神経内科の観点からはテックもコカインも案外似ているんだそうですよ?

体が壊れる中毒ではないにしても、スマホ漬けになるのも薬漬けになるのも根底にある神経回路のメカニズムは一緒。どちらもドーパミンが犯人なのです。

少し長くなりますけど、くわしく見ていきましょう。

ドーパミン放出が中毒になるメカニズム

人間の脳は多くの部位に分かれていて、企業でいう部署みたいに、おのおのが担当の業務をこなしています。

部署間の連絡も可能で、この連絡を担うのが「神経伝達物質(neurotransmitters)」と呼ばれる特殊物質。この物質が神経から神経に流れていって情報を運んでいってくれてるんですね。

ドーパミンもそんな情報伝達物質の一種で、脳内のさまざまなシグナルを伝達するのが仕事。わけても有名なのが「報酬系」の処理で果たす役割りです。

人間は、体が喜ぶこと(美食、セックス、運動、交流)をすると、中脳の奥の神経からドーパミンが分泌されて大脳基底核に送りこまれていきます。

到達後は報酬系が刺激されてドーパミンならではの快楽・満足感が得られるというわけですが、このとき習慣形成システムも刺激されて、無意識のうちに快感につながるモノ、人、コトが人体に記憶されてゆきます。

報酬系の体験を二度、三度と繰り返し味わえるのは、その記憶のおかげ。ドーパミンを放出する神経側も、報酬そのものを待つまでもなく、報酬につながるモノ、人、コトなどの刺激を見た時点で「あ、報酬がくるな」と予測してドーパミンを分泌する術を身に着けていきます。

で、最終的にはこうした刺激をどんどん敏感にキャッチできるようになり、ちょっとした刺激でも報酬がある「かも」と期待するようになるんですね。

たとえば道の反対側に友だちの顔が見えただけで、「楽しく語り合う」報酬が得られるサインと受け止めてドーパミンを放出するようになったり。

報酬に慣れてくると、ドーパミンの放出が2度起きる

このように、サインに反応してドーパミンが事前に放出されることが報酬追及のトリガーになっていて、ここに中毒性が生まれるというわけです。

しかもこのシステムには、予測精度を高めるメソッドも組み込まれています。報酬に慣れてくるとドーパミン放出が一度ならず二度起こるんですね。

1回目は報酬予測の段階で出るもので、きっといいことがあるという、報酬追及をモチベートする「思い込み」に基づくもの。2回目は報酬GETの瞬間に出るもので、1回目より大きいか小さいかは報酬が期待以上かどうかで決まります。

期待値がコッペパンでグルメサンドが出てきたら2回目のドーパミン放出のほうが大きいし、同じグルメサンドでもミシュラン3つ星レベルの食事を期待して肩透かしにあったら、2回目のドーパミン放出量は微々たるものにとどまるでしょう。

報酬予測と、目的の定まったモチベーション。この組み合わせがあるから人は人生にいいものを追い求めるようにできている。その意味では素晴らしい組み合わせなのですが、これがあるせいで、人生に失望した人はコカインに走ったりするので、よくない面もあります。

コカインが体内に入ると、報酬の実物なんて得られなくてもドーパミン放出量が勝手に上がって大脳基底核を刺激してくれるので、あたかも報酬が得られたかのような快感を味わうことができますからね…(ある意味、クルマの鍵がなくても配線をいじってイグニッションに電流を流してやればエンジンがかかるのに似てなくもない)。

人工的にドーパミン放出量を増やすと、自然に起こるのと同じプロセスがトリガーされますが、与えられる刺激はもっと強めです。

「気持ちいいから、もっとやって」と報酬系の要求が吊り上がっていき、習慣形成システムは快感刺激に至る環境(風景、音、におい、人、麻薬道具など)を身体に記憶していって、以後そのどれかひとつでも目に入ると、予測に基づいてモチベーション高揚のドーパミンが少量放出される状態になります。

さらにドラッグが報酬シグナルを送るわけですが、こっちは(麻薬道具使用により)常に期待以上の報酬が得られるので大量放出。みるみる中毒になるのは火を見るよりも明らかです。

