を維持し、残り距離を着々と減らしていく。

先頭グループに大きな変化が見られたのは、104.8km地点に設置されたインテルジロでのこと。まずフィリッポ・フィオレッリ(VFグループ・バルディアーニCSF・ファイザネ)が早めの仕掛けで1位通過をすると、ヤン・トラトニク(ヴィスマ・リースアバイク)が追随。フィオレッリをパスし、トラトニクが単独先頭に立つ。

これがきっかけで先頭グループはいくつかに分断。先頭トラトニクの後ろでは、Vパレパントル、ロマン・バルデ(dsmフィルメニッヒ・ポストNL)、マルコ・フリーゴ(イスラエル・プレミアテック)、アンドレア・バジオーリ(リドル・トレック)の4人が追走パックを形成。トラトニクとのタイム差を35秒前として最終の1級山岳ボッカ・デッラ・セルヴァに入った。

頂上のフィニッシュラインまでは17.9kmの上り。トラトニクが上り始める段階で、メイン集団とは5分以上の開きがあり、前を走る選手たちの逃げ切りは決定的に。あとは、トラトニクがそのまま突き進むのか、後続がペースを上げて逆転するのか、焦点は絞られた。

上り始めてすぐに1分まで拡大したトラトニクと追走パックとのタイム差だが、残り13kmでVパレパントルとバルデのアタックを機にギャップが縮まり始める。2人となった追走はしばし協調しながら進んだが、残り3kmでVパレパントルが渾身のアタックで10歳年上のバルデを突き放した。

「勾配が急になるタイミングでアタックしようと考えていたんだ。リミットは残り3km。それがうまくいかなかったらゲームオーバーだと自分自身に言い聞かせていた。」(Vパレパントル)

完全に勢いに乗ったVパレパントルは、30秒ほど前を走っていたトラトニクにも追いつくと、さらにスピードアップ。テンポで差を挽回しようと試みるバルデは、トラトニクこそパスしたもののVパレパントルまでは届きそうにない。

70km以上の逃げの末にたどり着いた勝利のフィニッシュライン。23歳のフレンチクライマーが、自他ともに熱望してきたプロ初勝利の瞬間を迎えた。

「言葉では言い表せないくらいの喜びだよ。最高だ! 去年ジロで勝った兄に続くことができたのはスペシャルなことだよ(兄・オレリアンは前回の第4ステージで勝利)」(Vパレパントル)

自身もアマチュアライダーだったという父が設立したクラブチームで走り始めたというパレパントル兄弟。2歳年上の姉も数年前まで選手として走っており、まさに自転車一家である。ヴァランタン自身は2年前にプロデビューして、今季はジロ前哨戦のツアー・オブ・ジ・アルプスで個人総合4位。好調のままジロに乗り込んでいた。

昨年初めて出場したジロでは、こんなエピソードがあるのだという。

第4ステージで兄が劇的勝利を収めた際、ポディウムで手にするシャンパンの瓶に誤って「ヴァランタン・パレパントル」と刻まれてしまった。仕方なく兄はそれを持って壇上に立ったけど、ならばとヴァランタンは「今度勝つのは自分だ」と強い気持ちを抱くきっかけになったとか。

「今では笑い話なのだけれど、これで晴れて僕が本当の勝者になったね」(Vパレパントル)

「逃げている間から今日一番強いのは弟だと分かっていた」とレースを振り返った兄・オレリアンも、ライバルたちの追走の芽を摘みながら5位でフィニッシュ。走り終えるとすぐに弟のもとへ急いで、がっちりと抱き合った。

かたやメイン集団は、逃げを容認して“別のレース”を展開。最後の上りではバーレーン・ヴィクトリアスによる力強い牽引から、エースのアントニオ・ティベーリが仕掛けたが決定打とはならず。ライバルに対しタイムを稼ぎたい選手たちがフィニッシュ前で加速したが、マリア・ローザのタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)は動じることなく冷静に対処。一部ライダーの順位変動こそあったものの、ポガチャルの立場は揺らがない。

逃げをうまく行かせられて良かった。最後の上りはバーレーンの牽引が素晴らしく、われわれがコントロールできるムードではなかった。ただ、僕個人としてはまったく問題なかったよ。毎ステージ勝つなんてさすがに難しすぎるし、この先控える大事なステージのことを思うと、今日みたいな1日も必要だからね」(タデイ・ポガチャル)

もっとも、休息日に行った記者会見ではツール・ド・フランスまで見据えていることを示唆し、十分なタイム差がある現状に「必要以上にプッシュする必要はない」との考えも明かしている。2位との総合タイム差は2分40秒と、確かにそれなりの余裕はある。セルフマネジメントを図りながら、リードをキープしていこうという構えか。スマートに走り抜こうというポガチャルの、UAEチームエミレーツの動向も興味深いポイントになる。

文:福光 俊介