まるでクルマの上に丸太が倒れてしまったようなデザイン…でもフェラーリのV8エンジンを積んでいるという、奇妙な「スポーツカー」が存在しました。いったい、どのような経緯で誕生したのでしょうか。

奇妙奇天烈!でも空力性能抜群だった、クロアチア生まれのスポーツカー

 世界には、フェラーリのエンジンを積んだカスタムモデルは数多くありますが、とびきり奇妙なカタチをしたクルマがあります。

 それが「ズラトコ エアロダイナミックライン コスモポリット(Zlatko Aerodynamic Line Cosmopolit)」。正しく記すならば、クロアチアのズラトコ・ヴクシッチ氏が作った「コスモポリット」というクルマです。

 ボンネットとフロントウィンドウ、そしてルーフを大きなスプーンでえぐったような、前代未聞の摩訶不思議な形状は、自身が経営するレストランにフェラーリに関する名前をつけるほどのフェラーリの愛好家だったという、ヴクシッチ氏本人がデザインしたもの。

 しかし彼は、単に奇抜なデザインや見世物のようなクルマを目指したのではなく、空気力学を研究した成果として、この形状を生み出していました。

 誕生の経緯には諸説がありますが、スタートは、このアイデアを見た、ジョット・ビッザリーニ氏(フェラーリ「250GTO」などの伝説の名車を生み出したエンジニア)が、セルジオ・スカリエッティ氏(「250GTO」「250テスタロッサ」などのフェラーリをデザイン・製作したカロッツェリア「スカリエッティ」の創始者かつデザイナー)に、このデザインを推薦。

 スカリエッティは、美しさよりもその大胆なデザインに驚き、フェラーリも、ヴクシッチ氏のアイデアに強い関心を持ちました。1990年代初頭のことでした。

 しかしフェラーリとの交渉はうまく行かず、結局フェラーリのクルマとしての市販化は叶いませんでした。ところがヴクシッチ氏は、すでにビッザリーニの協力によって、フェラーリのマラネロ工場向かいにある「トニ・オート」という工場からフェラーリ「308GTB」用のV8エンジンとトランスミッションを受け取っていたといいます。

 そして彼は、フェラーリのシャーシではなく、日産「シルビア(4代目・S12型)」にそのパワートレーンを自身の手で実装。搭載位置は、もちろん「308GTB」と同じミッドシップ・レイアウトでした。

「コスモポリット」の外観はシルビアから大きく改造されており、ヴクシッチ氏のアイデア通り、シルビアのフロントから屋根にかけて凹面に改造され、ボディサイドから立ち上がるリアのオーバーフェンダー、エンジンを冷却するために上面に穴が空いた奇妙なリアスポイラーを装着していました。

 サイドの窓やテールゲート、テールランプなどにシルビアの面影が見て取れますが、フロントビューはまさに奇天烈。フォトショップで加工をしたのでは、というほどのインパクトを持っていました。

 ところがヴクシッチ氏は、このデザインは空力的には理にかなっており、低い空気抵抗係数を実現することができる、と主張していました。

 こうして紆余曲折の末に「コスモポリット」のプロトタイプが誕生。1994年のボローニャ・モーターショーで華々しく登場しました。

 フェラーリの協力が得られなくなった彼は、続いて1995年のフランクフルト・ショーに「コスモポリット」を展示。するとメルセデス・ベンツが興味を示しました。

 同社で1/5サイズのコスモポリットを風洞実験にかけたところ、優れた高速安定性と燃料・排気ガスの削減が可能という結果を示したほか、メルセデス・ベンツの製品よりも、優秀な空力特性をマークしたといいます。

 しかしメルセデス・ベンツもこのプロジェクトから手を引いてしまい、資金を使い果たしたヴクシッチ氏は、経営していたレストランを手放すことに。

 それ以降コスモポリットの開発は止まってしまいました。なおコスモポリットの現車は現在も残されていますが、廃車のような状態となっているようです。

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 現在もズラトコ・ヴクシッチ氏はその夢を諦めておらず、自身のFacebookでは、カバー写真やプロフィール写真に「コスモポリット」と同じ理論で作られたモックアップの画像が使われているほか、2019年頃には、数多くの「既存の市販車の屋根を凹面にした画像」が投稿されています。

 いつか彼のアイデアとメーカーのコラボが実現して、市販型の「コスモポリット」が登場する日が来るかもしれません。