人工的にドーパミンが大量放出されると、脳は自然の分泌量を抑えて刺激への反応を鈍くすることでバランスを図ろうとします。これも事態を悪化される要因です。

自然に得られる報酬ではドーパミンが前ほど出なくなるので前みたいな満足感が得られなくて何から何までコカインに依存するようになってしまうのです。

スマホ中毒に当てはめると…

このようにコカイン中毒のサイクルを見回すと、最初に化学物質で報酬系を刺激することですべてのネジが狂いはじめていることがわかります。

PCやスマホにそのような起点はもちろんありません。こちらが攻めるのは、自然に体に備わっているドーパミン放出のトリガーです。

ドラッグが「クルマのワイヤリング」なら、こちらは「道路標識を操作してあらぬ方向に導くトリック」とでも言いましょうか。何がどうなって中毒になるのか生体的なメカニズムの研究はまだこれからですが、いろいろ解明が進んでいます。

iPhoneを触ってしまう中毒のトリガーとは?

まず中毒のトリガー。これはアプリの通知音やバイブレーションです。これがあるとポケットからスマホを取り出して画面をONにしますからね。

いわば報酬系の通知みたいなもので、そのままドーパミン放出の合図になっているのです。

通知に常にアンテナを張っているので鳴ってもいないのに鳴ってる気がしたり、ポケットの中で震えてるみたいに錯覚することもありますし、暇つぶしで見てしまう人は「暇な時間」そのものがトリガーになったりもします。

もちろん報酬がないと大脳基底核も動かないはずなのですが、中毒性の高いテクノロジーはそちらも万全です。

たとえば楽しい交流だってドーパミン放出のトリガーになるわけですが、SNSにはコメント、いいね、RT、DM、写真の顔タグなど楽しい交流を促すしくみがエンドレスにあります。

そのひとつひとつが大脳基底核にドーパミンを送り込む要因ですし、集中攻撃で得られる体の反応のはまったく同じ。

報酬系の快感、刺激の関連付け、習慣形成のメカニズム。これは絶品サンドイッチもコカインも区別なく起こります。自然か人工的かの違いはありますが、けっきょくは同じドーパミンなのです。

自然の報酬やコカインなら数に限りがあるけど、デジタルの報酬は無限に供給されますし、簡単にアクセスできます。中毒になるのは時間の問題です。

SNSは確信犯の中毒系だけど、ニュースサイトだってSNSの中毒性の高い機能をいろいろ実装してますし、人のことは言えません。

現に米Gizmodoだって記事末尾にはコメント欄があって、いいねもできるようになっています。もちろん真っ当な目的あってのことですけど、最近はSNSと無縁のアプリまでもが中毒性の高い機能を組み込んでユーザーを取り込んでいたりします(咄嗟に思いつくのは、少額決済のVenmoのソーシャルフィードなど)。

YouTubeやTwitchなどの動画やライブ配信のサイトを使っていると、一度も会ったことのない人ともポジティブな交流をしている気分になれるし、いま話題の動画ジャンル「Let’s play」では動画クリエイターがゲームしながらライブでコメントをくれたり、見ず知らずの人たちとチャットを楽しめるので、こういうのでも視聴者の神経回路には現実の交流とまったく同じ反応が出ます。

画面上の人とは一度も会ったことがない。そうは頭でわかっていても、笑って冗談言ってる映像を見るだけでドーパミンが放出されちゃうんです。

アプリ開発側もそのメカニズムがよくわかっていて、ドーパミン放出を促す「期待値」をフィードしてきます。

Instagramも、いいねの通知はある程度たまるのを待ってから。最初はいいねゼロなので通知もしません。「あ〜あ、反応ないなー」とがっかり消沈していると(期待値ゼロ)、予想以上に大きなカウント数が突如現れてドーパミン放出が最大になるというカラクリです。たいして大きな数でもないのに必要以上に喜んでしまうんですね。

ブレーキがかからなくなる

以上述べてきたようなことは氷山の一角ですし、ちょっと見回すだけで似たような例は無数に目につくはずです。

ただ、ここで話が終わりじゃないのが中毒の恐ろしいところでありまして、大脳基底核に結び付いている前頭前野と拡張扁桃体。どちらも「解毒」プロセスに深く関わる部位なのですが、こんなところにまで中毒が止まらなくなるメカニズムは組み込まれているんです。

コカインに話を戻すと、薬物でドーパミンが「ハイ」になってから、薄れて「ロー」になると、体は「解毒」のフェーズに入ります。ドーパミン放出が少量になれば本来モチベーションと満足感も薄れるはずなのですが、それを阻害するのが拡張偏桃体。

この部位には、いわゆる「ファイトorフライト(戦うか逃げるか)」の判断を司る脳のストレス系があります。しかし、この反応を促す神経伝達物質は「解毒」のプロセスでも一定の役割を果たしているので、報酬系の部位の刺激が薄れるのとストレス系の刺激が重なると、心身ともに一気にネガティブな状態に陥ってしまうのです。

コカインを再度接種すれば(もちろん)症状は軽減しますので、やもすると使い続けるほか抜ける道がないようにさえ感じてしまうのはこのせい。

すると眼の裏側にある前頭前皮質までおかしくなって機能不全が起こります。

ここは命令を司る部位で、優先順位を決める、理性的判断を下す、スケジュールを管理するなど役割は多岐に渡るのですが、ドーパミンを語るうえで一番重要なのが「衝動を抑える」役割です。

大脳基底核が生む衝動が青信号だとするならば、前頭前皮質が生むブレーキは赤信号。いったん立ち止まって理性で考える時間的余裕を与えてくれるんですね。ふつうは大脳基底核が浅はかな行動を促す衝動を与えると、こちらの赤信号が灯って行動にブレーキがかかります。

たとえばスーパーから車で帰宅中、後部座席からチキンのおいしそうな匂いが漂ってきても絶対振り返りませんよね(匂いが報酬系のサインとして作用して大脳基底核からは「振り返れ」という命令がくだるんですが、そんなことしたら、よそ見運転で事故ってしまうので、前頭前皮質が辛うじて理性でそれを止めている状態)。ところが解毒中は衝動制御のブレーキがかからなくなっちゃうというわけです。

リバンドの症状をどう抑えればいいか

ストレスで自制能力が弱まる現象は、扁桃体活性化の神経伝達物質(特にノルアドレナリンコルチゾール)が赤信号を弱めることにより起こります。

ライオンに襲われそうになったときには赤信号を解除できれば命拾いします。頭で考える余裕はないので、赤信号がOFFになるのは非常にありがたい機能なのですが、解毒中にストレスがかかると、これがむしろマイナスに働き、毒が抜けるサインを体は発しているのにブレーキが不能になるということが起こります。

だからリバウンドの衝動を抑えるのは本当にたいへん。悪いこと、危ないこと、理性に反することだとわかっていても体が言うことを効きません。衝動に負けると、中毒は前以上に強まり、ブレーキは余計にかからなくなるし、解毒の辛さが増すばかり。だから中毒は悪循環だと言われるんですね。

以上3つの部位それぞれがドミノ倒しに作用し合って、快感追求、解毒ストレス、衝動制御不能のパーフェクトストーム。人工的なドーパミン大量放出が引き金になって連鎖反応が起きてしまう。抜けるのは容易ではありません。

同様のことはスマホ中毒でも起こります。中毒性の高いテクノロジー使用後にはドーパミン放出が引いて「ロー」になる。すると拡張偏桃体からは、まったく同じように、それに反応してストレス系のシグナルが出ることが実証されているのです。

中毒になるテクノロジーを使うと、体全体のドーパミン感度が徐々に薄れていくので、自然に得られる報酬だけでは十分な満足感を得られなくなります。手持ち無沙汰なときに通知が鳴ると、使う衝動に逆らえないのはそのため。24時間365日いつでもタップすれば衝動は収まるし、まあ、使っちゃいますよね。

「使いはじめる」壁を破ると、次に待ち受けるのは「やめられない」壁です。ドラマを延々ウォッチングしたり、世界の終わりのニュースを延々スクロールして時間が過ぎていってしまいます。

ドーパミンが引いてからも「なんかほかのことに時間とエネルギーを使おうぜ」と前頭前皮質が止めに入らないのはなぜなのか。

その秘密は、赤信号のシステムを阻害する操作環境にあります。

たとえばHulu、Netflix、YouTubeとかで動画を見終わると、もう次の作品がはじまる合図がカウントダウンで表示されるので、ここでやめとく!という明確な意思をもってキャンセルを押さないと、やめられない止まらない状態になります。

記事やSNSのフィードが延々表示される無限スクロールもカラクリは同じです。ページの一番下までくると、昔は次の記事を押さないと切り替わらなかったけど、今はサイトもアプリも無限スクロール機能装備で勝手に次々表示されてきますからね。

TikTokもそうだし、ショートムービーが出るInstagramの「リール」機能も、ニュースサイトに埋め込まれた動画も自動的にループ再生されたり、タイマーで再生に切り替わったりするので、気づけば次から次へとボーッと観てる自分がいます

自動再生、無限スクロールを装備したページの中身はどうかというと、こちらも前見たコンテンツに近いものをアルゴリズムが勝手に選んで埋めてくれてます。

Instagramを例にとると、友だちの最近の写真を全部見終わっても、そこでフィードが終わりにはならず、興味範囲の写真が延々表示されるので、いくらスクロールしてもそれがエンドレスに続きます。

やめるには意識的なアクションが要る

こういうデザイン要素が効果絶大なのは、大脳基底核と前頭前皮質の行動抑制の役目がひっくり返ってしまうことと関連があります。

行動抑制の赤信号システムは存在するのですが、デジタルのドーパミン放出を止めるにはむしろ衝動が「必要」。今やってることを止めるにしてもアクションを起こさなければならないんですね。

一方、青信号は「今やってることをそのまま続ければいい」と命じてくるだけなのではるかにラク。よっぽど意志が固くないと抜けられません。

このように、コカイン同様、みんなが何気なく使う端末やアプリのなかにも、中毒になるフィードバックループの罠が仕組まれているものは少なからずあって、報酬系を狙い撃ちして、行動を起こす体の働きを迂回してくるので、そのことは覚えておいて損はなさそうです。

コカイン中毒ほどひどくはないと言われれば確かにそうだけど、デジタル中毒は影響がおよぶ範囲が麻薬の比じゃなくて、それこそ子どもを含めたあらゆる層の手の届く範囲にいつでもどこでもあって、使用が社会的に許容されてもいます。

人体に害になるとか危険だと認識されることもほぼありません。さらに中毒を促すプラットフォーム、サービス、端末はみなそれなりに便利で生活に欠かせないものだったりするので余計に性質が悪いんですよね…。

現実問題、やめるという選択肢はなかったりします。

デジタル中毒については政府の規制もまだなので、こればかりは自分の身は自分で守らないと。今度ボーッとスクロールしている自分や、予定時間オーバーで動画を観ている自分に気づいたときには「また時間を無駄にしちゃったな」と言って終わらせるのではなく、脳ことも少し考えてみましょう

刺激を弱める手はいろいろあるのがせめてもの救い。思い切ってスマホの画面を白黒に設定しちゃうのもひとつの方法だし、「このアプリ本当に必要?」と自問してみるのもいいでしょう。

意志の固さは試されるけど、それで脳を正常に取り戻せるなら安いものです。

——2023年6月10日の記事を再編集のうえ、再掲しています。

睡眠、姿勢、メンタルにも悪影響!スマホ中毒の兆候と適切な距離を築く4つの対策 | ライフハッカー・ジャパン https://www.lifehacker.jp/article/2310-digital-detox-matome/

スマホ中毒から抜け出す5つのアプローチ | ライフハッカー・ジャパン https://www.lifehacker.jp/article/digital-detox-matome/